197 元・最高司祭の頼み
なんでそんなことを頼まれるのかわからない。私は「巨人殺し」など知らないと答えるしかない。
老人は力なく肩を落とした。
「やはり、簡単には引き受けてもらえないか……」
そうじゃなくて、知らないんだってば。人の話を聞かない元司祭様だな。
「えと、『巨人殺し』にご用がおありなんですか?」
老人は「よくぞ聞いてくれた」とばかりにうなずいた。「あの野心家のラズワルドを倒すためだ!」
「え゛。騎士団長を暗殺……?」
どん引く私に、
「違う、そうではない! 暗殺をくわだてているのはラズワルドの方だ!」
ああもう、話がこんがらがってきた。
老人いわく。
クンツァイトの密偵が集めた情報によれば、ラズワルドは本物の「巨人殺し」を雇って、政敵であるカイヤ殿下の暗殺をくわだてている。
自分はそれを止めたい。そのために「巨人殺し」の居場所が知りたいのだ。
伝説の暗殺者と交渉し、倍の報酬を払って雇い直すか。あるいは身柄を押さえて、騎士団長のたくらみを白状させるか。
「王国の平和と安定のためにも協力してほしい!」
すっげー嘘くさい。さっきまで自分の家のことしか口にしなかった人が、いきなり平和とか安定とか言い出しても。
「頼む、信じてくれ!」
信じられないし、たとえ信じたとしても意味はない。
私は巨人殺しの居場所など知らないからだ。なんで知っているかのように仰るのか?
「よもや、本当に知らないのか……?」
そう、本当に知らないんだよ。
「しかし、そんなはずは……。であるなら、いったいなぜ……」
老人は1人ぶつぶつとつぶやいていたが、やがてこちらを向いて、事情を話し始めた。
「7年前、当家の差し向けた刺客が返り討ちにあったと知って、ラズワルドは激怒したものだ」
自分の屋敷に老人を呼びつけ、裏切り者を絶対に許すな、次はもっと手だれの刺客を送りつけてやれと命じた。
「そこに、現れたのだ。自分は『巨人殺し』だと名乗る男が」
その男は、抜き身の武器を手にして、まっすぐにラズワルドのもとに近づいてきた。
当然、護衛の者たちが黙っているはずもなく、すぐに数人がかりで斬り倒されることになったが。
直後、男は何事もなかったように起き上がり、こう言った。――見ての通り、自分は不死身だと。
要件はひとつ。
シム・ジェイドの家族には、今後いっさい手出し無用。言う通りにしなければ、殺しても死なない不死身の暗殺者が、この先ずっと貴様の首を狙うことになるぞ、と。
「一介の暗殺者に脅され、言いなりになるなど――ラズワルドにとっては屈辱だったはずだが」
結局のところ、私の家族を害したところで、騎士団長には何の得もない。
要はメンツの問題だけだと気づいて、この件からは手を引くことにしたらしい。
「7年たった今となっては、ラズワルドはそなたの父のことなど覚えてもいないだろう。しかし、そなたの父は今も逃げ続けているのだ。そなたの家族は父親を失ったのだ」
さぞや口惜しかろうなと言われたが、私は話についていけなかった。
不死身の暗殺者が、うちの家族の味方をした? わざわざお偉いさんのもとに乗り込んで、「手を出すな」と警告した?
……そんなことはありえない。
「ラズワルドを許せまい。父の仇討ちを考えたとしても何ら不思議はない」
老人の声がうるさくて、考えがまとまらない。
そもそも「仇討ち」って、勝手に殺すな。
「『巨人殺し』は父のことを知っていた……?」
「そうであろうよ。だからこそ、娘のそなたであれば何か心当たりもあるかと思ったのだが……」
「…………」
私には心当たりなんてない、けど。
父の知り合い。……友人。
ついさっき、そう名乗る男に会ったばかりだ。
でも、まさか。
だって、すごく普通の人だったし。
……見た目は、普通だった。が、7年前の事件の時には、その手で5人も殺した男だ。
いや、4人だっけ? 黒衣の男は全部で5人。それはあのゼオも含めての人数だったろうか。何だか急に自信がなくなってきた。
「あの、とにかく帰らせてください」
カイヤ殿下に、あるいはセドニスに。
今日ここで知った話を、全部聞いてもらいたい。そして、意見を聞きたい。一緒に考えてもらいたい。
「ふむ、仕方ないな」
意外にも、老人はそう言った。
テーブルの上から呼び鈴を持ち上げ、チリンチリンと2度鳴らす。
すぐに足音が聞こえて、先程の男2人がまた現れた。
ゼオの顔を見て、私はどきりとした。
しかし相手の方は無反応。目が合っても眉ひとつ動かさなかった。
やっぱり、違うよね?
元・最高司祭が、王族のメイドを誘拐してまで連絡を取りたがっている「巨人殺し」が、すぐ目の前に居るじゃないか、とか間抜け過ぎるし。
「この娘を厳重に閉じ込めておけ」
って、はい?
「すまぬが、このまま帰すわけにはいかぬな」
と老人は言った。いかにも善人っぽい風貌の中で、その瞳だけが冷たく光っていた。
「『巨人殺し』をおびき寄せる囮にでもするつもりで?」
横から口を挟んだのはゼオだった。
一緒にやってきた大柄な男が怪訝な顔をする。普通、下っ端は主人に質問したりしないものなんだろう。老人もあからさまに気分を害した様子で、
「余計な口を利くな。早く連れて行け」
ゼオは小さくため息をついて、仕方なさそうに右手を振り上げた。
ゴッ! と鈍い音がした。
もんどり打って倒れる、大柄な男。
ゼオの右手に、あごの辺りを打ちすえられて――違う。ゼオは素手ではなかった。いつの間にかその手に持っていた小ぶりのナイフ、その柄の部分で、男を殴ったのだ。
「ま、そうだよな。無事に帰すわけない。第二王子に誘拐のこと話されちゃ困るだろうし、目的を果たしたら始末するつもりだよな」
「な、な……」
唖然として、まともに声も出ない老人を、ゼオは斜め下から透かすように見て、
「なんだ貴様はって? あんたが会いたがってた、不死身の『巨人殺し』だけど」
意外にすばやい動きで、呼び鈴を鳴らす老人。今度は3度。現れたのは、帯剣した男たちが、全部で5人。
長身で厚みのある体格、服装も小綺麗で、見た感じ騎士っぽい。
剣の柄に手をかけ、ぐるりとゼオの周りを取り囲む。
ゼオは余裕しゃくしゃくだった。多勢に無勢の状況にも焦ることなく、
「悪いな。また嫌なもの見せちまうことになるが」
なぜか私の方を見て、そう言った。「できれば、目をつぶっていてくれ」
「曲者だ、始末しろ!」
本で見た悪役そのもののセリフを吐いて、ゼオを指差す老人。
即座に剣を抜き、殺到する男たち。問答無用で斬りかかるだなんて、どうやらカタギの騎士ではなさそうだ。
ゼオは逃げもせず突っ立っていた。
そして、騎士の刃にその身を貫かれた。