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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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179 父の横顔

「そういえば」

 仕事の話と言われて、私はひとつ思い出した。

「セドニスさん、前に言ってましたよね? うちの父が失踪したのが、7年前っていうのが少し気になるって」

「……それが、何か?」

「実は、クリア姫も同じことを仰って」


 7年前といえば、次期国王の最有力候補と目されていた王子が事故で亡くなり、伯父に当たる騎士団長が関係者を厳しく処分した、まさにその年である。

 事件の余波で貴族同士の揉め事も多かったから、私の父が貴族の密偵だったのなら、何か関係があるかもしれない。と、セドニスは前に言った。


 クリア姫の意見はもう少し具体的だった。

 すなわち、私の父は亡くなった王子の護衛の1人だったのではないか? と言ったのだ。


 あの事件では、王子を守れなかった責任を問われて、護衛たちは「殉死」を迫られ、後継ぎが居る者はその命まで差し出せ、という理不尽極まる命令が出ている。

 父もまた同様に、自分と息子――私にとっては弟の殉死を迫られて拒み、ならばと送りつけられた刺客を、やむを得ず返り討ちにした。

 殉死命令はその後撤回されたが、既に刺客を手にかけてしまった父には戻る場所がなく、そのまま姿を消すしかなくなったんじゃないか。というのが姫のお考えだ。


 セドニスは「なるほど」とうなずいた。

「当時、権力の絶頂だったラズワルドにとって、最も重要な存在であるはずの王子の護衛を任され、始末するために5人もの刺客を差し向けられ、その全てを返り討ちにしたと」

 ……そういうまとめ方をされると、とんでもない人みたいだな。密偵としてもトップクラスの実力者って感じ。

「正確にいえば、実力だけではありませんね。王族の護衛ともなれば、誰でもたやすくなれるものではない。貴族の中でも中流以上の家の生まれで、後継ぎにはなれない次男以下――」


 セドニスの話を聞きながら、ふと私は遠い目をした。他でもない。先日、殿下に聞いた自称・「使い魔の末裔」のことが頭をよぎったからである。

 王族の護衛ともなれば、誰でもたやすくなれるものではない。……そうだよね。普通はそうだ。

「何事も、例外というものはあります」

 私の心の声が聞こえたわけでもあるまいに、一言付け加えるセドニス。


「ともかく、あなたの父上の正体は貴族で、密偵としてもかなりのエリートだったということになりますが」

「…………」

 控えめに言ってもぴんとこない。イメージが違いすぎる。


 私が知る父は――。

 何ていうか、もっと普通っぽい人だった。

 取り立てて気品があるとか、見目麗しいということもなく。

 取り柄といったら、とにかく優しいこと。いつも穏やかで、怒ったことがなくて。

 あと、料理がけっこう上手だった。

 結婚するまでは家事とかろくにしない人だったらしいんだけど、しゅうとに当たる祖父の「料理ができない男は男じゃない」という哲学のもと、厳しく鍛えられたのである。

 たまに行商から帰ってきている時、母と祖父母が店に出ていそがしい時に、ご飯を作ってくれたのは父だった。

 1番思い出に残っているのはオムライスかな。卵がとろとろで、すごくおいしかった。


「こちらで調べた限りでも似たようなものですね」

 セドニスが数枚の書類を差し出してきた。

「7年前まで父上が在籍していた行商ギルドと、その周辺で行った聞き取り調査の内容をまとめたものです」

 手渡されて、ざっと目を通す。

 父の同僚。仕事上の付き合いがあった人。たまに通っていた飲み屋の主人などが、それぞれの目線で私の父のことを語っている。


 温厚で、怒ったところを見たことがない。

 無口で、聞き上手。

 愛妻家で、子煩悩。たまに家に帰る時には、家族へのみやげを忘れなかった。自分の子供と同じ年頃の子供を見かけると、じっと足を止めて見入っていた、など。


「総じて悪い評判は出てきません。……ただ、そのわりには特別親しくしていた友人は居なかった様子で、行商ギルドに入る以前の父上のことを知る者も居ない」


 人当たりはいいが、あまり内面に踏み込ませない感じがした、という飲み屋の主人の証言も載っている。

 果たして、私の知る父は本物だったのか。あるいは、どこにでも居る「普通の男」を演じていただけだったのだろうか。


「それと、こちらは例のクンツァイトに関する報告書です」

 そう言って手渡された紙束は、父に関するものよりはるかに分厚かった。

 内容は主に、7年前に起きたクンツァイトの内部抗争に関することのようだった。

 クンツァイトの本家と親戚の家が争い、後者が取りつぶされたというあれだ。こちらもざっと目を通してみた感じ、ジェーンの兄から聞いた話と差異はない。

 

 報告書の後半には、裏の稼業が明らかになってから後のクンツァイトの窮状が綴られていた。

 先祖代々の資産を手放した。あちこちで借金をしている。御用商人であるアベント商会との関係も今では逆転し、頭が上がらなくなっている。起死回生を狙って「魔女の媚薬」の密売で儲けようとしたものの、相手はサギ師で、資金を持ち逃げされた――。


「って、え?」

 私は報告書から顔を上げ、セドニスを見た。「クンツァイトもサギ事件の被害にあってたんですか?」

「そのようですね。ただし、おおやけにはなっていません」

 そりゃそうだ。金に困って密売に手を出そうとしたなんて知れたら、今度こそ最高司祭の地位を失うことになってしまう。


「仰る通りです。今のクンツァイトは追いつめられている。存亡の危機に直面していると言ってもいいでしょう。家中の者たちも上から下まで殺気立っている、と報告を受けています」

 報告? って誰から。

「内偵中の調査員からですよ」

 あ、そうか。クンツァイトの内情を探るために、憩い亭の調査員を送り込むっていうあれね。

 カイヤ殿下の許可がとれたことは手紙で伝えたから、その後どうしたかなとは思ってたけど。とっくに実行してたんだ。


「可能な限り慎重に進めていますので、ご安心ください。殿下にご迷惑をかけるような真似は致しませんよ」

 信用してます、と私は答えた。しかしセドニスはなぜか憂慮の表情を浮かべて口を閉じる。

「セドニスさん?」

「……失礼、何でもありません」

 何でもないというわりには、顔色が良くない気がする。


「本当に、何でもありませんよ。……ただ、少し。嫌な予感がしたもので」

「はあ?」

窮鼠きゅうそ猫を噛むとも申します。あまりに追いつめられた人間は危険です。ヤケになって、とんでもないことをしかねない」

「とんでもないことって?」

「…………」

 セドニスは憂慮の表情を浮かべたまま、しばし黙って私を見つめていたが、

「具体的には申し上げられません。ただ、そんな気がした、というだけです」

 失言でした、忘れてくださいと頭を下げる。

「いえ、別に……」

 謝る必要なんてないけど。

 何だか、彼らしくない。オーナーさんの件があって疲れてるのかな?

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