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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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195 あの日2

 それは唐突で、悪夢のような出来事だった。

 目の前に、知らない男が立っている。暗い色の旅装束。目深に下ろしたフードとマスクで顔を隠した、いかにも怪しい男が。

「シムの娘だな」

 そう言って、私を見る。気を失った弟を、荷物のように片手でぶら下げたまま。

「あいつが戻ってきたら伝えろ。息子は俺が預かっておくが――」

「……」

 男の姿から目線を切らないようにしながら、私はそっと足もとの石を拾い上げ――。

「ていっ!」

 男の顔面めがけて、思いっきり投げつけた。


 まるっきり予想していなかったのか、私が投げた石は、男の眉間にモロに命中した。

「ふごっ!!」

 間抜けな悲鳴を上げて、ぶっ倒れる男。その隙にと、私は気絶した弟を抱えて逃げようとした。

 誤算は、その体が予想よりも重かったことだ。

 気を失って脱力した状態だと、人の体は重い。普通に寝ている時よりまだ重い。

 もたついているうちに、男が起き上がった。


「おい! いきなり何すんだ!」

 私は再度、足もとから石を拾って投げつけた――が、今度は上半身をよじって避けられてしまった。

「落ち着け! 俺は怪しい者じゃない!」

 この状況でその言葉を信じる人間が居たら会ってみたい。

「黙れ、誘拐犯!」

 私はもう1度、地面から手頃な石を拾い上げた。また上体をよじって避けられないよう、男の体の真ん中辺りを狙って投げつけると。


 澄んだ、硬い音がした。

 私が投げた石が、地面に転がっていく。神業のようなスピードで、男が取り出したナイフに弾かれた石が。

 初めて見る白刃の輝きに、私は足がすくみそうになった。それでも、気を失ったままの弟を守ろうと、何か武器になりそうなものを目で探した。手頃な石はもうない。代わりに、折れた木の枝を地面から拾い上げ、

「誘拐じゃない! 確かに黙って連れて行こうとはしたが――」

 男の頭上に振り下ろす。いや、投げつける。

「頼むから話を聞いてくれ! 俺はおまえの親父の知り合いなんだよ!」

 意味もなく両手をバタつかせながら、必死に弁明する男。

「おまえの親父が間に合いそうにないんで、俺が代わりに来たんだ! 親父に伝えてくれ! 息子は俺が預かっておくが、それはあの連中に狙わせないためだって!」


 ぶっつりと。

 白昼夢が途切れ、私は現実に引き戻された。

 狭い部屋。石造りの壁と天井。目の前には、あの日と同じ男が立っている。

「…………」

 私は全身に冷や汗をかいていた。

 胸の内にあるのはただ、恐怖と、嫌悪のみ。


「お、おい。急にどうしたんだ? だいじょうぶか?」

 私の様子がおかしいのを見て、男も戸惑っている。

 浮かべた表情はどこか頼りなく、心配そうで、一見すると悪人ではないようだったが、

「人殺し……」

 闇色の瞳を見すえて、私は言った。

「父さんじゃない……。あなたが殺した……」

 私の村にやってきた、怪しい黒衣の男たちを。

 父ではない。この男が。

 物も言わず。警告ひとつせず。次々と斬り捨てたのだ。


 そうだ。私はそれを見ていたはずだった。


「……思い出したのか?」

 男がつぶやく。その顔は、いつのまにか起きたまま寝ているような無表情に変わっている。

「そうだよ。連中を殺ったのは俺だ。おまえの親父は、人どころか虫も殺さない優しい奴だもんな」

 軽く後ろ頭をかいて、私に背を向ける。

「続きは後だ。人が来た」

 その言葉通り、部屋の外から足音が響いてくる。


「いいか。余計なことはしゃべるなよ」

 顔だけこちらに向けて、警告してくる男。「おまえと俺の事情を、関係ない奴に知られたくない」

 誰がこいつの言う通りになんてしてやるもんか。

 きつくにらみ返しても、男は無表情のまま。

「俺はおまえに危害を加える気はないが、おまえ以外の奴が相手なら話は別だ。余計なことをしゃべったら、聞いた人間が不幸になるからな。それを、忘れるな」

 脅しとしか思えないセリフを口にして、ドアの方に向き直る。


 間もなく、大柄で目つきの鋭い男が現れた。ゼオと名乗った男とよく似た怪しい服装。ただし覆面はかぶっていない。

主人あるじがお呼びだ」

 今連れて行く、と答えるゼオ。

 そして私の耳元で、こうささやいてくる。

「おまえを誘拐させたのは、引退したクンツァイトの元当主だよ。色々聞いてみたいこともあるんじゃないのか? 今から会えるぞ」

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