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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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189 古びたオルゴール

 アゲート一家が去った後、私とクリア姫はバザーを見て回ることになった。

「クリアちゃんはここに来るの初めてでしょう? せっかくだから、お買い物もしてきなさいな」

と、叔母上様が仰ったからだ。「お店番は私に任せて、楽しんできてね」


 そんなわけで、私たちは2人でお買い物に出かけた。

 いや、正確には2人ではない。叔母上様がバザーに連れてきたオーソクレーズ家の護衛が3人、私たちの後からついてきた。

 全員が男性で、長身で肩幅が広い。年齢は30代くらいで、寡黙そうな雰囲気の人たち。


 実は彼らは、はじめからずっと私たちのそばに居た。

 お城からこの会場に移動する時も、お店をやっている時も。常に目立たないように付き従い、周囲を警戒していた。

 今も、連れだって歩く私とクリア姫の邪魔をしないよう、絶妙な距離を置いてついてくる。

 クロムのように態度が悪いとか、ジェーンのように護衛対象を引きずり回すこともない。それどころか、話しかけてくることすらない。

 これぞプロフェッショナル、本来あるべき護衛の姿なのだろう。


 ただ。

 私はうっすらと居心地の悪いものを感じていた。

 彼らの視線が。けして露骨ではないが、私のことを見張っているかのような。

 叔母上様やクリア姫に向けるものとは明らかに質が違う。こちらを見つめるまなざしの奥に、たまにぴりりとしたものがよぎるのである。


「エル」

「は、はい?」

 急に名前を呼ばれて飛び上がる。

 クリア姫は私の反応に驚いたようで、「どうかしたのか? ぼんやりして。慣れない場所で疲れたのだろうか?」

「い、いえ。だいじょうぶです」

 クリア姫にご心配をおかけしてどうする。

 彼らのことは気にすまい。護衛は護衛だ。こっちが妙なことでもしない限りは、危害を加えてくることもないはずだし。


「まずは何を買います?」

「…………」

 クリア姫はなぜか恥ずかしそうにもじもじした。「その、食べる物を――」

 叔母上様のサンドイッチをお昼に食べたけど、デザートはまだなので、甘い物が食べたいと言う。

「実は『買い食い』というものにずっと憧れていたのだ。外で買った物を、その場で食べながら歩く。すごく楽しそうで、1度でいいからしてみたかった」

 下を向いて、小さな声で告げるクリア姫。私は胸がきゅんとした。護衛のことなど、心からどうでもよくなった。

「わかりました。1番おいしそうなお菓子を探しましょう」

 張り切って売り物を見て回る。


 色々な種類のお菓子が売っていた。焼き菓子、飴菓子、揚げた菓子、冷たいアイスクリームもある。

 ……しかし。

 何というか、普通のお店と比べてかなり割高だ。チョコスプレーをトッピングした手作りドーナツが、ランチ一食分くらいの値段だったりする。

 クリア姫がこれを一般的な相場と勘違いしなければいいが。


「あ……」

 クリア姫が足を止めた。食べ物屋さんではなく、可愛らしい雑貨ばかりを売っているお店の前だった。

「あのオルゴール……」

 つぶやく彼女の視線の先を追ってみる。きれいに陳列された雑貨類の中に、古びた茶色の小箱が並んでいた。

 ネジ巻き式のオルゴールで、杖を掲げた魔女の絵が描かれている。魔女のそばには、黒猫と白猫が1匹ずつ。魔女が奏でる魔法の子守歌に、気持ちよさそうに目を閉じている。

「…………」

 クリア姫は声もなくオルゴールに目を奪われている。聞かなくたってわかる。一目で気に入ったのだと。


「お包みしましょうか」

 店番のメイドがほほえみかけてきた。

「そうですね。買って帰ります?」

 しかしクリア姫は、ものすごく残念そうな顔をしつつも「贅沢ぜいたくだ」と首を横に振った。


 確かに、値段は高い。具体的には、庶民の半月分の生活費に相当する額だ。古びたオルゴール1個に、贅沢といえばかなりの贅沢である。

 常識と良識に照らせば、クリア姫の判断は正しい。

 でも、クリア姫は日頃、王族としては随分と慎ましやかな暮らしをしておられる。これみよがしに全身アクセサリーで飾っていた、義姉のルチル姫とは違うのだ。

 年に1度のお祭に、ほしいものを1つ買うくらいの贅沢ならば――。


「いや、だめだ。あきらめよう」

 クリア姫は頑として譲らない。すっごくほしいのはその目を見ればわかるのに。

「たまにはいいじゃありませんか」

と諭しても、

「私のお小遣いでは足りないのだ。仕方ない」

 ならば、叔母上様に買っていただくというのはどうだろう。クリア姫がお願いすれば、きっと喜んで買ってくれるはずだ。

「一目で気に入ったんでしょう? 物にも運命があるって、昔、私の祖母が言ってましたよ。自分にとって本当に必要な物とは、出会うべくして出会うんだって」

「だが、しかし――」


 私の説得と、クリア姫の葛藤を吹き飛ばし、

「ようやく会えましたわ!」

と声がした。

 底抜けに明るく、かしましい声。振り向く前から、マーガレット・ギベオン嬢だとわかった。

 フリルが三段になった真っ白なドレスに、同じく真っ白なつばの広い帽子。

 夏らしい活動的な衣装に身を包んだマーガレット嬢は、一目散にクリア姫のもとに駆け寄ってくると、


「ああ、よかった! もうお目にかかれないかと思ってしまいましたわ! 私、今日という日をそれは楽しみにしておりましたのに、毎日、指折り数えて待っておりましたのに、何てことでしょう! 今朝になって、バザーにご一緒するはずだったアベリア伯母様が、急にご実家に帰ってしまわれたのですわ! 伯父様とはもう離縁すると仰って――」


 怒濤どとうの勢いで続く話を遮ったのは、同行していたティファニー嬢だった。

「ほら、そんな大声で、ギベオン家の恥を世間に広めるんじゃないの」

 レイテッドの別邸で会った時にも着ていたような、体型のわかりにくいゆったりしたローブ。肩より長い髪を、今日は首の後ろでひとつに結わえている。

 あいかわらず中性的な空気をその身にまとった彼は、マーガレット嬢の後ろ頭をぽんぽんとなだめるように叩き、

「少し落ち着きなさいな。クリスタリア姫もお困りになってるでしょうよ」

 そのセリフで、唖然としていたクリア姫が我に返った。

「マーガレット殿、お会いできてよかった。お姿が見えないので心配していたのだ」

「ごめんなさい。でも、クリスタリア姫様に心配していただけたなんて感激ですわ!」

 さらに距離をつめ、しっかとクリア姫の両手を握るマーガレット嬢。その熱い視線から目をそらし、

「大変だったのだな。その、伯母上様のこと……」

 クリア姫は言いにくそうに口ごもった。

 マーガレット嬢の伯母上様って、ギベオン近衛隊長の奥方、つまりはティファニー嬢のお母様のことだろうか。

 急に実家に帰ったとか、離縁するとか聞こえた気がするけども。そんな大変な時に、バザーに来ちゃってだいじょうぶなの?


 答えたのはティファニー嬢だった。

「ああ、お気になさらず。しょっちゅう家出するのよ、うちの母親。クソ親父への当てつけってやつ」

 マーガレット嬢が憤慨した。

「そんな言い方はひどいですわ、お兄様。伯父様はクソ親父ではありません。ただ少しだけ会話が足りなくて、配慮も足りなくて、家庭のことに無関心なだけですわ!」

「それをクソ親父って世間では呼ぶのよ。あんたは知らないだろうけどね」


 ギベオン隊長って、自分には娘が居ないから、3人の姪をそれは可愛がってるって話だったよね。その姪にこんな風に言われちゃう人なんだ……。


「伯母様のことは心配ですけれど、それとこれとは話が別ですわ。このバザーにクリスタリア姫様をお誘いしたのはわたくしですもの! すっぽかすなんてこと、絶対にできませんわ!」


 華奢きゃしゃなこぶしを握りしめて、力説するマーガレット嬢。そして再びクリア姫のお手をとり、

「参りましょう! いざ、チャリティーバザーへ!」

 目的地も決めずに、引っ張っていこうとする。

「ま、待ってほしいのだ」

 クリア姫が慌てた。

「あら、もしかしてお買い物中でしたの?」

 買うかどうかを迷っていたところだと、クリア姫が説明するより早く、マーガレット嬢は例のオルゴールに目を留めた。

「まあ、可愛らしい……」

 うっとりとつぶやいて、鳴らしてみてもいいかしらと店番のメイドに声をかける。

「ええ、もちろんですよ」

 メイドにオルゴールを手渡され、マーガレット嬢は早速ネジを巻いた。

 流れ出すメロディ。

 清らかで優しく、でもどこか切なくて、哀切のこもった……。


 ティファニー嬢が「おや」という顔をした。「この曲、もしかして『王女の呪い』じゃない?」

「の、呪い?」

 ぎょっとする私とマーガレット嬢に、

「ああ、驚かせてごめんなさい。曲名はあれだけど、別に不吉な曲じゃないのよ」

 ティファニー嬢はオルゴールを従妹の手から受け取り、しげしげと眺めつつ、

「『2人の魔女のおはなし』は知ってるでしょ。知らない人は王国に居ないわよね、有名な話だもの」


 あの有名な物語にちなんで、後世の作曲家が作った歌曲集があるらしい。

「王女の呪い」はその中の一曲で、水晶の塔に閉じ込められてしまった哀れな王女の、けして報われることのない王子への愛をイメージしているんだとか。


「あんまり人気のない曲なのよ。だから、こんな可愛らしいオルゴールになってるのが意外でね」

 なぜ人気がないかといえば、ズバリ曲名のせいだとティファニー嬢は言った。

 曲が発表された当時も「呪い」という題が不吉だと嫌われ、時の王妃様が改名を迫ったとか、いっそ歌曲集から削除しろと命じたとかいう逸話があるんだって。


「こんな美しい曲なのに……」

 マーガレット嬢は納得できないという顔をしている。

「魔女は王家の祖だからね。王家としては、色々神経質にもなるんでしょうよ」

 そう言って、オルゴールを売り場に戻すティファニー嬢。

「姫様、今の話、ご存知でしたか?」

 クリア姫は魔女マニアだ。魔女に関わるエピソードなら、きっと知っているはず――。


 返事はなかった。そこで初めて、私はお仕えする姫君の様子がおかしいことに気づいた。

 小さな体が、小刻みに震えている。凍りついたような瞳を、オルゴールに向けたまま。その顔は蒼白だ。今にも倒れそうなほど――じゃない。実際に今、その膝が崩れ落ちた。

「姫様!?」

 とっさに抱きとめた体は、既にぐったりと意識を失っていて。

 マーガレット嬢が悲鳴を上げた。周囲の人々が何事かと振り返り、ティファニー嬢が「誰か、お医者様を!」と声を張り上げる。

 異常を察した護衛たちが駆け寄ってくる。その間、私は小さな体を守るようにしっかりと抱きしめていた。

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