194 闇色の瞳
この男が、父の友達――友人?
本当ですかと聞き返す前に、「嘘じゃない」と男が言った。
あいかわらず及び腰で、まともに目を合わせようとしない。どうにも信用しづらい態度に、私は不審の色を隠せなかった。
「本当に、嘘じゃない」
「……何か、証拠は?」
「証拠って……」
「どこで知り合った、どういうお友達ですか」
行商仲間ってことはないだろう。どっからどう見てもカタギじゃなさそうだし。
父の幼なじみとか友達だというなら、名前すら聞いたことがないのは不自然だ。
セドニスの調査でも、父には特別親しい友人は居ないという話だったはず。
「どこで知り合ったって、あいつとは道端で偶然……」
「…………」
「俺が酔っ払って路上で寝てた時、通りがかったあいつが介抱してくれて……」
「…………」
「それからたまに飯食わせてくれたり、金がない時は貸してくれたり、無宿の時は泊めてくれたり……」
「…………」
それ、友達? ただのたかりじゃないの?
私は思い切り冷たい目で男を見てやった。こんな冷ややかな視線は、今まで王様以外の人には向けたことがない。
男もぐっと怯んだ様子を見せたが、急にわざとらしいほど明るい口調になって、
「親父が作る飯はうまかったよな」
へらへら笑いながらそう言った。
「特にあの、炒めた飯を卵でくるんだやつ。焼き加減が絶妙だったよな。舅のじいさんに仕込まれたんだって?」
そのセリフには、少しばかり困惑した。
それは確かにその通りだったし、うちの父は料理人ではない。人前で料理を振る舞う機会なんてなかったはずだ。相手が家族とか、ごく親しい人間でもなければ。
「本当に、父を知ってるんですか」
疑いを残した私の問いかけに、勢いよくうなずく男。
「いい奴だったよな、おまえの親父。今言った通り、俺はあいつには借りがある。だから娘のおまえに危害を加えるなんてことありえない」
いや、既に誘拐してるから。危害を加えてるから。
「勘違いするな。おまえをさらったのは俺じゃない」
命じたのはこの屋敷の主人で、自分は金で雇われているだけだと。
それを「俺じゃない」という感覚が理解できない。命じた人間に雇われているなら、普通に共犯じゃないか。
「まあ、くわしい説明は後でする」
「今、してください」
時間がないんだよと、実際に焦った顔で言って、男が距離をつめてくる。
とっさに身構えると、害意はないと示すように両手を上げて、
「おまえの親父は、もう王都には居ない」
噛んで含めるようにそう言った。
「7年前に、追っ手から逃げるために王国を出て海を渡って、それっきりだ。家族のことはもう忘れると言ってた。今頃は向こうで新しい暮らしをしてるはずだ。……新しい家族とかも、ひょっとしたら見つけたかもな。あいつが王国に帰ってくることは2度とない」
それだけ伝えたかった、と早口で告げる。
「おまえは、あれだ。親父を探すために王都に出てきたんだろ? 探しても無駄だ。居ない奴が見つかるわけがない。無駄なことはやめて、郷里に帰るんだ。娘のおまえがウロウロしてたら、昔の親父を知る連中が嗅ぎつけてくるかも――」
私は黙っていた。言葉が出なかった。
間近で見る、男の瞳。紫がかった闇色の瞳から、目が離せなかった。
知っている。
私はこの目を知っている。
人と、人でなしの境界を越えてしまったような目。
ためらいなく他人の命を奪うことができる者だけが持つ、無慈悲で冷酷なまなざし。
「あなたは……」
7年前、私の弟を誘拐した。
7年前、私の父に殺されたはずの――。