18 後始末1
最初にアゲートが口にしたのは、私のことだった。つまり、「このお嬢さんが殿下の情婦というのは本当ですか?」と確認したのだ。
「違う」
あっさり否定するカイヤ殿下。その嘘をついたカルサは、そわそわと落ち着きなく視線をさまよわせている。
「ほほう。つまり偽りを口にしたと……」
にんまりと口元を歪めるアゲート。だまされたというのに怒るでもなく、むしろ嬉しそうなのはどうしてだろう。
そう思っていたら、
「情婦ではないが、知り合いではある」
と、カイヤ殿下が続けた。「命を救ってくれたことには感謝する。これは借りだ、いずれ何らかの形で返す――と、そう言えばいいか?」
……なるほど。アゲートにとっては、王族に貸しを作った、って話になるのか。やけに嬉しそうなのも道理だ。
「確かにそれなら、非常にありがたいことではありますがね」
アゲートは笑みを消し、立派な口ひげを指でいじくった。
「もとは店の客が起こした事件だ。仮に、私の部下が先走って、そのお嬢さんに傷ひとつでもついていた場合――殿下の覚えがめでたくなったとは思えませんな」
殿下と私の顔を見比べて、
「情婦ではなく、ただの知り合いでも。無情に見捨てたと聞けば、いい顔はしない。殿下はそういうお人柄でしょう? その点では、そこの坊やの嘘に感謝してもいいくらいですよ」
アゲートの言葉に、顔を見合わせるカメオとカルサ。
「……警官隊に貸しを作った、とは思わんのかね」
疑わしそうに尋ねるカメオに、アゲートは意味ありげに笑って見せた。
「そう思うのなら、この件はひとつ、表沙汰にしない形でお願いしますよ。往来で刃傷沙汰など、店の評判に傷がつくのでね」
「これだけ目撃者が居たら、嫌でも噂になると思うけど」
ぼそりとつぶやくカルサを、「余計なことを言うな」とカメオがひっぱたく。
アゲートはニヤニヤしている。
なんか不気味っていうか、ちょっと怖い人だな。
「顔色が悪いな。だいじょうぶか」
ありがたいことに、カイヤ殿下が私を気遣ってくれた。「どこかで少し休むか?」
「よろしければ私の店で」
アゲートが申し出る。
こちらは正直、ありがた迷惑だった。これ以上、関わり合いになりたくない。さっさと退散したい。
そこに、カメオが助け舟を――。
「悪いが、その前に詰め所に寄ってもらいたい」
助け舟、ではなかった。
「話を聞かせてもらいたい。事件の調書を作らにゃならんのでね」
ってことは、何? ようやくシャバに出られたと思ったら、数時間もたたずに逆戻り?
私はがっくりとうなだれた。
「俺も行こう」
とカイヤ殿下が言い出した。「くわしい事情が知りたい」
殿下にしてみれば、わけもわからず呼び出されたのだ。それも当然か。
「では、共に参りましょう。親愛なる第二王子殿下」
アゲートが笑う。一見フレンドリーに。しかしその目は、獲物を狙う蛇みたいにギラリと輝いていた。