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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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186 カラスの縁結び?

 その日のランチは、叔母上様が用意してくださった。

 ローストビーフやチキン、新鮮なお野菜がたっぷり入ったサンドイッチで、使用人が作ったものではなく、叔母上様のお手製だった。

「せっかくいいお天気だから、お外で食べましょうか。ピクニックみたいで楽しいわよ」

というわけで木陰にテーブルと椅子を出し、一旦お店を閉めて、一休み。

「さあ、食べて食べて。2人とも疲れたでしょう。ゆっくりしてちょうだいな」

 叔母上様は意外に体力があるらしく、疲れた顔も見せず。クリア姫はもちろんメイドの私にも、冷えたお茶を注いでくださった。


 申し訳ないとは思いつつ、確かに少しばかりくたびれていた。

 私も、クリア姫も。体力より気力の方が削られていた。


 貴族のあいさつっていうのは、どうも序列があるみたいなんだよね。

 最初は外務卿夫人やレイシャ・レイテッドのような、身分の高い奥様たち。それが終わると、今度は年若い令嬢たちがやってきた。


 彼女たちは叔母上様にあいさつしつつも、クリア姫とも話をしたがった。

 こんな機会でもなければ顔を合わせることがない姫君と、お友達になりたいから、というのであればよかったんだけど。

 本当の目的は違ったらしい。


「あの子たち、ハウルのお妃候補なのよ」


 将を射んと欲すればまず馬を射よ。兄殿下を射止めたければ、その妹姫と親密になるべし、ということなのか。

 訪れた令嬢たちの中には、あいさつ程度で帰っていく人も居れば、「今度、お屋敷に遊びに行ってもよろしいでしょうか」なんて、ぐいぐい攻めてくる人も居た。

 未来の王妃となるため、わずかなチャンスも逃すまいという姿勢には感服するが、やんわりとお断りするのも一苦労。クリア姫もだいぶ気疲れしたようだった。


 貴族のバザーって、こういうものなんだな。

 準備も含めて、参加するのは楽しい。でも、色々と面倒くさいことも多いみたいだ。


「どうしたの? 遠慮しないで、食べてちょうだいな」

 叔母上様に勧められ、恐縮しながら手をのばす。スモークチキンとチーズ、キュウリとレタスの入ったサンドイッチだった。

「いただきます……」

 一口食べて、すぐに「おいしいです」の一言が出た。

 鶏肉は香ばしく、チーズと相性ぴったりで、つけ合わせのお野菜もぱりっとしている。

「そう。よかったら、こっちも食べてみてね」

 ローストビーフとスライスした玉ネギのサンドイッチには、旬のフルーツを使ったという特製ソースがかかっていた。ほのかに甘酸っぱくて、食欲をそそる。これならいくつでも食べられそうだ。

「甘いのも作ってきたのよ。嫌いじゃなければ」

 ピーナツクリームとスライスアーモンドのサンドイッチは、身も心もとろけてしまうほど甘かった。


「ふふ。あなたって、おいしいものが大好きなのね。そんな幸せそうな顔をされたら、嬉しくなってしまうわ」

 そう言われて、すっかりサンドイッチに夢中になっていたことに気づく。

「す、すみませ……」

 小さな子供でもないのに、恥ずかしい。

「あら、いいのよ。もっとたくさん食べてちょうだいな。喜んでくれたら、作った甲斐があるわ。私、昔から料理が趣味なのよ。自分の作ったものを食べて、喜んでくれる誰かの顔を見るのが大好きだったの」

 なるほど、それでこんなに料理がお上手に――。

「いいえ、上達したのは結婚してからね。愛する旦那様に、毎日おいしいものを食べてもらいたかったから」

「……な、なるほど……」

 隙あらば、ノロケを聞かされるな。

 まるで新婚夫婦のような熱々ぶり。失礼を承知でいえば、ちょっとだけ不思議だった。

 王家の末姫と、五大家のひとつであるオーソクレーズ家の当主。身分的にはまあ釣り合っているのかもしれないけど、宰相閣下ってあんまり……、女性にモテそうなタイプじゃないよね?

 2人のなれそめとか、正直かなり気になる。

 でも、そんな質問をしたが最後、日が暮れるまでノロケ話を聞かされるだろうからやめておこう。


「ところで、うちのカイヤもお料理は得意なのだけど、どう?」

 どう? って何が。

 困惑する私に、叔母上様はもう一押し、「お料理上手の伴侶が居たらいいと思わない?」

 だから、その質問はどういう意味――。


 その時、クリア姫が「あっ」と声を上げた。

 とっさに振り向いた私と叔母上様が見たものは、

「カラス……?」

 サンドイッチをくちばしにくわえ、たった今、庭木の枝に下り立ったばかりの真っ黒な鳥が1羽。

「……盗られてしまったのだ」

 空っぽの自分の手を見つめて、つぶやくクリア姫。よほどびっくりしたのか、もともと大きな瞳がまん丸に見開かれている。

 一方のカラスは、サンドイッチを木の上でつつきながらクリア姫を見下ろし、「アホー」と馬鹿にしたように鳴いた。


「叩き落としましょう」

 私はすっくと立ち上がり、地面の上から適当な大きさの小石を見つくろった。

 誰であろうと、クリア姫を侮辱する者は許さん。おしおきだ。


「エル、落ち着くのだ」

「乱暴はいけないわ。相手は鳥さんよ」

「だいじょうぶです。命中はさせませんから」

 動物虐待はしない。ちょっとおどかすだけ。「子供の頃、水切りで鍛えたコントロールをお目にかけましょう」

「……水切りって何かしら、クリアちゃん」

「確か、水面に石を投げて跳ねさせる遊びだったかと……」

「石が水の上で跳ねるの? まあ。それは是非見てみたいわねえ」


 お2人の会話を背中で聞きながら、私は手にした小石を振りかぶった。

 しかし、それを投げ放つより早く。

 カラスが飛び立った。澄んだ青空へ。反動で揺れた木の枝から、まるで狙ったかのように私のもとに落ちてきたのは、漆黒の羽が1枚。

 あと、食べかけのサンドイッチが。

 べちゃっと。奇跡のような正確さで、私の顔面に。


「エル……」

「だいじょうぶ?」

 お2人の優しさがつらい。もう、いっそ笑われた方が楽だ。


「アホー、アホー、アッホッホー」

 飛び立ったかと思ったカラスは、少し離れた場所でまた別の枝にとまり、けたたましく鳴いた。

 そのくちばしが歪んで、笑っているように見える。

 カラスって、普通はもっとつぶらな目をしてない? あんなひねくれた、底意地の悪そうな目付きをしてたっけ?


 キッとにらみつけてやったら、すばやく枝を蹴って飛び立った。

 そしてまた少し離れた枝にとまり、「アホー、アホー」と繰り返す。その声が、私には「捕まえてみろ」という挑発の言葉に聞こえた。


 冷静に考えればそんなわけはないし、空飛ぶ生き物を捕まえられるはずがない。

 それなのに、私は意地になっていた。

「エル!?」

 クリア姫が呼ぶのも耳に入らず、ダッシュでカラスを追いかけ。

 行き交う買い物客の間をすり抜け、バザーの会場を走って走って。

 そして普通に、カラスを見失った。


「はあ、はあ、はあ……」

 乱れた呼吸を整え、ひたいの汗をぬぐう。

 ふと気づけば、見覚えのない場所で1人。辺りでは貴族のご令嬢やご婦人たちが、楽しげにバザーに興じている。


 ……なんか、急に虚しくなってきた。


 お2人のもとに帰ろうと思い、きびすを返し。

 どん。

 誰かにぶつかった。

 顔を上げると、筋肉質の大きな背中がすぐ目の前にあった。

「あ、すみません……」

 相手が振り返る。体格のいい若い男だった。両手で木箱のようなものを抱えて運んでいる。

 ちなみに、男が身にまとっているのは警官隊の制服。顔立ちも、思い切り見覚えがあった。


 また警官隊を追い出されたんじゃなかったっけ? カルサはそう言ってたはずだけど。

「ニックさん?」

 いったいここで何をしている。

 どうして、私の行く場所行く場所に姿を現すのか、説明してほしい。

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