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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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199 突然の乱入

 澄んだ美しい音をたてて、散らばる窓ガラス。

 室内の明かりを反射し、キラキラと輝いている。

 吹き込んでくる、冷たい夜風。舞い上がる粉塵。

 轟音ごうおんと共に窓ガラスを突き破り、お屋敷に飛び込んできたもの――それは信じがたいことに、人でも獣でもなく。

「竜……?」

に、見えた。

 伝説上の生き物の中でも特に有名で、トップクラスの人気を誇るモンスター。強く、大きく、気高いドラゴン。


 大きさは10メートル超か。当然、室内には入りきらず、私の瞳にうつるのはその生き物の上半身だけだ。

 下半身の方は、広いバルコニーにはみ出ているらしい。

 窮屈そうに身をよじり、こちらを見下ろす。金色の瞳と、縦に避けた瞳孔。

 長い首。ねじ曲がった2本の角。太い前足と巨大なかぎ爪。ウロコの色は黒だ。


 全てが信じがたい光景だった。――しかし、さらにその上を行くほど信じがたいことがあった。

 その竜の背中には、人が乗っていたのだ。


「あんたがエル・ジェイドかい?」

 しゃがれたハスキーボイス。

 革ジャン、ブーツ、ゴーグルにくわえ煙草たばこ。真っ赤なマフラーを風になびかせて。

 ブーツのかかとを鳴らし、颯爽さっそうと地上に降り立つ。竜騎士、いやドラゴン・ライダーとでも呼ぶのだろうか。


 ちなみにその足もとでは、竜の下敷きになったゼオがぴくぴくしている。

 ゼオと向き合っていた老人の方は、ぎりぎりで下敷きをまぬがれたものの、泡を吹いて気絶している。

 私はうっかり腰を抜かしていたのだが、竜から降り立った女に腕を引いて立たせてもらった。


 そう、女だ。年齢は50歳を少し過ぎたくらい?

 筋骨隆々、190に迫ろうかという身長、短く刈り込んだ赤毛。顔立ちも男性的で、豊かなバストを見なければ女性だとは思わないくらいだ。

 値踏みするような目で私を見下ろし、「うちの息子が世話になった――じゃない。色々と、世話してやったらしいね?」

 どちらさまでしょうかと聞く前に、竜の背中で、何かが動いた。


「……もう少し静かに着地してくれ、アイオラ」

 どこかぶつけたのか、痛そうに顔をしかめながら起き上がったのは、

「カイヤ殿下!?」

「エル・ジェイド! 無事だったか」

 すばやく竜から飛び降り、駆け寄ってくる。――間違いない。本当に本物のカイヤ殿下だ。

「遅れてすまん、ケガはないか!? ……何か、危害を加えられたりはしなかったか?」


 私が「だいじょうぶです」と答えると、アイオラと呼ばれた女性が口をひらいた。

「ガラの悪い男どもに捕まってたんだろう。何か悪さされたんじゃないのかい?」

「…………」

 顔色を見るに、どうやら殿下も同じことが聞きたかったらしい。

 一応、若い娘が誘拐されたと聞けば、まずそういう心配をするのが普通か。実際、私もかなり怖かったし、殿下の優しさは嬉しかった。

 なので、もう1度、気持ちを込めて「だいじょうぶです」と答えると、殿下は少し安心したようだった。


「……それよりも、あの……」

 アイオラのブーツが、かろうじて竜からはみ出ているゼオの頭を踏んづけているんですが。

「なんだい、このゴミは」

 自分が踏んでいるものに気づいたアイオラは、靴が汚れると言わんばかりの反応を見せた。


「えと、伝説の『巨人殺し』らしいです……」

「この男が?」

「冗談はやめな。貧相なチビじゃないか」

「本人はそう言ってましたけど……」

 殿下は半信半疑という顔をしつつ、「何にせよ、気の毒なことをしたな」といたむようなまなざしをゼオに向けた。

 まあ、普通だったら死んでるよね。高速で窓を突き破ってきた10メートル超の巨体の下敷きになれば。


「不死身だから、死んではいないと思いますよ」

「そうなのか?」

 殿下が目を見張る。「それが事実だとしたら興味深いな。色々と、話を聞いてみたい」

 この人らしい、ズレた反応である。普通はもうちょっと他に、言うべきことがあるんじゃないかと思うが。


 アイオラの反応は違った。急にぎらりと目を輝かせて、

「それが本当なら、けっこうな額の賞金首じゃないか」

 なんで急にお金の話になるの。言うべきことって、そういうことじゃない。

「少し待ってくれ、アイオラ。彼が『巨人殺し』だというなら、確かめたいことがある」

 そう、その通り。色々あって聞いていなかったが、例の「予告状」のこと、この人に確かめないと。

「待たないね。こいつを倒したのはあたしじゃないか。だったら、この貧相な首もあたしのもんだ」

 倒したって、竜で下敷きにしたのは偶然じゃ……。言いたかないが、私もヤバかったのだ。もう少し窓に近い場所に居たら、巻き添えになっていたかもしれない。


「俺の依頼がなければ、ここには来なかった。賞金首にも出会わなかった。ならば、俺にも権利はあるはずだ」

「ほっほう、言うようになったねえ、坊や。それでこそあたしの弟子だ。昔、死ぬ寸前まで鍛え上げた甲斐があるってもんだよ」

「あのう……」

 私は2人の会話に割って入った。

「すみません。さっぱり状況についていけないので、そろそろ誰か説明してください」

 いったいなんで、殿下がここに居る。いったいなんで、竜の背中に乗って飛んでくるのか。

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