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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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192 誘拐1

 それまでごく普通に暮らしていた者が、突然、何らかの犯罪に巻き込まれた時。

 その恐怖は計り知れない。いわゆる「死の恐怖」に近いものがある。


 平和なチャリティーバザーの会場から、いきなり誘拐されることになってしまった私は、今まさにその恐怖の只中に居た。


 怖い、怖い、怖い。

 呼吸が乱れ、手足が震えて、頭がガンガンする。

 胸が苦しい。一刻も早くこの状況から逃げ出したい。他のことは全部どうだっていい。


 しかしながら、狭苦しい木箱の底に押し込められていては、できることなど限られている。

 ひたすら思考を巡らせること。そうやって恐怖をまぎらわせること。

 私は考えた。いったい誰が、何の目的で、私を誘拐したのか。考えることで、目の前の恐怖から一時的に逃避していた。


 1番可能性が高いのは、父の雇い主だったらしいクンツァイト。

 作業着姿の男たちが言っていた、「自分たちはアベント商会の者だ」という言葉が事実なら。

 アベント商会はクンツァイトの御用商人。ヴィル・アゲートは両者の縁が切れたようなことを言っていたが、それは表の関係だけで、裏ではしっかりつながっていたのかもしれない。

 そもそも人身売買に関与していた疑惑のある組織だ。メイド1人拉致らちするくらいお手の物なのでは。


 誘拐の目的については――。

 たとえば、私が元・密偵の娘で、父のことを調べているのがバレて。

 そこに彼らにとって不都合な真実が隠されていて、面倒なことになる前に消そうとした……?


 いやいやいやいや。だったら誘拐なんてする必要はない。さっさと始末してしまえばいいだけだ。

 わざわざ生かしたままさらったということは、私から何か聞きたいことがあるのだ。だから拷問でもした後に始末するつもりで――。


 って、希望が見えない! こんなこと考えてちゃダメだ。恐怖をまぎらすどころか助長してしまう。


 何か別のことを考えよう。……たとえば、そう。男たちと入れ替わりに部屋から出ていったティファニー嬢のこととか。

 無関係とは思えない。まさか背後で誘拐が行われているのに気づかなかったとは言うまいし。

 クンツァイトとの利害関係はないと口にしつつ、親戚だから力を貸したのだろうか。何だか話をしているうちに少しばかり情が移ってもいたんだけれど、今後は認識を改めねばなるまい。


 もっとも、彼が犯行に関わっていたとして、どこまで計画的だったのかは疑問が残るところだ。

 直前の出来事を思い出してみる。

 クリア姫が倒れて、お医者様の所に運ばれて、そこに叔母上様が駆けつけて。

 取り乱すマーガレット嬢をなだめるために別室へと移動、やがて現れた姉上様にマーガレット嬢は引き取られ、私とティファニー嬢の2人きりになった。

 それは成り行きというか、偶然だ。クリア姫が急に倒れたりしなければ生まれなかった状況である。


 もうひとつ、気になるのは護衛のことだ。

 あの時、部屋の外に居たはずなのだ。叔母上様が連れてきたオーソクレーズ家の護衛が3人。

 犯行は室内で行われた。誘拐犯の手際がよかったせいで、物音もそんなにしなかったかもしれない。

 それでも、作業着姿の男たちがやたら大きな木箱を積んで私の居る部屋にぞろぞろ入っていき、また運び出していくところは見たはずだ。

 不審に思わなかったはずがない。彼らが私のことを怪しんで見張っていたなら尚更、不自然な状況には敏感になるだろう。


 ……つまるところ、彼らも誘拐に関与している?

 いくら宰相閣下が私のことをあまりよく思っていなかったとしても、そんな。

 そんな、ことが、まさか……。


 …………。


 否定できない。むしろありえなくもない、と考えてしまう自分が怖い。

 私の存在が、カイヤ殿下にとって有害なものだと判断したならば、あの人は多分何でもやる。

 仮にも王族、仮にも義理の親族であるルチル姫の命を見捨てようとした人だ。平民生まれのメイド、しかも赤の他人を始末する程度のこと。


 私は死にたくない。ともすれば恐怖に押しつぶされそうになる心を叱咤し、考える。私が助かる道は。この状況でも、ありうる可能性は。

 たとえば、クリア姫が気づいてくれるんじゃないか、とか……気を失って、お医者様に診てもらっているところだし。

 殿下が助けに来てくれるんじゃないか、とか……私の失踪が彼に伝わるまで、いったいどれほど時間がかかるだろう。


 希望を探して抗うほどに、絶望で目の前が暗くなっていく。

 しかも恐怖というものは時間を間延びさせる。これだけ思考を巡らせても、おそらく箱の外では大して時間もたっていないはずだ。


 ゴトゴトと揺れる、車輪の音。どうも私は箱ごと荷馬車に乗せられ、運ばれているようなのだ。

 先程までは遠くで人の声がしていたが、今はそれも聞こえなくなった。多分バザーの会場から出てしまったんだと思う。


 人知れず会場から連れ出され、どことも知れぬ場所に運ばれていく私。

 その先に待つのは、口にするのもはばかられるような過酷な運命。

 さようなら、クリア姫。短い間でしたが、あなたにお仕えできて幸せでした……。


 などと悲劇のヒロインを気取ってみても意味はない。

 これからどうしよう。どうしようもないけど、どうしよう……。

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