201 長い夜はまだ終わらない
それからさほどたたないうちに、クロサイト様と近衛騎士たちが馬に乗って到着した。
ただちにクンツァイトの元当主とその部下らを拘束。私を誘拐した馬車や例の木箱など、事件の証拠を押収する。
後で知ったことだが、あの広いお屋敷にはほとんど人が居なかったらしい。
クンツァイトの元当主は、目的のために必要な最低限の人員しか置いていなかったのだ。
もとから居た使用人たちは、事件の数日前に暇を出されていた。犯罪行為を隠蔽するためなのか、単にお金に困ってリストラしたのか、理由はわからない。
騎士たちがお屋敷を捜索している間、私は自分がさらわれた時の状況をカイヤ殿下にくわしく説明した。
オーソクレーズ家の護衛がそばに居たはずなのに、あっさり連れ去られたこと。それに、ティファニー嬢ことアルフレッド・ギベオンが関与した可能性が高いことも。
「アルフがそんな真似を?」
殿下はひどく意外そうにしていた。「それは妙だな。ケインならいざ知らず……」
そうですね。ケイン・レイテッドなら別に何をしても驚かない……って、今はあの男の話はどうでもいい。
「ギベオンとクンツァイトは親戚同士なんですよね?」
あの人のお母上がクンツァイトの出身だと聞いた。それにギベオンだって、殿下の味方ではない。妹姫のメイド誘拐に関与したとして、そこまで意外?
「確かにギベオンは味方ではないが、アルフは実家とは距離を置いていたはずだ」
家族との折り合いが悪く、もとより家を継ぐ必要のない次男であるために、成人後すぐに家を出ていたらしい。
「もっともそれは、俺が知っているアルフの話だ」
殿下とあの人が親しかったのは子供の頃で、王都に凱旋帰国した後は表面的な交流しかしていないのだという。
「今回の件に関わったのが事実なら、当然くわしく話を聞かせてもらうことになるな。場合によっては、法的措置も検討する」
「…………」
「エル・ジェイド? どうかしたか?」
や、別に。
殿下と幼なじみが争うことになったら、とか。
あの人はマーガレット嬢の従兄でもあるわけだし、クリア姫が心を痛めやしないだろうか、とか。
そういうことが少し気になっただけだ。誘拐は犯罪だし、十分過ぎるほど身の危険を感じた。殿下の言う通り、きちんと法的措置をとるべきだと思う。
「気になるのは、アルフの目的か。なぜ、誘拐行為に荷担などしたのか……。クンツァイトの隠居は何か言っていたか?」
言っていた。それはもう、こっちが聞かないことまで色々しゃべってくれた。
私の父がクンツァイトの密偵として働くことになった理由や、7年前の事件が起きた経緯。そして、父と「巨人殺し」のつながり。
あの老人は、落ち目のラズワルドを見限り、ハウライト派への寝返りを考えていた。
そのために取引の材料が必要だった。だから「巨人殺し」と関係のある私を利用しようとして、誘拐行為にまで及んだのだ。
「…………」
殿下は黙って話を聞いていた。
一通りの説明が終わっても口をひらかない。伝説の暗殺者と私の父が知り合いだったと聞いても、驚いた様子を見せないことに違和感を覚えていると。
「ああ、すまん。少し考えていた」
何を? とは聞いても教えてくれず。
とにかく「巨人殺し」と会って話がしたいと言い出した。
「それは、私も……」
もう少しくわしく聞きたいと思っていた。父との関係も、7年前の事件についても。
しかしその「巨人殺し」は、アイオラが竜でどこかに連れて行ってしまったが……。
「問題ない。アイオラの行き先はわかっている」
そんなわけで、私とカイヤ殿下は「巨人殺し」の後を追うことになった。
お屋敷の捜索はクロサイト様に任せて、近衛騎士を3人、護衛に連れて出発する。
外は真っ暗だった。今夜は月も星も見えない。完全な闇夜だ。
危険なので馬を走らせるわけにもいかず、私たちはゆっくりと並足で進んだ。
「その行き先って遠いんですか?」
既に真夜中も近いはずである。気が張っているせいか、疲労も眠気も感じてはいなかったけど。このスピードだと、目的地に着く頃には日付が変わっているかもしれない。
「遠くはない。30分もあれば着けるだろう」
殿下の声は、私の耳元で聞こえた。同じ馬に乗っているせいで、やたら距離が近い。
なんでそんな体勢になっているのかといったら、馬の数が足りなかったからだ。
近衛騎士たちは殿下の乗る馬は連れてきていたが、私の分の馬までは用意していなかったのである。
「アイオラは王都の郊外に倉庫を持っている。竜で運んできた交易品を一時保管するための場所だ」
竜で移動するのは便利だが、誰かに見られたら騒ぎになってしまう。
なので、人目につかない郊外の森に倉庫を構え、竜の発着場として使っているんだそうだ。
「今回は時間がなかったので、『魔女の憩い亭』に直接、竜を呼んだが……」
待て。今、何て言った?
「魔女の憩い亭」があるのは王都のど真ん中、大勢の人が行き交う一等地である。
「ご冗談ですよね?」
殿下は冗談ではないと首を振る。
「アイオラは『竜を呼ぶ笛』を持っている。だからその気になればいつでもどこでも竜を呼べる」
どこでも呼べるからって、どこにでも呼んでいいわけじゃない。
「めちゃくちゃ騒ぎになったでしょう?」
「…………だいじょうぶだ」
ぜっっったいに、嘘だ。
「既に日が落ちて、薄暗かったからな。目撃者の数はそう多くないだろう」
多くないってことは、居ないわけじゃないってことだよね。
まあ、仮にけっこうな数の目撃者が居たとしても、その何割が自分の見たものを信じるか。……多分、信じない人が大半だとは思う。
それでも変な噂はたつだろうなあ……。オーナーさんが起こした事件のこともあるし、「魔女の憩い亭」の今後が心配だ……。