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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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188 お父さんは守銭奴

 ……失敗した。

 何だかうやむやのうちに、カルサと約束したことになってしまった。

 単に「一緒にお祭に行く」というだけの意味ならいい。でも、万にひとつ、もっと深い意味があったら?

 いわゆる告白のつもりでお祭に誘ったのだとしたら、さっきの返事はとてもまずい気がする。


 約束なんてしたつもりはないとか、カルサが人の話を聞かないのが悪いんだとか。

 言い逃れることはできるかもしれないが、それではあまりに誠意というものに欠ける。

 確かめる機会はあったのだ。そうしなかったのは、他ならぬ自分の落ち度。たとえ仮定の話でも、「行ける」と口にしたのも自分。こうなったら、女として、年上として、潔く責任をとるしかない、かもしれない。


「おかえりなさい。ゆっくりお話できたかしら?」

 1人でお店に戻ると、叔母上様がわくわくを隠せない顔で話しかけてきた。

「どういったご用件だったの? もしかして、デートのお誘いかしら?」

「そういう話では……」

 ない、かどうかは、現時点ではわからない。

 口ごもっていると、叔母上様は私が恥じらっているとでも思ったらしく、

「どこで知り合ったの? 親しくなったきっかけは?」

 さらに遠慮なく追及された。

 きっかけも何も、何度か顔を合わせただけで親しくなったと呼べるほどの交流はないし、出会った場所に到っては警官隊の留置所だ。ロマンの欠片もない。


「あなた、年下が好みなの? やっぱり弟みたいで可愛いから?」

 弟が可愛いというのは、弟が居ない人の偏見だ。

 カルサを可愛いと思ったこともない。くどいようだが、まだろくに知らないのだ。たとえば、あの年で警官隊に居る理由とか、家族についてとか。尋ねたことは1度もない。


 次に会ったら、もう少しゆっくり話をしてみようかな、と私は思った。

 まずは相手のことを知る。それが人間関係の第一歩だ。


「ねえ、黙ってないで教えてちょうだいな――」

 まだまだ続きそうな叔母上様の質問責めを、クリア姫が遮ってくれた。

「叔母様、お話はそのくらいで。もう昼休みも終わりです。店を開けましょう」

 そのきっぱりとした物言いは、幼いながらも頼もしかった。

 自分のメイドが困っていれば、ちゃんと助けてくれようとする。私のご主人様は、ただ可愛いだけではない。しっかり者で頼れるのだ。

「そうですね、そうしましょう」

 私もホッとして、お店を開ける準備を始めた。


 まずは、在庫の確認。

 私とクリア姫が作った焼き菓子は、午前中のうちに売り切れた。ベリーのジュースも、残りはあと数人分くらいだ。

 叔母上様が作ってきた刺繍やレース編みもけっこう売れた。あとはご自宅から持ってこられたという骨董品のたぐいが少し――。


「2人とも、働き者ねえ。そんなにがんばらなくてもいいのよ? もう十分お客様は来てくださったし、私も楽しかったし」

 めぼしい貴族は午前中のうちにあいさつに来た。2時からは、礼拝堂でオークションが始まる。客の多くはそちらに流れるので、さほど混雑することもないだろう、と叔母上様は言った。

「だから、もう少しゆっくりお茶でも飲んでいましょう」

「叔母様は競売に参加しないのですか?」

 クリア姫が尋ねると、

「今回はやめておくわ。とっても楽しい催しなのだけど、ついつい熱が入ってしまうのですもの」

 叔母上様は疲れたような苦笑いを浮かべた。

「特に、仲の悪い家同士で品物をり合ったりするとね、大変よ。お互いに譲れなくて。先代のラズワルドとレイテッドの奥方が争った時なんて、こんな小さな指輪に、お屋敷3軒分くらいの値がついたりして。今でも語りぐさになっているくらいよ」

 ひええ、それはすごい。名家の奥様同士の意地の張り合いか。


「すみませーん」

 その時、店先から声がした。若く溌剌はつらつとした少女の声だった。「お店、まだやってますかあ?」

「はいっ! すみません」

 貴族のご令嬢をお待たせしてはいけない。慌てて飛んでいくと、そこに居たのは、貴族とは明らかに様子の違う少女だった。

 日に焼けた小麦色の肌。シンプルなオレンジ色のワンピース。燃えるような赤毛に麦わら帽子を乗せている。年頃は13、4歳くらい。

 母親だろうか、同じく燃えるような赤毛の中年女性が一緒だった。


「ジュース2つくださーい。ここのがすごくおいしいって聞いたから」

 注文と共に、少女が小銭入れを取り出す。自分で会計をすませようとするところも、他のご令嬢たちとは違う。彼女らは基本、お金のことは使用人任せにしていた。

「はい、ありがとうございます」

 代金を受け取り、ベリーのジュースをカップについで差し出す。

「わー、きれーい」

 少女は受け取って目を輝かせ、一口飲んで「おいしい!」と歓声を上げた。

「ね、おいしいね、お母さん!」

「本当だね。カラカラの喉に染みるよ」

 母親も満足そうだ。

「ありがとうございます」

と私はまた言った。

 貴族の社交辞令的なほめ言葉とは違う、素朴な「おいしい」の一言が嬉しかった。


 少女はあっという間にジュースを飲み干し、

「これ、お父さんにも飲ませたい!」

とにっこりした。

「どこ行っちゃったんだろ? 今日は1日付き合う約束なのに、油断するとすぐ居なくなるんだから」

「そうだねえ。あの人のことだから、また掘り出し物でも見つけて安く買い叩いてるんじゃないのかね」

 売り上げは全て貧しい人に寄付されるチャリティーバザーで、品物を買い叩くのはどうかと思う。

 しかし少女はにっこり笑顔のまま、

「さっきも相手が泣くまで値切ってたもんね。お父さんは守銭奴しゅせんどだから」

 ……? 何やら雲行きが怪しい。


「ああ、居た居た。ヴィル、こっちよ!」

 店の外を見て、ひらひらと手を振る母親。

 ほどなくやってきた父親の姿を見て、私は膝が砕けそうになった。


「やあ、お久しぶりですな、クリスタリア姫。それに白い髪のお嬢さん」

 真夏にきっちりとスーツを――ラメ入り紫の悪趣味なスーツを着こなし、銀の総髪も、見事な口ひげも手入れが行き届いている。

 眼光鋭い、50がらみのおっさん。できればもう見たくなかった顔。

 アゲート商会会長、王都に名だたる悪徳高利貸しのヴィル・アゲートであった。


「どうして……」

 ここに居るんですかという私の質問を遮り、少女が「お父さん!」と呼ぶ。母親の方も、「何か買い付けたの? ヴィル」と親しげに声をかける。

 この人たち、アゲートの家族だったのか……。なぜかショックだ……。


 当のアゲートは、夫人の言葉に満足げにうなずいて、

「ああ、良い品を手に入れたよ。さすがは外務卿夫人のバザー、掘り出し物がごろごろしている」

「ふうん。また無茶なことをしなかっただろうね? もう若くはないんだからさ。金のことで恨みを買うのもほどほどにしてよ?」

 若くないんだからって、年は関係ないのでは。

 あと、奥様。私はアゲートが買った恨みの巻き添えで、往来で刃物を向けられたことがあるんでございますよ。


「アゲート殿、このバザーに来ておられたのか」

 クリア姫が口をひらいた。その表情は硬い。思いがけず現れた悪徳高利貸しに対し、少なからぬ警戒心をいだいているようだ。

 私も、疑問だった。今日は貴族限定のバザーのはず。なぜ、貴族でもないアゲートがここに?


「友人に招かれましてね。珍しい品物が見られると」


 アゲートは紳士的にほほえんで、こちらの疑問に答えた。

 平民の商人としては参加できなくても、貴族の「友人」という名目なら出入りは可能。

 オークションへの参加についても同じで、買い物をするのは貴族、金を出すのは商人、というケースもあるんだそうだ。


「ここ最近、王都では資金繰りに困って資産を手放す貴族が多い。今回のオークションにも期待が持てるというものです」


 そんな、チャリティーバザーにアゲートが期待するような物なんて。

 ……あるかもしれないのか。さっき叔母上様が話していたように、名家が意地の張り合いで高値を付けることだってあるのだ。それに期待して出品する貴族も居るかもしれない。


「とはいえ、本来なら嘆かわしいことだ。伝統ある王国貴族が、先祖から受け継いだものを金に変えるなど」


 いや、何を他人事みたいに言ってるんですか。私が巻き込まれた事件のことを忘れたとでも? あの時、金に困った貴族に先祖伝来の家宝を手放させたのは、他でもない、あなたですよね?


「一介の商人に過ぎない我が身としては、せめてその資産を有効活用したいものです。王国の貴重な財産が、間違っても敵国に流れることがないように、微力ながら努めてゆきたい」


 王国の資産が敵国にって、例のサギ事件のことを言っているのかな。

 お金に困った貴族に違法な密売を持ちかけ、資金を持ち逃げしたのは敵国のスパイかもしれないんだよね。


「それはそうとして、お嬢さん」

 急に、アゲートの視線がこっちを向いた。

「先日は、暑い中、当店までご足労いただいたようだね。金庫番のジャックがよろしくと言っていたよ」

 私はぎょっと目を見開いてアゲートを見返した。


 アゲートはにやにやしている。紳士的でも何でもない、獲物を見つけた蛇さながらの笑顔で、

「何か困っていることがあるなら、いつでも相談に来てくれたまえよ。可能な限り力を貸そう」

 私は言いしれぬプレッシャーを感じた。

 相談って何だ。アゲートは何が言いたい?

「あいにく、お金の相談は特にありませんので……」

 そう答えると、アゲートは「いやいや、金の相談ではない」と否定した。


「実は、新しい事業を始める計画があってね。知っているかな、最高司祭のクンツァイトのことを」

 ぎく、ぎくっ。

「あの家は長年に渡って、王都で慈善事業を行ってきた。その手助けをしてきたのが、アベント商会という、私の古い商売仲間なのだが。今年になって、その事業から手を引くことになってね」

 多分、クンツァイトが色々やらかしてヤバそうだから、縁を切ることにしたんだろうな。


「その事業を、我がアゲート商会が引き継ぐことになったのだよ」

 王都一あくどい金貸しと有名なアゲートが、慈善事業を引き継ぐ?

「しかしどういうわけか、なかなか周囲の信用が得られず、寄付金も集まらない」

「お父さんは守銭奴だから」

と、少女がまた言った。

 うん、そうだよね。何か裏があるんじゃないかって、信用できないのが普通だと思う。


「信用というのは、商売にとって最も大切なものだ」

 アゲートはそこでちらっと私に目配せを送り、

「たとえば、救国の英雄殿のような人物が私の事業に理解を示してくれたなら、状況も変わるだろうが……」

 そのまま意味ありげに黙り込む。

「…………」

 何だろう、この会話の流れは。まるで殿下に口利きしろと要求されているかのような。


 仮に、ジャック・レイテッドが先日の会話をアゲートに全て伝えていたとして。

 私の父が、クンツァイトの密偵だったかもしれないことをアゲートが知ったとして。

 それだけでは、脅しの材料にも、取引の材料にもならないはずだ。元より殿下も承知のことなのだし。


 まさか、アゲートは何かを知っている?

 私が知らない、魔女の憩い亭もまだ調べていないような情報を持っているとでも?


「エル、アゲート殿はおいそがしいのだ。あまりお引き止めしてはいけない」

 クリア姫が会話に割って入った。

「アゲート殿。兄への用件ならば直接お伝えしてほしい。私には難しいことはわかりかねるゆえ」

 ひたりと金貸しの顔に視線をすえる。そのまなざしと毅然とした表情が兄殿下にそっくりで、私は少し驚いてしまった。

「おお、これは失礼しましたな」

 アゲートはさっと身を引いた。

「そのようなつもりではなかったのだが、姫君に誤解を与えてしまったようだ。私はこれにて退散するとしましょう。間もなく競売も始まりますしね」


「取引失敗?」

 少女が首をかしげる。

「ああいうのが後で効いてくることもあるんだよ。失敗は成功のもとってね」

 母親が教え聞かせている。アゲート家の教育方針はいったいどうなっているのか、私は純粋に興味を引かれた。


「エル」

 金貸し一家の背中を見送りながら、クリア姫が私の名を呼ぶ。

「くわしい話は、後で聞かせてくれるだろうか?」

「あ、はい! もちろんです!」

 アゲート商会に行った話は、クリア姫にしていなかったからね。ちゃんと説明しなければ。

「全部お話しします。もう隠し事はしません」

 ありがとう、と小さく笑うクリア姫。その短いやり取りが、以前よりも深まった信頼の証のようで、私は嬉しかった。

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