184 新米メイド、バザーに行く1
チャリティーバザー当日。
その日は朝から快晴だった。
抜けるような青空には雲ひとつなく、空気はからりとしている。これなら雨の心配はなさそうだ。
いつもより1時間も早く寝床から起き出し、軽く体操などしながら、私は早朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
絶好のお祭日和だった。
午前6時半。
すっかり身支度を整えたクリア姫がお部屋から出てきた。こちらも、いつもよりだいぶ早い。
「おはよう、エル」
「おはようございます」
普段通りのあいさつを交わしてから、私はなんとなく笑ってしまった。
クリア姫も笑っている。多分、私と似たような気分なのだと思う。
何だかうきうきして、落ち着かない。いつもと違う、特別な高揚感。
2人で笑い合っていたら、のっそりと姿を現したダンビュラが、
「こんな朝早くに何やってんだ?」
とツッコミを入れていった。
「別に、何でもいいじゃないですか。せっかくのお祭なんだし」
ダンビュラは「意味がわからん」と言って、のそのそ去っていった。そしてそれきり、私たちが出かけるまで姿を見せなかった。
午前7時半。
早めの朝食を終えたクリア姫と私は、2人で外出の準備に取りかかった。
昨日のうちに焼き上げ、キレイに袋詰めしておいた売り物のお菓子。
それから、庭園で採れたベリーを絞った新鮮なジュース。冷やすための氷も、保冷袋につめて持っていく。
今日も気温が高くなりそうだ。冷たく甘いベリージュースは、きっとバザーに訪れた人たちの喉を潤してくれるだろう。
午前9時。
叔母上様がお城まで迎えに来てくださった。
「まあ、クリアちゃん! 可愛いわあ、可愛いわあ」
青いエプロンドレスに身を包み、同色のリボンをおさげに結んだクリア姫は、叔母上様が感涙にむせぶほど可愛らしかった。
まるで、メルヘン童話の挿し絵から抜け出てきたみたい。
「あなたも素敵よ。少し地味すぎるかと思ったけど、上手に着こなしてるわね」
私のエプロンドレスは、実用性重視の飾り気のない物に変えてもらった。色は紺。リボンの色も同じだ。
クリア姫と違って、可愛くもないし、メルヘンでもない。
なのに叔母上様は、ほうっとため息をついてこんなことを言うのだった。
「カイヤにも見せたかったわね。メイドさん大好きなあの子なら、きっと気に入ったでしょうに……」
だから、その言い方。殿下がメイド萌えの趣味でもある人みたいに聞こえるから。
午前9時半。
叔母上様の馬車に乗り、お城を後にする。
城門を出て緩やかな坂を下り、城下町に入った辺りで、馬車の外が急に騒がしくなった。
いや、騒がしいなんてそんな、生易しいものじゃない。ものすごい音の洪水が押し寄せてきたのだ。
「いったい何ですか、これ?」
にぎやかさに負けじと声を張り上げると、叔母上様が馬車の外を指差した。
「見てごらんなさいな」
言われた通りに外を見て、あっけにとられた。
信じられない人の数だ。老若男女、王国人も異国人も、いったいどこからわいてきたのかと疑問に思うほどの人、人、人が、通りを埋めつくしている。
にぎやかな音楽が聞こえる。その音色に合わせて歌ったり、肩をくんで踊ったり。みんな青いスカーフやリボン、アクセサリー等を身につけている。
たくさんの露店が並んでいる。街並みも、しばらく前に訪れた時とは大きく様変わりしていた。
商店や民家の軒先に、あるいは屋根や窓に。
白い魔女をモチーフにした置物や、魔女の住処であるノコギリ山を描いたタペストリー、日の光が当たるとキラキラ輝く天然石の飾り物なんかが揺れている。
これが青藍祭。年に1度の、王都のお祭なんだ。
「あなた、青藍祭は初めて見るの?」
叔母上様が細い首をかしげた。その通りだと答えると、なぜか声を弾ませて、
「まあ、そうなの。私もよ。あなたくらいの年になるまで、1度も見たことがなかったの」
私くらいの年になるまでって、王都に住んでいらしたのに?
「昔はねえ、私も夢見る乙女だったから。いつか素敵な殿方に誘ってもらいたいと思って、その日が来るまで我慢していたの」
叔母上様は「ふふ」と懐かしそうに笑って、思い出話をしてくださった。
「あれは18の年だったわね。うちの素敵な旦那様が――当時はまだ結婚前だったけど、お屋敷に訪ねていらしたの。小さな青い石のついた、とっても可愛らしい指輪を持って。その指輪を私の指にはめて、こう言ったのよ。『どんな宝石の輝きも、あなたの前では色褪せてしまう。まして僕は、路傍の石ころのようなつまらない男です。だからせめて、この想いだけは、永遠に色褪せることがないと誓いましょう……』」
思い出話というより、ノロケ話だった。
しかも、微妙に恥ずかしい。叔母上様は全く恥ずかしくなさそうだが、聞いているこっちは困ってしまう。次に宰相閣下と会った時、いったいどんな顔をすればいいのか?
「叔母様、あの……、そういったお話は、その……」
私の気持ちを察したクリア姫が、どうにか話題を変えようと控えめに口を挟んでくれたが、叔母上様の話の腰を折ることはできなかった。
「あれから何度も青藍祭には行ったけど、あの日のことは特別。一生、忘れられないわ。……だからね、あなたも。初めてのお祭は、特別な人と行かなくちゃだめよ。いつかきっとあなただけの王子様が、素敵な青い石を持って誘いに来てくれるから」
そんなセリフを真面目にのたまう叔母上様は、今でも立派な、夢見る乙女だ。
私は別に、王子様とかいらない。興味がない。
ただ、王宮の庭で、一緒にお祭に行こうと誘ってくれた、警官隊の少年のことは一応気になっている。
……や、「気になる」と言っても、変な意味じゃなくてね。そのうちまた来るとか言っていたのに、姿を見せないから気になっているのだ。
誘われた以上は、ちゃんと返事をした方がいいんだろうけど。
実は忘れてるのかな。それとも、警官隊の仕事が忙しいとか?




