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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
182/410

181 再び

 クンツァイトの名前に、私は動揺した。

「……また? よくお城に来るんですか?」

 平静を装いながら尋ねると、クロムはしかめ面のまま、「このところ毎日だよ」と答えた。

「どっかの親馬鹿が、クソガキの平癒へいゆ祈願きがんに呼び寄せてるんだと」

 さらにくわしく話を聞いてみると、その親馬鹿とは国王陛下のことであり、クソガキはルチル姫のことだとわかった。


「平癒祈願?」

 いつの間に、病気にでもなったのか、ルチル姫は。あの事件以来、「ショックで閉じこもりがち」という話は聞いてるけど……、だからって普通、最高司祭をわざわざ呼んだりはしないよね?


「聞いてないのか? 城では今、兵士もメイドもその話で持ちきりだぜ。あのクソガキが、タチの悪い死霊に取り憑かれたってな」

「……しりょう?」

 クロムはふざけている様子もなく、うなずいた。


 ここ最近、ルチル姫の様子がおかしい。

 突然叫び出したかと思えば、ふいに意識を失って倒れたり。

 昼間はあいかわらず自室に閉じこもっているが、夜になるとふらふらと徘徊する。

 偶然その姿を目撃したメイドの話によれば、ルチル姫は別人のようにやせ細り、瞳は虚ろで、土気色の顔をしてさまよっていたんだとか。


「その顔が、まるで死人みたいで――」

「ちょ、やめてください」

 私は慌てて彼の話を遮った。「そういう話、苦手なんです。幽霊とか、お化けとか、怪談とか」

 実話系も苦手だし、ホラー小説とか、フィクションであっても苦手だ。


 クロムは心底意外そうに目を見開いた。

「マジかよ。あんた、幽霊なんて平手打ちでもかまして、追っ払いそうに見えるが」

「どういう意味ですか。私にだって、苦手なものくらいありますよ」

 誰にでもあるだろう。怖いものや苦手なもののひとつやふたつ。


「まあ、そうかもしれんが……。そっち系が苦手で、よく城で働く気になったもんだな」

 王城の歴史は古い。その分、そういった話には事欠かないとクロムは言った。

 たとえば、空飛ぶ怪しい光とか、すすり泣く声とか、動く甲冑とか。いわゆる七不思議系のネタが、掃いて捨てるほどあるんだそうで。

「あんたが今住んでる屋敷だって、夜になると先代国王の亡霊がさまようって噂が……」

「やめてください、本当にやめてください!」

 私は両耳を押さえて悲鳴を上げた。

 通行人が振り返る。そして、一応は若い女性である私と、三十男のクロムを見比べて、いかにも不審そうに眉を寄せた。


「おい、変な声出すなよ」

 クロムは目に見えて慌て出した。

「噂だよ、ただの噂。そんなに怖いなら、ほれ、そこでお祓いでもしていくか?」

 微妙に的外れな提案をしつつ、彼が指差したのは、街角の礼拝堂。

「こんな場所に……」

 私は少し驚いた。

 普通の商店の横に、当たり前のような顔をして建っている祈りの場。入り口は開け放たれ、誰でも自由にお参りができるようになっている。

「知らなかったのか? 王都じゃ珍しくもないぜ」

とクロム。

 仮にも白い魔女の建てた国だ。

 そこに暮らす人々は皆、信心深い――わけではないが、それでも何かあれば魔女に祈る。そのための場所も、身近に用意されている。


「ほれ、行くぞ」

 クロムは通行人の視線から逃げるように、早足で礼拝堂の中に踏み入っていく。

 別に、お祓いなんてしなくていいんだけど。

 1人で先に帰るわけにもいかないし、私は仕方なく彼の後を追った。


 中は、外から見た感じよりも広かった。

 数人掛けの長椅子が2列に並んでいる。正面奥に祭壇があって、白い魔女の像が優しくほほえんでいる。

 天井は高く、窓から差し込む陽の光が、明るく澄んでいて――。

 街中の喧噪も、この場所にはあまり届かないようだ。いかにも祈りの場らしい、おごそかな空気が満ちている。


 平日の昼間だからか、人の姿は見当たらない。礼拝堂の管理者であるはずの、司祭様の姿もない。代わりに。

 魔女が居た。

 黒いローブをまとい、黒いフードをかぶった、長い黒髪の魔女が。


 あまりに唐突で、すぐには反応できなかった。

 ――魔女だ。

 数ヶ月前、故郷の村で出会い、私の父が王都に居ると告げた。既に白昼夢かと思いかけていた記憶が、鮮やかに蘇る。


「魔女の霊廟れいびょうに行くがいい」

 しわがれた声が告げた。まるで老婆のような、それでいて鋭く、力強いその声が、私の耳を、心を震わせる。

「そこに、おまえの求めるものがあるだろう」

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