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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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196 元・最高司祭の事情

 薄暗い廊下に、足音が響く。

 私と、ゼオと名乗った男、それに大柄で目つきの鋭い男の3人分。


 狭苦しい部屋から出てみれば、そこはどことも知れぬ廊下だった。

 多分、お金持ちのお屋敷なんだと思う。高そうな調度品が飾られていたり、扉や窓の装飾が無駄に豪華だったりする。

 にも関わらず、どこか不気味で息苦しい感じがするのは、無理やり連れ去られてきたという状況のためか。あるいは、この薄暗さのせいだろうか。


 立派な廊下には立派な照明もあったが、なぜかぽつりぽつりとしか点灯していない。

 人の気配もしない。普通のお屋敷なら、使用人とか居そうなものなのに。


 不気味なほどの静寂は、否応なしに不安をかき立てた。

 かなうなら今すぐ逃げ出したかったが、男2人に両脇を固められていては、どうすることもできず。言われるがまま、廊下を進むしかなかった。


 これから、私はどうなるんだろう。

 ゼオは、引退したクンツァイトの当主が私を誘拐させたと言った。今から会えるとも言っていたから、つまりこの先で待ち受けている可能性が高い。

 いったいどんな用件があって――と思い巡らすほどの暇はなく。


 途中で1度階段を上がり、たどりついた先は、これまた立派な部屋だった。

 来客をもてなすためのサロンとかだろうか。

 ふかふかのソファー、立派な暖炉、やたら大きなテーブルには銀の燭台とティーセット。絵画や彫刻なんかも飾られている。

 最も目を引くのは部屋の奥。壁一面を覆うほど大きな窓の向こうに、漆黒の夜空が見えている。その先はバルコニーになっているようだ。今は暗くてよく見えないが。


 ……そうか、もう夜なんだな。時間の感覚が麻痺していた。


「来たか」

 声の主は、広い部屋の中央に立っていた。

 白い髪。長いひげ。真っ白なローブをその身にまとった1人の老人。

「そなたがシム・ジェイドの娘か。よく来てくれた」

 意外に友好的な態度で迎えられた。

 見るからに善人っぽい、優しげなまなざしと清潔感あふれる風貌。いかにも元・聖職者らしい外見の持ち主だが、相手は誘拐犯だ。


 私が黙っていると、老人は男2人に目で合図を送った。

 小さく頭を下げて、部屋から出ていく大柄な男。ゼオと名乗った男もまた、こちらを振り向きもせずに、さっさと出ていった。

 音を立てて閉じる扉。遠ざかっていく足音。

 老人と2人きりになり、距離を置いて向かい合い。


 さて、これからどうなるのか?

 何を言われるのか。何を聞かれるのか。あるいは、何をされるのか。

 目の前に居るのは老人1人。武芸の心得があるという風でもないが、実は凄腕の暗殺者なのかもしれない。

「…………」

 私は目だけで室内を見回し、武器になりそうなものを物色した。何が起きても対処できるよう、心の準備だけはして身構えていると。


 やおら老人が四つん這いになって、頭を下げた。

「すまなかった!」

 その展開は予想していなかった。あっけにとられる私に、老人は床に這いつくばったまま顔だけこちらに向けて、

「乱暴なことをしてすまなかった! どうしても直接会って話がしたかったのだ!」


 会って、謝りたかった。7年間ずっと心にわだかまっていたことを。

 そなたの家族に、父親にした仕打ち。あれは本当にすまなかった。弁解のしようもない。

 だが、信じてほしい。好きでしたことではないのだ。あの忌まわしき野心家の、冷酷なラズワルドに命じられ、他にどうしようもなかった。

 7年前の当時、ラズワルドに逆らえば、家も、家族も、どうなるかわからなかった――。


「あの、待って! ちょっと待ってください!」

 何が何だかわからない。ちゃんと説明してほしい。

 私をここに連れてきたのが、7年前の話をするため?

「ってことはやっぱり、父はクンツァイトに雇われて……?」

「左様。まことに優秀な密偵であった」

 老人は深くうなずいて見せる。

「もとは王都の裏通りをさまよう孤児であったのだ。幼い頃、我がクンツァイトの孤児院に保護され、育てられた」

 そこで人並みの生活を与えられた父は、成長した後も自ら望んで恩義あるクンツァイトのために仕えたのだという。

 だいぶ恩着せがましく美化された言い分に聞こえたが、今はそれを突っ込むよりも話の先が知りたい。


「シム・ジェイドは優しい男であった。密偵という仕事には似合わぬ、穏やかな気性の持ち主であった。だからこそ、幼い子供を手にかけよ、などという命令には従えなかったのであろう。そうに違いない」


 子供を手にかける? それってどういうこと?


 さっきの老人の話。「ラズワルド」「殉死」「7年前」のキーワードから考えられることといったら。

 7年前、甥である王子の事故死から、騎士団長が暴走したこと。王子の護衛や従者だった者たちに対して、王子に殉じて死ねという無茶な命令を出したこと。


「あの事件と、父の失踪が関わっていた……?」

「そうだ。まったくもって許しがたい」

 老人は憤懣ふんまんやるかたなしという表情を浮かべている。

「もしかして、亡くなった王子の護衛の1人だったんですか?」

 クリア姫がお考えになった通りに。

 老人は「いや、そうではない」と否定した。いつのまにか土下座はやめて、普通に立っている。


「7年前の当時、ラズワルドの権力は絶大なものだった。誰も、国王陛下ですら、逆らうことができぬほどに……」


 そのため「殉死」命令を出された貴族たちは、のらりくらりと時間稼ぎをしたり、どこかに身を隠したり、それぞれのやり方で事態をやり過ごそうとした。

 そんな中、きっぱりと命令を拒否した上、あまりに横暴だと抗議した貴族が居たらしく、ラズワルドの逆鱗に触れた。


「あやつは、当家の密偵たちを使って、その貴族の子供を始末しろと言ったのだ。何とむごい、何と非道なことであろうか。その許しがたい命令を受けたのが、そなたの父であるシム・ジェイドだった……」

 しかし、と老人は続けた。

「シム・ジェイドはその命令に従わなかった。逆に子供を逃がし、その命を救った!」

 感動に震え、はらはらと涙を流しつつ、

「実に勇気ある行いだ。私は、私は、誇りに思う……」

 うつむいて肩を震わせていた老人は、ふいにカッと目を見開き、両こぶしを握りしめた。

「だが! ラズワルドは許さなかった! 己を裏切ったシム・ジェイドに刺客を差し向け、さらには息子の命までも狙ったのだ!」

 それが7年前の事件の真相なのだと、話を結ぶ。


 なかなか見応えのある1人芝居だった。これが舞台なら、拍手を送ってもよかったかもしれない。

 ただし、話の内容が信用できるかといったら、それはまた別のことで。


「私の父と弟を狙ったのが、ラズワルドの差し向けた刺客?」

 老人は「うむ、左様」と首肯する。

「でも……」

 それって、おかしくない?

「父はクンツァイトの密偵だったんですよね?」

 さっきの話だと、ラズワルドが直接、父に命令したみたいなんですが。他家の密偵に普通そんなことする? まして、従わなかったからって勝手に罰するとか。

 あと、もうひとつ。

 魔女の憩い亭の調査によれば、あの男たちを率いていたのは「ウィルヘルム・クンツァイト」。今、目の前に居る老人の遠い親戚のはずだ。


 確認すると、老人は「あ、いや」と慌てて弁明した。

 もともとクンツァイトは、密偵や暗殺者を養成・派遣することを裏の生業なりわいとしていた。

 7年前の時も、「逆らった貴族の子供を始末しろ」というラズワルドの要請に従って密偵を、つまり私の父を派遣した。

 しかし私の父が従わなかったために、ラズワルドは激怒。今度は「裏切り者を始末しろ」と命じられ、クンツァイトが「やむなく」刺客を差し向けることになったのだと。


「その責任者がウィリアム……、私にとっては親しい身内だった」

 死なせたことは痛恨の極みだと、実際にすごくつらそうな顔をする。

「ウィルヘルムじゃないんですか?」

 痛恨の極みなら、名前くらい覚えててあげたら。

「…………。そなたの家族には、まことにすまないことをしたと思っている」

 ツッコミは華麗にスルーされた。見た目によらず、面の皮の厚い人らしい。

「それでも、あの時は他にどうしようもなかったのだ。あの非道な男から我がクンツァイトを守るためには……」


 またうつむいて肩を震わせる老人の姿に、私は同情も共感も覚えなかった。むしろ、心が冷たくなるのを感じていた。

 なんか、ことさらにラズワルドを悪者にして、非道だ非道だと憤って見せているけど。

 本当に、当時から怒っていたんだろうか。

 だとしたら、守ってくれてもいいような気がする。私の父を。自分の部下のことを。


 カイヤ殿下ならきっとそうする。たとえそのせいで己の立場が危うくなろうとも、絶対に守ろうとするはずだ。

 この人は違った。ラズワルドに言われるまま、私の父に刺客を差し向けたのだ。

 命令に従わず、ラズワルドを怒らせた父を、内心では苦々しく思っていたから?

 それとも、密偵なんてハナから軽い存在で、守ることなど考えもしなかったのか。


 私の冷ややかな空気を感じ取ったのか、老人は再び土下座して許しを請い始めた。

 すまなかった、本当にすまなかった。先祖から受け継いだ家を、自分の代で傾けるわけにはいかなかったのだと。

 まさに今現在、親戚との抗争やら、例のサギ事件やらで傾けてるはずだけど。

「あの、もうやめてください」

と私は言った。

「おお。許してくれるのか」

 違うし。都合よく解釈するなっつーの。


 今の話が本当だとしたら、クンツァイトのせいで私の父は失踪し、幼い弟の命まで狙われたのだ。

 それを「許す」だなんて言えるわけがない。

 とはいえ、今この場でこの人を責めても、土下座の嵐で煙に巻かれるだけだろう。


 それに今、私は1人だ。

 味方はおらず、このお屋敷に居ることを知る人も居ない。

 まずは無事に戻ることが先決。その後の対処は、雇い主のカイヤ殿下とも相談して決めた方がいいと思う。


「許すかどうかはともかく、お話はわかりましたから。今日のところは帰らせていただけませんか」

 が、老人は「待ってくれ!」と叫んで、私の腕にすがりついてきた。

「こんなことを言えた義理でないのは百も承知だが、そなたに頼みたいことがある!」

「はあ?」

 頼みって何、と私は困惑した。恨まれても当然の事実を告白し、土下座して謝った後で頼みたいことがあるって、どういうこと?


「あの伝説の暗殺者と連絡をつけてほしいのだ!」

 私はさらに困惑した。

「伝説の暗殺者って、まさか……」

 私の雇い主に、暗殺予告状を送りつけた、あの?

「左様。『巨人殺し』のことだ」

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