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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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197 元・最高司祭の頼み

 なんでそんなことを頼まれるのかわからない。私は「巨人殺し」など知らないと答えるしかない。


 老人は力なく肩を落とした。

「やはり、簡単には引き受けてもらえないか……」

 そうじゃなくて、知らないんだってば。人の話を聞かない元司祭様だな。


「えと、『巨人殺し』にご用がおありなんですか?」

 老人は「よくぞ聞いてくれた」とばかりにうなずいた。「あの野心家のラズワルドを倒すためだ!」

「え゛。騎士団長を暗殺……?」

 どん引く私に、

「違う、そうではない! 暗殺をくわだてているのはラズワルドの方だ!」

 ああもう、話がこんがらがってきた。


 老人いわく。

 クンツァイトの密偵が集めた情報によれば、ラズワルドは本物の「巨人殺し」を雇って、政敵であるカイヤ殿下の暗殺をくわだてている。

 自分はそれを止めたい。そのために「巨人殺し」の居場所が知りたいのだ。

 伝説の暗殺者と交渉し、倍の報酬を払って雇い直すか。あるいは身柄を押さえて、騎士団長のたくらみを白状させるか。


「王国の平和と安定のためにも協力してほしい!」

 すっげー嘘くさい。さっきまで自分の家のことしか口にしなかった人が、いきなり平和とか安定とか言い出しても。

「頼む、信じてくれ!」

 信じられないし、たとえ信じたとしても意味はない。

 私は巨人殺しの居場所など知らないからだ。なんで知っているかのように仰るのか?


「よもや、本当に知らないのか……?」

 そう、本当に知らないんだよ。

「しかし、そんなはずは……。であるなら、いったいなぜ……」

 老人は1人ぶつぶつとつぶやいていたが、やがてこちらを向いて、事情を話し始めた。

 

「7年前、当家の差し向けた刺客が返り討ちにあったと知って、ラズワルドは激怒したものだ」

 自分の屋敷に老人を呼びつけ、裏切り者を絶対に許すな、次はもっと手だれの刺客を送りつけてやれと命じた。

「そこに、現れたのだ。自分は『巨人殺し』だと名乗る男が」


 その男は、抜き身の武器を手にして、まっすぐにラズワルドのもとに近づいてきた。

 当然、護衛の者たちが黙っているはずもなく、すぐに数人がかりで斬り倒されることになったが。

 直後、男は何事もなかったように起き上がり、こう言った。――見ての通り、自分は不死身だと。

 要件はひとつ。

 シム・ジェイドの家族には、今後いっさい手出し無用。言う通りにしなければ、殺しても死なない不死身の暗殺者が、この先ずっと貴様の首を狙うことになるぞ、と。


「一介の暗殺者に脅され、言いなりになるなど――ラズワルドにとっては屈辱だったはずだが」


 結局のところ、私の家族を害したところで、騎士団長には何の得もない。

 要はメンツの問題だけだと気づいて、この件からは手を引くことにしたらしい。


「7年たった今となっては、ラズワルドはそなたの父のことなど覚えてもいないだろう。しかし、そなたの父は今も逃げ続けているのだ。そなたの家族は父親を失ったのだ」


 さぞや口惜しかろうなと言われたが、私は話についていけなかった。


 不死身の暗殺者が、うちの家族の味方をした? わざわざお偉いさんのもとに乗り込んで、「手を出すな」と警告した?

 ……そんなことはありえない。


「ラズワルドを許せまい。父の仇討ちを考えたとしても何ら不思議はない」


 老人の声がうるさくて、考えがまとまらない。

 そもそも「仇討ち」って、勝手に殺すな。


「『巨人殺し』は父のことを知っていた……?」

「そうであろうよ。だからこそ、娘のそなたであれば何か心当たりもあるかと思ったのだが……」

「…………」

 私には心当たりなんてない、けど。

 父の知り合い。……友人。

 ついさっき、そう名乗る男に会ったばかりだ。


 でも、まさか。

 だって、すごく普通の人だったし。

 ……見た目は、普通だった。が、7年前の事件の時には、その手で5人も殺した男だ。

 いや、4人だっけ? 黒衣の男は全部で5人。それはあのゼオも含めての人数だったろうか。何だか急に自信がなくなってきた。


「あの、とにかく帰らせてください」

 カイヤ殿下に、あるいはセドニスに。

 今日ここで知った話を、全部聞いてもらいたい。そして、意見を聞きたい。一緒に考えてもらいたい。


「ふむ、仕方ないな」

 意外にも、老人はそう言った。

 テーブルの上から呼び鈴を持ち上げ、チリンチリンと2度鳴らす。

 すぐに足音が聞こえて、先程の男2人がまた現れた。


 ゼオの顔を見て、私はどきりとした。

 しかし相手の方は無反応。目が合っても眉ひとつ動かさなかった。


 やっぱり、違うよね?

 元・最高司祭が、王族のメイドを誘拐してまで連絡を取りたがっている「巨人殺し」が、すぐ目の前に居るじゃないか、とか間抜け過ぎるし。


「この娘を厳重に閉じ込めておけ」

 って、はい?

「すまぬが、このまま帰すわけにはいかぬな」

と老人は言った。いかにも善人っぽい風貌の中で、その瞳だけが冷たく光っていた。


「『巨人殺し』をおびき寄せるおとりにでもするつもりで?」

 横から口を挟んだのはゼオだった。

 一緒にやってきた大柄な男が怪訝な顔をする。普通、下っ端は主人に質問したりしないものなんだろう。老人もあからさまに気分を害した様子で、

「余計な口を利くな。早く連れて行け」

 ゼオは小さくため息をついて、仕方なさそうに右手を振り上げた。


 ゴッ! と鈍い音がした。


 もんどり打って倒れる、大柄な男。

 ゼオの右手に、あごの辺りを打ちすえられて――違う。ゼオは素手ではなかった。いつの間にかその手に持っていた小ぶりのナイフ、その柄の部分で、男を殴ったのだ。


「ま、そうだよな。無事に帰すわけない。第二王子に誘拐のこと話されちゃ困るだろうし、目的を果たしたら始末するつもりだよな」

「な、な……」

 唖然として、まともに声も出ない老人を、ゼオは斜め下から透かすように見て、

「なんだ貴様はって? あんたが会いたがってた、不死身の『巨人殺し』だけど」


 意外にすばやい動きで、呼び鈴を鳴らす老人。今度は3度。現れたのは、帯剣した男たちが、全部で5人。

 長身で厚みのある体格、服装も小綺麗で、見た感じ騎士っぽい。

 剣の柄に手をかけ、ぐるりとゼオの周りを取り囲む。


 ゼオは余裕しゃくしゃくだった。多勢に無勢の状況にも焦ることなく、

「悪いな。また嫌なもの見せちまうことになるが」

 なぜか私の方を見て、そう言った。「できれば、目をつぶっていてくれ」


曲者くせものだ、始末しろ!」

 本で見た悪役そのもののセリフを吐いて、ゼオを指差す老人。

 即座に剣を抜き、殺到する男たち。問答無用で斬りかかるだなんて、どうやらカタギの騎士ではなさそうだ。


 ゼオは逃げもせず突っ立っていた。

 そして、騎士の刃にその身を貫かれた。

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