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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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198 不死身の暗殺者

 


※冒頭、流血描写あります。苦手な人は注意。




 冗談みたいな光景に、私は悲鳴すら出なかった。


 刺されたゼオが、うつ伏せに倒れ込む。

 鮮血がなんて赤い――なんてキレイなんだろう。まるで、何もない場所にぱっと赤い花が咲いたみたいだ。


 脳がしびれている。何も考えられない。

 きっとこれは夢だ。朝が来たら、クリア姫のお屋敷で普通に目覚めるはずだ。そしてまた、いつも通りの日常が始まる――。


「げほっ」

 私の現実逃避をかき消すように、ゼオがひとかたまりの血を吐いた。片手を床につき、もう片方の手で口元をぬぐいながら、

「ったく。めちゃくちゃ痛いから、できればやりたくないってのに……。自分で斬ってみせても、誰も信じねえし。トリックだとか手品だとかぬかしやがって」

 ゆっくりとその場に立ち上がる。傷口からは鮮血が流れ続けていたが、その勢いは既に止まりつつあった。

「まあ、でも。これでわかったろ。見ての通り、俺は不死身だ」


 彼に剣を突き立てた騎士が、その剣を取り落とす。短い悲鳴を上げて後ずさり、

「化け物っ……!」

「うるさい」

 また鈍い音がした。ゼオが右手に持ったナイフの柄で、騎士の横っつらを張り飛ばした音だ。

 彼はそれから、恐怖で凍りつく騎士たちに順に向き直り。

 そして、7年前の光景が再現された。


 私の、目の前で。

 ろくに抵抗もできず、次々と倒れ伏す男たち。無言で男たちに向かっていくゼオの刃が、血に濡れて――いないな。

 そういえば、最初からそうだった。ナイフを鈍器のように使って戦っている。

 男たちはバタバタ倒れていくが、誰も死んではいない。殴られた顔や腹部を押さえて呻き声を上げているだけだ。


 1分もしないうちに、そこに立っているのはゼオと老人だけになった。

「百年とちょっと前」

 老人を見すえ、こちらに背を向けたまま、ゼオは言った。

「俺は確かにこの国で暗殺者をしてた。『巨人殺し』なんて大層な名前で呼ばれることもあった」

 しばし言い淀んだかと思うと、ぽりぽりと後ろ頭をかいて、

「けど、実をいうと、随分昔に暗殺者は廃業してるんだ。それからはできるだけ殺さないようにしてるんだが……」

 そこで急に私の方を振り向いたかと思うと、小さく頭を下げて、

「7年前の時はその、なんだ。俺も頭に血が上ってたっつーか、若干パニくってたっつーか。子供の前で、やり過ぎちまったとは思ってるよ。……ガキの命を狙うような連中に同情する気はさらさらないが、それでも場所は選ぶべきだった。本当に、悪かったと思ってる」


 どうやら今の話は全て老人ではなく、私への説明もしくは弁解だったらしい。


「今回はこいつだけにする。それで勘弁してくれや」

 そう言って、また老人の方に向き直るゼオ。

 ガタガタと恐怖に震えながら、「貴様は、あの時の……?」とつぶやく老人。

「本気で気づいてなかったのな。まあ俺、印象薄いってよく言われるし」

 のんきなセリフを吐きつつ、ゼオは老人のもとへと歩み寄っていく。逆手に持っていたナイフを、くるりと反転させて――。


 ゼオが、老人を殺すつもりだと。

 そう悟った私は、瞬時に動いていた。さっき武器の代わりにと目をつけておいた、立派な銀の燭台をひっつかみ、

「って、おい。何する気だ」

 ゼオの後頭部に振り下ろそうとしたのだが、相手の反応の方が早かった。すばやく私から距離をとると、なだめるように両手を前に突き出し、

「落ち着け、な。話せばわかる」

 とりあえずそれを放せと言われて、だったら先にナイフをしまえと要求する私。


「……なんでだよ」

 ゼオは納得できないという顔をした。

「こいつは実際、おまえの家族にとっては仇みたいなもんだ。見ての通り、もういい年だし。そろそろあの世に渡っても悔いはないんじゃねえか?」

 断じてそんなことはないという風に、ぶんぶんと首を横に振る老人。その姿を視界におさめつつ、

「うちの家族の問題だっていうなら、あなたには関係ないです」

と私は言った。

「いや、関係はある。そもそも俺がドジ踏まなかったら、こんなことには……」

「はい?」

「何でもない。それより、もう1度聞くが、なんで止める?」

 なんでもクソもあるか。

「目の前で人が殺されそうになってたら、普通は止めますよ!」

「……こいつを見逃すのか?」

 カイヤ殿下か、あるいは警官隊に言って逮捕してもらうという手もある。

 この人、他にも余罪がたくさんありそうだし。

 きちんと司法の場に出すべきだと思う。この場で殺してしまったら、それもできなくなる。


「や、でもなあ。俺は面も割れちまったし……」

 ゼオはあからさまに困った顔で、「今、始末しておかないとマズイ」的なことをごにょごにょ言った。

「不死身なんだから、別に困らないでしょう」

 伝説の「巨人殺し」なのだ。大昔に悪い魔女と戦ったり、巨人を倒したり、竜に乗って空を飛んだりしたのでは?


「おとぎ話と一緒にするな。俺は竜なんて見たこともないし、大昔っていうほど長生きもしてないし、そもそも巨人を倒してもいない」

 ゼオはうんざりしたように顔をしかめて、

「ただ死なないってだけだ。別に無敵なわけじゃない。鎖で縛って地中深く埋めるとか、そのまま海に沈めるとかされたら、俺だって困るんだよ」

 なるほどそんな手が、と手を打つ老人。

 即座にゼオににらまれて、その姿勢のまま固まっている。余裕があるのか、状況が理解できていないのか。


「……こいつはおまえのことも殺す気だったんだぞ」

 人でなしだ。他人の命などどうとも思っていない。自分の家の方が大事なのだ。そんな奴をかばい立てするのか。

「殺す気などない!」

 ふいに、老人が声を張り上げた。

「この娘の身柄を盾に、第二王子殿下と取引するつもりだった!」

 わりと聞き捨てならないセリフである。どんな取引をする気だったのか――は、敢えて聞くまでもなくわかった。


「落ち目のラズワルドと心中するわけにはいかぬ! あの男を見限り、第一王子殿下の派閥に鞍替くらがえする! その際、最高司祭の地位は失わぬよう、当家の罪を見逃してもらえるよう、あわよくば借金の肩代わりも頼めるよう、駆け引きの材料がほしかった! そのために、この娘を利用しようと――」


「……あの、もういいです」

 本当に、すがすがしいほど「家」のことしか考えてないな、この人。

「これを本当に見逃すのか?」

 再度ゼオに問われて、いささか悩むが……。


 私の思考を遮り、奇妙な音が近づいてきた。風が唸るような、轟々ごうごうという音が。

 その場に居る全員が、いったい何事だといぶかしむ暇もなく。直後、窓ガラスを突き破り、何かが室内に飛び込んできた。

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