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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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182 お告げの真意

 それからどうやってお城に戻ったのか、よく覚えていない。

 突然の魔女の出現と、意味深なお告げ。真昼の礼拝堂で起きた信じがたい出来事が、何度も頭の中で繰り返されて。

「急にどうしたんだ?」

 クロムには不審がられたが、説明のしようもない。

 だって、彼には「魔女」の姿が見えていなかったようなのだ。同じ時に、同じ場所に居たはずなのに。

「今、ここに魔女が居ましたよね?」

と尋ねても、

「……疲れてるのか? それとも、暑さにやられたのか?」

と、気の毒そうな目を向けられただけだった。


「おかえりなさーい」

 困惑と混乱を抱えたままクリア姫のお屋敷に戻った私は、やたらハイテンションな声に出迎えられた。

 相手はもちろんクリア姫ではない。私の留守中、遊びに来ていた叔母上様だ。

 王妃様の妹姫で、宰相閣下の奥方。カイヤ殿下と同じ黒髪に黒い瞳の、とびきり美しい中年女性である。

「お久しぶりね、会えて嬉しいわ。おいしいお菓子があるのよ。召し上がる? 外は暑かったでしょう。冷たいお茶もありますよ」

 ぐいぐいと私の手を引いてリビングまで連れて行き、お茶とお菓子でもてなしてくれる。

 あいかわらず少し強引で、以前にも増してテンションが高い。

 その理由は、すぐにわかった。


「今日はねえ、相談があってきたの。ほら、外務卿夫人のバザーのことで。クリアちゃんも参加してくれるって聞いて嬉しくて。それなら一緒にお店をやりましょうって話していたのよ」

 クリア姫もこっくりした。同じテーブルを囲んでお茶を飲みながら、

「バザーでは自分の店を出すこともできるのだ。品物は主催者に預けて、売るのを任せてしまうという方法もあるが……」

「それじゃつまらないじゃない。どうせならお店屋さんもしましょうよ。ね?」


 叔母上様の説明によると、ベテランの参加者はみんな会場の一角を借り切って、小さなお店を建てて、品物の陳列から飾り付けまで自前でやるんだって。

 言っては悪いが、すごくぜいたくなお店屋さんごっこみたいだな……。


「売り子の服も作ってきたのよ。サイズが合うといいのだけど」

 フリフリひらひらのついた青いエプロンドレスを取り出し、私の胸にあてがう。

「色はいいわね。でも、少し大きめかしら。スカートの丈も直さないと……」

 小声でつぶやきながら、私の周囲をくるくる回る。

 私はその間もずっと「魔女」のお告げのことが気がかりで上の空だったのだが、叔母上様がお帰りになった後で正気に戻り、頭を抱えることになった。


 ……なんだこの、異様なまでに可愛い売り子服は。

 これを人前で身につける? そんなの、私にとっては精神的拷問に近い。

 とはいえ、叔母上様がわざわざ用意してくださったものを断るなんてこと――。


「エル、どうかしたのか?」

 クリア姫が心配そうに近づいてきた。

「……何でもありません。とっても可愛らしいお洋服だなあって」

 ひきつった愛想笑いを浮かべる私に、

「無理をしなくていい」

と返すクリア姫。

「叔母様に頼んで、もう少しシンプルなものに変えてもらうから大丈夫だ。聞きたかったのはそこではなくて、帰ってきた時からずっと、様子がおかしかっただろう? 気になっていたのだ」

「やっぱり、あのチンピラ野郎に何かされたのか?」

 一緒にくっついてきたダンビュラも言う。


「いえ、何でもないです。別に変わったことなんて……」

 反射的にごまかしかけて、すぐに反省した。

 だめだなあ、自分。この上はもう、隠し事などすまいと決めたのに。

 私は姿勢を正してクリア姫に向き直った。

「実は、今日の帰り道で……」

 再び魔女に会い、意味深な言葉を告げられたと話すと、クリア姫は知的興奮で瞳をキラキラさせた。

「魔女の霊廟? 知っているのだ!」


 それから息を弾ませて説明してくれたところによれば、「魔女の霊廟」というのは王城の北にある小さな墓地で、なんと伝説の白い魔女の亡骸なきがらが葬られている場所なんだそうだ。


「と言っても、本当に遺体があるわけではない。空っぽの石棺が納められているだけだ」


 かつて魔女だった女性が最期を迎えた――という伝説のある場所に後からお堂を建てて、神聖な場所として祀るようになったらしい。

 一般人は立ち入り禁止。王族ですら、特別な時しか立ち入りを許されない。


「そんな神聖な場所なんですか……」

 つまり、「そこに求めるものがある」とか言われても、行くのは簡単じゃないんだな。

「そうだな。簡単ではないと思う」

 難しい顔でつぶやくクリア姫。

「そもそも、行ってどうすんだよ」

と突っ込むダンビュラ。「要は墓なんだろ? あんたの親父と、何の関係があるんだ?」

 それを聞かれても、私には答えようがない。


「わからないが、意味はあるはずなのだ。『魔女』がその場所に行けと言ったのなら、きっと、いや必ず」

 クリア姫は確信に満ちた声で言い切った。

「少し待っていてくれ」

 1度リビングから出て行って、

「これを、見てほしい」

 分厚い本を抱えて、すぐに戻ってきた。

「エルに魔女の話を聞いてから、私も調べてみたのだ。と言っても、屋敷に置いてある魔女関係の本を読み直してみた、というだけだが」

 そんなことしてたんだ。このお屋敷にある魔女関係の本って、10冊や20冊じゃないのに。

「これは著名な学者がまとめたものだ」

 差し出された本の表紙には、「魔女のお告げ」というタイトルが印字されていた。


「王国には、魔女の出てくる言い伝えや民話、伝承が各地に残されている」

 その中でも、魔女が人間の前に現れ、何らかのお告げを残していったという伝承のみをまとめた本で。

 そのお告げの通りに行動した、あるいはしなかった場合、結果としてこういうことが起きた――という話が記録されている。


「中には、魔女のお告げのおかげで、尋ね人に再会できたという話もある」

 思わず前のめりになる私に、

「言い伝えだろ。実話じゃないだろ」

と横から指摘するダンビュラ。

 クリア姫が反論する。

「この本の著者は、ちゃんと現地調査も行っているのだ。いいかげんな作り話とは違う」


 魔女のお告げが確かにあったと、証明するのは難しい。

 だが、お告げによって引き起こされた何か――たとえば、生き別れになった家族が奇跡のような再会を果たした、という事実の方なら、それが比較的近い時代の話なら、記録が残っている場合もある。


「この本の中には、何百年も前の言い伝えもあれば、ほんの数十年前の出来事についても記されている。おとぎ話としか思えないような話も確かに多いが、もっと身近で、信憑性の高い話もたくさん載っているのだ」


 魔女は物語の中にだけ存在するものではない。今もこの王国に居て、私たちを見守っているかもしれない――とクリア姫は力説した。


「あのおとぎ話でも、白い魔女は最後に人間になるが、黒い魔女は違うだろう?」

 人々が願い事をしにノコギリ山に行っても、姿を見つけられなかったという記述があるだけだ。

「どこかに行ってしまったという解釈もできるが、私は違うと思う」


 クリア姫は8歳になるまで、ノコギリ山のふもとにある離宮で暮らしていた。

 離宮のそばには小さな村がある。そこでは今も言い伝えられているそうだ。ノコギリ山のてっぺんには魔女が居て、どんな願い事でもかなえてくれると。

 その言い伝えを信じて、山を登っていく人もごく稀に居るらしい。

 好奇心か、本当にかなえたい願いがあるのか、ワラにもすがるほど追いつめられているのか、理由はともかくとして。


 立て板に水の如く流れるクリア姫の話に圧倒されて、いつのまにか正座して傾聴する私。

 ダンビュラは床に丸まって寝ている。

 話が途切れたタイミングで、顔を上げてあくびをひとつ。後ろ足で首のつけ根をかきながら、

「要するに、嬢ちゃんは本物の魔女だって思うのか?」

 私の見間違いや思い込み、気の迷いではなくて。

「ダンは違うと言うのか」

「…………」

 ぎょろりとした鋭いまなこが、私をめつける。

「……そんな慌て者でも、肝っ玉でもないだろうな」

 けどな、と彼は続けた。疲れたような、気だるいような声で、

「魔女は神様じゃねえぞ、嬢ちゃん」

 もっと気まぐれで、厄介なものだ。その「お告げ」とて、親切や善意の忠告ではないかもしれない。言う通りにしたからといって、良い結果が訪れるとは限らない。


 すごく実感のこもった言い方をされて、私は――今までは深く聞こうとしなかった、聞いてもまともに答えてもらえなかった質問を敢えて口にした。


「ダンビュラさんて、本物の魔女に会ったことがあるんですよね?」

 昔、魔女に姿を変えられたという話は本当なのか。

「さあな」

 今回もまともな答えは得られなかった。

「すまない。ダンはあまり話したくないようなのだ」

 当人の代わりに、クリア姫が申し訳なさそうな顔をする。「何か事情があるらしいのだ。私もくわしくは聞いていないのだが……」

 よっぽどひどい目にあわされたのかな? ……いや、姿を変えられた時点で、十分「ひどい目」だけど。


 ダンビュラは同情的な空気になるのが嫌だったらしく、「別に、事情なんてない」と吐き捨てた。

「この姿も気に入ってる。嫌なのはむしろ、それより前の……」

 そう言いかけて、我に返ったように口ごもり、

「とにかく、魔女なんてアテにすんな」

 強引に話を変えて、リビングから出て行ってしまった。


「…………」

 クリア姫もいくらか興奮が冷めた様子で、本を抱えて自分の部屋へと戻っていった。

 そろそろ夕方だ。夕食の支度を始めなければいけない時刻になっていた。


※次回は他者視点の間章になります。

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