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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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193 誘拐2

 馬車は長い時間、走り続けた。

 ようやく停車した時には、いったいどのくらい経過していたのか。恐怖で時間の感覚が狂っていた私にはさっぱり見当もつかない。

 間もなく、複数の気配と足音が近づいてきた。

 私を拉致した男たちだろうか。数人がかりで木箱ごと馬車から下ろされて、それから――どうも酸欠で意識が朦朧もうろうとしていたようなのだが、おそらくはどこか、建物の中に運び込まれたのだと思う。


 ふいに世界が明るくなったと思ったら、木箱のふたが開いていた。一緒に詰め込まれていた布類も取り除かれている。

 私は狭苦しい木箱の底で、赤ん坊のように手足を丸めて寝ていた。

「…………?」

 ふらふらする頭を起こし、辺りの様子を伺う。


 そこは狭い部屋だった。家具も何もない、殺風景な場所だ。

 石造りの壁。石造りのドア。

 天井近くに明かり取りの窓があるが、人が出入りできる高さでも大きさでもない。早い話が閉じ込められている。

「3回目だっけ……?」

 などと、自虐的につぶやいてみる。


 こういう場所に監禁されること自体は初めてじゃない。

 1度目は警官隊の留置所。2度目はお城で。無実の罪を着せられたり、あらぬ疑いをかけられたりして、一時的に閉じ込められた。


 だが、その時と今とでは決定的な違いがある。

 相手が善人か悪人か。

 警官、もしくはお役人に捕まった場合、疑いさえ晴れれば何の危険もない。

 対して、いきなり人を誘拐するような連中に捕まった場合、相手は犯罪者。危険てんこもりだ。


 あいかわらず希望の見えない状況に半ば放心していると、部屋の外で人の気配がした。

「起きたのか」

 くぐもった男の声が聞こえる。

 石造りの重そうなドアには、よく見ればちょうど目の高さにのぞき窓が開いていた。そこから、誰かがこっちを見ているようだ。


 ガチャガチャと鍵を回す音。

 すぐにドアが開き、室内に入ってくる。目立たない服装に、覆面で顔を隠した怪しさ満載の人物。

 先程の声からして大人の男だと思うが、それにしては小柄で、薄っぺらい体格をしている。

 後ろ手にドアを閉めると、こちらに近づいてくることはなく、ドアの前で動きを止めた。


『…………』


 沈黙が流れる。緊張と恐怖をはらんだ沈黙が。

 私は木箱の中で体を硬くしたまま、目だけで室内を見回した。

 あらためて見るまでもなく、逃げる場所もなければ、武器になりそうなものもない。なので、男に悟られないよう、そっとメイド服のポケットに手をのばし――。


「おい。おかしな真似はするなよ」

 ふいに男が警告の声を上げた。

「まずは両手を上げろ」

と言いつつ、自分の方が降参でもするように両手を上げて見せる。

「え?」

「両手を上げろって言ったんだ。小石か何か投げつけようとしただろ、今」


 どうしてわかったんだろう。確かに、私のエプロンドレスのポケットには小石が入っている。

 バザーの会場で、サンドイッチを盗んだカラス用に拾ったものだ。

 私はまだ木箱の中に座り込んだ状態で、相手には見えないはずなのに。


「おまえさんの行動パターンくらいわかるさ」

 男は軽く肩をすくめた。まるで知り合いであるかのような発言に怪訝けげんな顔をすると、

「その、なんだ。久しぶりだな?」

 まさに知り合いのようにあいさつされた。


「……どちらさまですか」

「昔、会っただろ。覚えてないのか?」

「顔を隠してたらわかりませんよ、そんなの」

 聞こえる声の方には覚えがない。というか、覆面のせいでイマイチ聞き取りにくい。ひとまず顔を見せろと要求すると、男はなぜか及び腰になりつつ、

「石を投げるなよ」

 そう念押ししてから、私の要求通りに覆面を外した。


 現れたのは、ごくごく平凡な男の顔だった。

 本当に、すごく普通。特徴を挙げろと言われたら困ってしまう。

 たとえば目が鋭いとか眉が太いとかホクロがあるとか、そういう印象に残りそうなものが全くない。

 髪の色は薄茶。瞳は黒――ううん、若干紫がかっているかも? 室内が薄暗いせいで判別しにくい。

 年齢はさらに判別しにくい。

 30歳より若くはないと思うが……、「老けている」というより「くたびれている」という感じだ。実年齢はさほど上ではないかもしれない。


「本当に、覚えてないのか?」

 男が言った。その顔は残念そうにも、ホッとしているようにも見えた。

「どちらさまですか」

 私はもう1度、同じ質問を繰り返す。


「そう警戒するなよ」

と男は言った。

 この状況じゃ信じるのは無理な話だろうが、私に危害を加えるつもりはないと。

 ……本当に無理な話だし、説得力皆無だ。


「俺の名はゼオ」

 全然、聞き覚えがない。

 しかし、続けて男が発した名前は、聞き覚えがあるどころの騒ぎじゃなかった。

「おまえさんの親父の、シム・ジェイドの友達ダチだよ」

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