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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第一章 主人公、求職中
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01 主人公、求職中

「ないですね」

 地味顔の青年が冷たく告げる。

「ご希望の条件に合う仕事はありません。エル・ジェイドさん」

 ――ここは、王都クリスタロス。

 ノコギリみたいにとんがった高い山のふもとに広がる、この国1番の都。

 そして、私が今居る場所は、都のど真ん中。

 大通に面した1等地に建つ酒場兼宿屋、その名も「魔女の憩い亭」であった。

 舞踏会ができそうなくらい広い店内に並べられたテーブル、歓談する客たち。楽しげな音楽が流れ、料理を運ぶウエイターやウエイトレスは、その音楽に乗って軽快なステップを踏んでいるかのよう。

 にぎやかで明るくて、ちょっと猥雑で、いかにも都会的な活気に満ちている。


 しかし、店の奥――私が今居る場所では、少々様子が違っていた。

 テーブルと椅子の代わりに大きなカウンター席があり、食事をする代わりに、真面目な顔で職員と話し込む人々が居る。

 天井からぶら下がっている木製の案内板には、目立つ大きな文字でこう書かれていた。「公共職業安定所」と。


 通称「職安」。急増する地方からの求職者に対応するため、数年前にひらかれた国の施設だ。

 その多くが、こうした酒場兼宿屋に併設されている。

 コネもツテもなくやってきた求職者に宿と食事をあてがい、職探しの足場を提供するのが目的らしい。無論のこと料金は取られるが、立派な店構えのわりには良心的な値段だった。


 待合席には、長椅子がよっつ。大勢の求職者が順番待ちをしている。

 男も居れば女も居る。年齢はバラバラ。白髪まじりの女性から、まだあどけなさを残す少年まで。共通しているのは、誰もが怖いくらい真剣な表情を浮かべていること。

 私もまた、その中の1人だ。王都で職を得るため、故郷の村から出てきたばかり。若干18歳の女子である。

 しかしながら、田舎者――もとい地方出身者が王都で条件のいい仕事にありつくのは、そうたやすいことではないらしく。


「希望職種を変えるか、他を当たってください」

 目の前の青年がそっけなく告げる。

 年齢はまだ20代半ばだと思う。そのわりに、どこか老成した空気をその身にまとった男だった。

 ごく平凡な黒髪に褐色の瞳。着ているものはこの店の制服なんだろう。シンプルなデザインの黒スーツにネクタイ。

 これといって特徴のない、淡白であっさりした顔立ち。イケメンというわけではないが、わりと好みの顔である。……って、今はそんなこと、どうでもいいってば。


「他を当たってください」で話を終えられちゃたまらない。私はカウンターにしがみつくように身を乗り出した。

「だ、だけど……っ! 王都は今、好景気で、どこも人手不足だって聞いたんですけど!」

「ええ、その通りですね」

 うなずく青年。


 大陸の西端に位置する王都は、古くから交通の要衝として知られている。

 はるか東から大陸を貫く街道、西には海洋諸国。

 さして広くもない国内には天然石の鉱脈が多く、質のいい宝石が豊富に採れる。

 宝石は高く売れる。だからこの国は基本、貧しさとは縁がない。

 国土は狭い。ただし商売にはうってつけの場所にある。その地の利を生かし、商業国家として栄えてきた王国は、その豊かさゆえ隣国に付け狙われてきた。

 特に、南の大国とは争いが絶えず。

 10年前に始まり、4年前に終結した国境紛争では、一時、王都の近くまで攻め寄せられている。

 その激しい戦いによって傷ついた人々の暮らしを立て直すため、王都の物不足を解消するため。

 数々の行政改革が断行され、現在、王都の経済は劇的に活性化しつつある、らしい。

 だから出身が地方でも、さほど学のない若い娘でも、仕事はあるはずなのだ。

 私の希望職種はメイドまたは家政婦で、特別な資格や技術が要るわけじゃないし。


「仰る通り、王都は人手不足です。仕事はありますよ。……無駄に高望みをしなければ」

 付け加えられた一言に、私はうっとひるんだ。

「見たところ、お若く、健康そうですし。器量は並ですが」

 おい。最後のセリフ、必要か。

 顔立ちが平凡なのは事実だし、別に気にしちゃいないが。……自分の容姿に、劣等感が全くないってわけでもない。

 私のひそかなコンプレックス、それは髪の色だ。長くのばし、背中でひとつにまとめて三つ編みにしているその髪は、一応シルバーブロンドと主張しているものの、実際は白に近い。まるで加齢による白髪のように。

 幼い頃は、近所の悪ガキどもにバーサンバーサンと馬鹿にされた。

 やめろと言ってもやめないので、全員に正拳突きをお見舞いしてやったものだ。


 私が懐かしい追憶にふけっている間も、青年の話は続いている。

「ただ、ご希望のように勤め先を『貴族または騎士の屋敷』と限定した場合、一般家庭に雇われるのとは事情が違ってきます。必要なのは、それなりの信用と担保。具体的には、真っ当な紹介者が居なければ難しいでしょう」

「紹介状なら、さっき渡しましたけど……」

 遠慮がちに彼の手元を見る。

 故郷を出る時、村長に頼んで書いてもらったものだ。何の変哲もない茶封筒だが、私の身元を保証してくれる大事なものである。

「確かに、拝見致しました」

 青年は手元の封書に視線を落とした。

「もっとも、村長レベルの紹介では……。これがもっと広い土地を治める領主、とでもいうなら話は別ですが」

 そんなお偉いさんにコネがあるなら、職安で職探しなんかしてないってば。


 なお、余談であるが、王国には「領主」というものは存在しないことになっている。

 私が生まれるずっとずっと前、大規模な国政改革があって、全ての土地が国のものになった。

 それまで各地を治めていた貴族たちは、領地を失い、そこから上がる収益も失い、代わりに王都で何らかの官職を得て、暮らしを立てることになった。

「王国の中央集権化」ってやつだ。歴史の授業で習った。

 だから領主というものは居ないはずなのだ。……もっとも、引退した王族や何らかの功績があった貴族が例外として私有地を持つことは認められているから、全く居ないというわけでもないんだけど。


「……どうしても無理なんでしょうか」

 じっとすがるような目で見つめてみる。泣き落としなんて本当ならやりたくないが、手段を選んでいられる状況ではない。

「お給金が安くてもいいんです。どうか、お願いします」

 こちとら、花も恥らう18歳だ。使える手は何でも使う。

「無理ですね」

 あっけなく敗北した。

「誰でもいいから若い女を派遣してくれ、という依頼ならありますが」

 依頼主は隠居した元・名家の当主で、現在80歳。仕事内容は、「老い先短い自分に癒しと潤いを与えてくれること」だそうだ。

「スミマセン、そういうのはパスで」

 私は即答した。

「できれば真っ当な仕事を……」

「…………」

 青年は小さくため息をつくと、ちらりと私の背後に視線を投げた。

 振り返って見るまでもなく、そこには職を求める大勢の人々が待っている。


 皆さん、お待ちですので、どうかお引き取りを――。


 体よく追い払われるかと思えば、彼が口にしたセリフは違った。

「差し支えなければ、なぜ貴族の雇い主にこだわるのか、教えていただけないでしょうか」

「え……」

 私は相手の顔を見返した。心なしか、声の調子が変わったような。それだけでなく、目つきも鋭くなっているような……。

「給金が安くても構わないというのは、何か特別な事情でも?」

 ああ、それか。確かに私は、先程そう言った。

 貴族に雇われたいなんて、普通は高収入や高待遇が目当てのはず。

 なのに、安く働いてもいい――なんて言ったら、怪しまれて当然だ。職安だって、わけありの人間を客に紹介して、トラブルになったら困るだろうし。 


 事情は、ある。

 何もミーハー根性や、貴族のお目にとまって玉の輿、なんて下心があるわけではない。……全くない、とは言わないが。

 私の事情、それは――。


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