185 新米メイド、バザーに行く2
チャリティーバザーが行われる外務卿夫人のお屋敷は、王都郊外の閑静な住宅地にあった。
街道からは少し外れた静かな森のほとりに、いかにも貴族の住居とおぼしき、立派なお屋敷ばかりが集まっている。
森の中には小さな湖もあるらしく、吹く風はさわやかだった。気温も、街中よりだいぶ涼しく感じる。
まるで避暑地にでも来たみたいだ。
王城から小1時間、王都の城壁を抜けてからほんの30分、馬車を走らせただけで、こんな場所があるなんて。
やっぱり、お金持ちは違うよなあ……。
お屋敷は大邸宅。お庭も、ちょっとした公園並に広い。
その広い庭の一角に建てられた礼拝堂が、バザーの会場だ。
私たちが到着した、午前10時半。会場は既に盛況だった。
立派な礼拝堂を囲むように、おもちゃの街並みみたいな可愛らしいお店が並んでいる。
屋台ではない。仮小屋のような簡素な造りだが、どれも一応ちゃんとした建物だ。おそらく貴族の使用人だろう、身のこなしの優雅な店番が立っている。
売っている物も、安っぽさのない上等な品ばかり。手作りお菓子やアクセサリーの他、調度品や美術品など、普通なら露店売りはしないような物まである。
大勢の買い物客が行き交っている。買ったばかりの品物を抱えた、メイドや従者を引き連れて。
さらには会場周辺をぐるりと囲む、警備の兵士たち。
ついさっき見かけた城下町の様子と、似ているようで全く異なる光景であった。
「叔母様のお店はどこにあるのですか?」
クリア姫が会場を見回す。その手を引いて、「こっちよ、こっち。いつも同じ場所をお借りしてるの」
連れて行かれたのは、礼拝堂からはだいぶ離れた場所だった。
広い庭の隅っこ。と言っても、悪い場所ではない。キレイな花壇に囲まれているし、青々と葉を茂らせた庭木の枝が、真夏の陽差しを遮ってくれている。
これはいわゆる特等席だな。貴族の中でも、身分の高い人だけが使う場所。
お店の方は、いかにも叔母上様が好きそうな、三角屋根のメルヘンな建物だった。
これまた絵本の挿し絵から抜け出てきたような、小さくて可愛らしい、でも造りはちゃんとしたお店。
中に入ってみると意外に広く、売り場の他に飲食スペースもある。これをバザーのためだけに建てたのか……とは、気になっても言わないのがお約束か。
「さあさ、始めましょう。お昼になってしまうわ」
叔母上様の指揮のもと、私たちは持ってきた品物を並べて、慌ただしく店を開けた。
お客はけっこう来た。数あるお店の中でも、それなりに盛況な方だったと思う。
売り子のクリア姫が、あまりにも可愛いらしかったから。冷やしたベリーのジュースが、予想以上に好評だったから。
そういった理由もあるとは思うが、1番の要因はおそらく違う。
これは身分の高いご婦人たちのバザー。「魔女の宴」や「淑女の宴」と同様、「貴族の付き合い」的な側面があるのだ。
要するに、あいさつとか大事なんだろう。王妃様の妹で、現宰相の妻である叔母上様のもとには、参加者がひっきりなしに訪れた。
その中には主催者の外務卿夫人や、彼女の親友だという「王都の聖女」も居たらしいのだが、私は気づかなかった。叔母上様があいさつでお忙しい分、こちらは接客で忙しかったからだ。
まあ、そういう偉い人たちは、わざわざメイド風情に声をかけたりはしないし。
「こんにちは」
などと油断していたら、居た。わざわざメイド風情に声をかけてくる人が。
「こんにちは、そこの白い髪のお嬢さん?」
振り向いて、まぶしさに目がくらむ。
8月の陽差しにも負けないキラキラゴージャスな衣装と、金の巻き毛に色とりどりの宝石を飾った、歩くだけでジャラジャラと音がしそうな美女。
真夏、屋外、チャリティーバザー、その全てにふさわしくない服装が、なぜ珍妙に見えないのか、しっくりとハマっているのか。
不思議だ。この一族には、何かそういう魔法でもかかっているのか?
孔雀の羽根飾りがついた扇を揺らめかせ、じっとこちらを見つめているのはレイシャ・レイテッド。派手好き一族の次女だった。
「こ、こんにちは。じゃなくて、いらっしゃいませ……」
慌ててあいさつを返す私に、真っ赤な唇の端を持ち上げて笑いかけてくる。とても美しいのに、どこか怪しく妖艶な笑み。
「お久しぶりね。先日はうちの夫が失礼をしたみたいで、ごめんなさい?」
一瞬、背筋がぞくっとした。
「いえ、そんな……」
先日失礼をしたのは、むしろこっちの方だ。白猫のミケにあいさつに来たとか、わけのわからない理由で屋敷に上がり込んだのだから。
「今日はその、ケイン、様は……」
あの男を様づけで呼ぶことに強い抵抗を感じつつ、気になったので聞いてみると。
ふいにレイシャの背後に、ほの暗い嫉妬の炎が燃え上がった。
「お仕置きで閉じ込めてあるの。妻の留守中に、若い女性を2人も屋敷に上げるだなんて、許せないでしょう?」
「……そう、ですか……」
正直、肝が冷えた。真夏の暑さの中で、私は寒さに震えた。
「あら、冗談よ。ふふふ、おもしろかった?」
「あは、あはは……」
私は彼女と一緒に笑った。おもしろかったからではない。恐ろしかったからだ。
「本当は、誘ったんだけど断られてしまったの。チャリティーバザーなんて、偽善的な催しには興味がないんですって。それよりも今は、じっくり考えたい計画があるんですってよ。ふふ、どんな計画かしら。楽しみね?」
楽しみどころか、悪い予感しかしない。
できれば、そのまま永久に閉じ込めておいてください。
「あらまあ、レイシャちゃん。いらっしゃい、元気だった?」
叔母上様がやってきた。レイシャはさっとそちらに向き直ると、一分の隙もない優雅なお辞儀を決めて、
「ご無沙汰しておりますわ、お姉様。まあ、あいかわらず目もくらむほどお美しいこと。王国一の美女は、今年も健在ですわね」
目もくらむほどまぶしいのは彼女の衣装の方だと思うが、叔母上様は突っ込まなかった。少女のように頬を染めて、
「嫌だわ、そんなお世辞言っても、何にも出ませんよ」
2人が立ち話を始めてくれたおかげで、私は解放された。
ああ、怖かった。
冷や汗をぬぐいながら接客に戻ろうとすると、
「エル」
「あ、姫様。お疲れじゃありませんか? そろそろ休憩します?」
「私はだいじょうぶだ。それよりも、マーガレット殿を見なかったか? まだお見えになっていないのだろうか」
「いえ……」
そういえば、見てないな。
もともとクリア姫をバザーに誘ったのはマーガレット嬢である。
しかも彼女はクリア姫のファン。朝1番に現れて、お手製のお菓子を買い占めていってもおかしくないのに。
「マーガレット様もお店をやっているんでしょうか? それで忙しいとか……」
クリア姫は首を横に振った。
「いや。マーガレット殿は今回、出品されていない。そのつもりで準備していたそうだが、残念ながら姉上様たちの許しがもらえなかったと、先日いただいた手紙に書いてあった」
栄誉ある五大家のご令嬢としては、焦げたクッキーやぺしゃんこのケーキを人前に出すわけにはいかなかったらしい。
……難しいからね、料理って。人には向き不向きがあるし。
「それなら、お寝坊でもされたんじゃないでしょうか。わかりませんけど」
「……そうか。そうかもしれないな」
私の答えに、一応は納得するクリア姫。ただ、その後もたまに辺りを気にする素振りを見せていた。
だから私も、訪れる客たちの顔ぶれを注意して見ていたのだが、正午を回ってもマーガレット嬢は姿を見せなかった。




