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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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202 巨人殺し1

 そんなことをつらつら考えているうちに、目的地に着いた。

 王都郊外の森。馬車が1台、ようやく通れるくらいの細い道を進んだ先に、やたら大きな倉庫があった。

 普通の建物なら4、5階建てに相当する高さ。お屋敷がひとつ、丸ごと入ってしまいそうな幅と奥行き。

 深夜のためか明かりはついておらず、真っ暗で、不気味に静まり返っていて。

 こんな目立たない場所に隠れるように建っていることといい、まるでヤバイ組織のアジトみたいだった。


 実際は、ただの倉庫なのだとしても。

 持ち主はアイオラ・アレイズ。王都一の傭兵でドラゴン・ライダー、お役人や貴族を病院送りにした人である。

 もしもこの施設に盗みに入る泥棒など居たら、世にも恐ろしい目にあわされることだろう。

 ある意味、ヤバイ組織のアジトと言えなくもないか。


「こっちだ」

 殿下はここに来るのが初めてではないらしく、馬に乗ったまま建物の裏側へと回り込んでいく。

 そこにうまやがあった。今は馬も馬番も居ないが、きちんと掃除されている。

 私たちが馬から下りて体をのばし、騎士の1人が井戸から汲んできた水を馬たちに飲ませてあげていた時。

 前触れもなく、建物の裏口が開いた。


 現れたのは、無愛想な中年男が1人。携帯ランプを掲げて、じろりとこちらを見やる。

 警戒する騎士たちを手で制し、

「アイオラは居るか」

と尋ねる殿下。

「……オーナーなら、少し前に戻ったよ。今は奥で――」

 口元に手をあて、さかずきを傾ける仕草をする男。

「飲んでいるのか」

「さっき見たら4、5本は空けていたようだから、用があるなら早いうちにな」

「そうか、ありがとう」

 小さく頭を下げて、男は裏口に引っ込んだ。


「知ってる人ですか?」

「ああ。確か倉庫番の1人だったはずだ。前に1度会っただけだが、覚えていてくれたようだな」

 殿下の顔は、1度見たら忘れませんよ。逆に印象に残らなかったという人が居たら会ってみたい。


 騎士たちは男の態度が気にさわったらしく、「無礼ではありませんか」と腹を立てている。「案内もせず、勝手に入れと言わんばかりに――」

 仰ることはもっともだが、私は騎士たちがそんな普通の反応をしたことに驚いていた。

 ジェーンやクロム、それにクロサイト様なら、今更その程度のことでは騒がないと思う。

「問題ない。アイオラの居場所は聞いたからな」

 ……だって、肝心の殿下がこれだ。無礼とか無礼じゃないとかいう感覚、この人にあるのだろうか?


「行こう。アイオラが酔いつぶれないうちに」

 殿下はすたすたと裏口に向かっていく。後を追う騎士たちは、一様に「はあ……」と不満げだった。

 近衛騎士にもいろんな人が居る。みんながみんな、殿下の普通じゃないところに慣れてるわけじゃないんだな。


 なお、中年男が言った「奥」とは、台所のことだったらしく。

 従業員が食事休憩にでも使うのか、食堂も兼ねたような広い場所で。

 アイオラは1人、飲んでいた。テーブルの上に長い足を投げ出し、片手に高価そうなワインの瓶を抱えて。

「遅かったね」

と殿下を見る。その顔は酔いで赤らんでいるし、足もとには空いた酒瓶がごろごろしている。

 無礼そのものの態度に気色ばむ騎士たちを、再び殿下が止めた。

「あの男はどこに居る?」

「そこに――」

 酒蔵さかぐららしき扉を指差すアイオラ。「ふん縛って閉じ込めてあるよ。しかしあれは化け物だね。竜の下敷きになったはずなのに、ぴんぴんしてたよ」

 ケガひとつないように見えたと、薄気味悪そうに言う。


 殿下は興味しんしんだった。

「不死身の巨人殺しか。本当に実在したのだな」

 早速、話を聞きに行こうとするのを、今度は騎士たちが止めた。

「危険です、殿下。尋問なら我々が」

 私も、そこは騎士たちと同じ意見だった。

 拘束してあるとはいえ、相手は「巨人殺し」なのだ。あの予告状を出したかもしれない――ゼオが殿下の命を狙うとか、理由がわからないけど――とにかく直接会うのはやめた方がいいと思う。


「あたしが護衛してやろうか? あんな貧相なチビ、どうとでもしてやるよ」

 酒瓶片手に笑うアイオラ。

 護衛料をせしめる気満々の酔っ払いに頼るのは論外として。


「あのう……、殿下。よければ、私に行かせてもらえませんか?」

 ゼオは父の友人だった。父には借りがある、だから娘の私には危害を加える気はないとも言っていた。

「あの人には7年前のことをくわしく聞きたいので……」

 できれば、2人きりで話したかった。殿下や騎士たちが一緒に居たら、ゼオはプライベートな話題には応じてくれないかもしれない。

「もちろん、予告状のこともちゃんと聞いてきますから」


 殿下は「それこそ危険だろう」と難色を示した。

「たとえ父君の知人であっても、おまえ1人であの男と会うなど以てのほかだ」

 一応、危ないかもしれないっていう認識はあるんですね。なのに自分が行くとなったら、どうしてその認識が抜け落ちるのか。


「ならば、我々が彼女の護衛を――」

 騎士たちも主君を危険にさらすよりはその方がいいと思ったようだが、殿下に却下されてしまった。

「俺もあの男には尋ねたいことがある。人任せではだめだ。直接、目を見て話したい」

 それは他人の嘘がわかるから? ……っていうのは前に自分で否定してたはずだけど。

「目を見て話せば、相手の人となりも、信用に足る人物かどうかもわかるだろう」

 普通はそこまで断言できないと思う。やはり殿下には、何か特殊な力でもあるのかもしれない。これが他の相手なら、直接会うのも止めたりしないが。


 私はゼオの顔を思い出した。

「おまえと俺の事情を、関係ない奴に知られたくない」

「余計なことをしゃべったら、聞いた奴が不幸になるからな」

というあのセリフも。

 不幸になる、とはどういう意味か。試してみたいとは思えなかった。


「エル・ジェイドには俺がついていく。おまえたちはここで待て」

 しかし殿下は決断が早い。こっちが説得の言葉を考えているうちに、話を決めてしまった。「危険です」と食い下がる騎士たちも、主君の決定には逆らえなかった。


 仕方ない。もしもの時は、自分があの男から殿下を守ろうと決めて、私はゼオが閉じ込められている酒蔵の扉をくぐった。

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