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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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191 アベント商会の荷物

 私はそっと廊下の気配を伺った。

 そこにはオーソクレーズ家の護衛が居るはずだ。クリア姫が診察を受けている部屋の前に3人。多少の距離はあるものの、何か異常があれば察してくれるはずである。


 ティファニー嬢が急に父の話題を持ち出した理由はわからないが、この状況で危害を加えられるとは考えにくい。

 そう判断した私は、あらためて彼と向かい合い、

「何かご存知なんでしょうか? 私の父のこと」

 まっすぐに問いを投げかけた。


「詳細にとは言わないけど、多分、あなたが知りたいことはね」

「マジですか!?」

 思わず身を乗り出すと、「落ち着いて」といなされた。

「先にこっちの質問に答えてくれたら、あなたの質問にもいずれ答えてあげる」

 嘘、本当に? そんな都合のいい話が――。


「その代わりに何か協力しろとか、そういうお話でしょうか?」

 ティファニー嬢は即座に否定した。

「違うわよ。誤解のないように言っとくと、今のアタシにはクンツァイトとの利害関係はないからね。母親は当主の従妹だけど、そんな親しい間柄ってわけでもないし」

 この話題を持ち出したのは、単に個人的な好奇心を満たすためだとティファニー嬢は言った。貴族の密偵だった父親を持つ私に、できれば聞いてみたいことがあったのだと。


「復讐を考えたことはある?」

 私の頭に、「?」と疑問符が浮かんだ。

「密偵や暗殺者を使い捨てにする貴族に、怒りや憎しみを感じる? できるなら復讐してやりたいと思わない?」

「???」

 さらに疑問符が増えた。質問の意味が全く理解できない。

 私の反応を見たティファニー嬢は、

「なんでこんなこと聞かれるのかわからない、って顔してるけど。ひとまず答えを考えてみてくれないかしら」

「はあ……」

 そんな、復讐を考えたことはあるか、なんて聞かれても。

「今はまだ、色々と調べている途中なので……」

 全容が判明しないうちに、誰かを恨むとか憎むとかはない。


 ただ、仮に父の雇い主が極悪非道で、そこに相手を憎むべき事情があったとしてもだ。

 自分が復讐なんてするところは正直、想像できなかった。


 仇討あだうち物語は嫌いじゃない。

 勧善懲悪かんぜんちょうあく因果応報いんがおうほう。悪に鉄槌が下ってすっきりする。

 でも、それはあくまで物語の世界だからだ。


 リアルで復讐なんてしようと思ったら、いったいどれほどの時間と労力がかかるだろう。私は一庶民。金も力もない。

 あるのはこの身ひとつだ。それこそ、まともな暮らしを全てあきらめるくらいの覚悟がなければ、復讐なんて成し遂げられやしないだろう。


 父の復讐のために、まともな暮らしを捨て去る覚悟があるか?

 ない、と即答する自信があった。

 親不孝な娘だと思われてしまうかな。でも、母や祖父母はもちろん、父だってそんなことは望んでいないと思う。


「……そう。そんなものかもね」

 ティファニー嬢は少し気が抜けたような声でつぶやいた。

「普通はそうよね。みんな自分の生活があるんだもの」

 そういうものに追われていない貴族だから、こんなどうでもいいことをつらつら考えるのかもしれないと。

 ティファニー嬢は言った。ふっと、ため息でもつくように。


「……ティファニー様は誰かに復讐したいんですか?」

 って、何を聞いてるんだ、私。普通、人に聞くことじゃないだろうに。

「それが自分でもよくわからないのよねえ」

と首をひねるティファニー嬢。

「アタシの親友がね。7年前に亡くなってるのよ。彼は事故死した王子の護衛の1人だったの。殉死命令が撤回された後に、とらなくていい責任をとって、自害した」

 何だか随分と重たい話が飛び出してきた。しかしティファニー嬢は世間話でもしているような口調のまま、

「恨むとしたらラズワルド卿かしら? でもねえ。アタシにそんな資格ある? 我がギベオン家は、ずっとラズワルドに味方して甘い汁を吸ってきた家よ。アタシだって、この年になるまで清廉潔白に生きてきたわけじゃない。色々と汚いこともしたわ。それこそ、誰かに復讐されても文句を言えないくらいね」


 ティファニー嬢の視線が、ちらりと扉の方に向けられる。その視線の意味はわからなかった。彼がこう口にするまでは。


「たとえば、可愛いマーガレットにも――」

「え?」

「罵られても仕方ないような、ひどいことをしたわ」

 そう言って、席を立つ。

 ほとんど同時に、扉が開いた。

 ぞろぞろと現れたのは、作業着姿の男たち。やたら大きな木箱を積んだ台車を押して、室内に入ってくる。

「すみません、アベント商会のものですが」

 男たちは戸惑い顔で私とティファニー嬢を見比べて、「ここにある荷物を運べと言われてきたんですが……」

「ああ、悪かったわね、長居しちゃって。もう話はすんだから」

 男たちに声をかけつつ、扉の外に出ていくティファニー嬢。


 話はすんだって、まだ全然すんでない。私の質問にも答えてくれるって言ったのに。

 そう思ったけれど、ここに居たら作業の邪魔になるみたいだし、ひとまず彼の後について廊下に出ようとすると。

「おいおい、待ってくれよ」

 作業着姿のおじさんが立ちふさがった。「どこへ行く気だ? 荷物はおとなしくしててくれ」

「へ?」

と硬直する私を、背後から別の男が持ち上げる。

「ひょええええっ!?」

 そして有無を言わさず、木箱に放り込まれた。

 幸い、箱の中には柔らかい布が敷かれていたので、痛みもなかったが。

 ――どさどさ、ばさ。

 と、頭上から落ちてくる、大量の何か――柔らかい布のようなものに視界をふさがれ、ぎゅうぎゅうと押し込まれて。

 身動きどころか、息をするのも困難な状況下で、私はパニックに陥った。


 ジタバタと手足を動かそうにも、そんな隙間はなく。

 あれよあれよという間に木箱のふたが閉ざされ、台車ごとどこかに運ばれていく。


 ――何、何、何。何なの!?


 頭の中で必死に叫んでも、その声は誰にも届かない。


 ――いったい何事!?


 その疑問に、答えてくれる人は居ない。

 ただひたすら恐怖し、混乱する私の頭に、突如「誘拐ゆうかい」の二文字が浮かんだ。

 そうだ。

 これは誘拐だ。何が何だかさっぱりわからないが、私は見知らぬ男たちに連れ去られようとしている。

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