178 憩い亭は今日も
「……それで全てを打ち明けた、というわけですか」
魔女の憩い亭のカウンターを挟んで、私の話に耳を傾けていたセドニスがつぶやく。
「はい、話しました」
王都にやってきた目的も、カイヤ殿下に雇われることになった経緯も、7年前の事件のことも。
それから父の雇い主が最高司祭のクンツァイトだったかもしれないことや、同家の暗殺者養成疑惑についても。とにかく今わかっていることは全部話した。
「順調に信頼関係を築けているようで何よりですね」
「はあ……」
現実にはとても順調とは言えなかったし、セドニスのセリフも多少皮肉めいてはいたが、私は素直に照れた。
実際に、信頼関係が深まったような気がするからだ。
クリア姫は私の打ち明け話に、真摯に耳を傾けてくれた。「そんなことがあったのか」と驚きつつも、脅えたり引いたりすることは1度もなく。
7年前の事件については、自分なりの推理を聞かせてくれたりもしたし、故郷で魔女( らしきもの)を見たという話には身を乗り出し、瞳をキラキラさせて興奮状態だった。クリア姫は魔女の話が大好きなのだ。
「そして、これが姫君と作った焼き菓子の試作品と」
カウンターを見下ろすセドニス。そこには色よく焼き上がった袋詰めのお菓子が並んでいる。
あの日以来、何度も、何度も試作を重ねた自信作だ。2種類のベリーのジャムを使った焼き菓子で、見た目だけなら市販の物とも遜色ない。味の方も、そう遜色ないつもりだ。
「味の感想を聞かせてもらえますか? できれば、今すぐ」
微妙にずうずうしい頼みとは思ったが、やはり本番の前に、誰かの意見を聞いておきたい。セドニスならお世辞など言わず、冷静で容赦ない批評をくれるだろう。
もちろん私だって、目の前で彼が忙しく働いていたなら、こんな頼みをしたりはしないが。
あらためて見回す。
かつて訪れた時にはまるでひとけがなく、メチャクチャに荒れていた「魔女の憩い亭」。
そろそろ営業再開したかと思って来てみれば、入り口には「臨時休業」の張り紙がされたまま、店内に客の姿はなく、前回よりもさらにメチャクチャに荒れていた。
「……色々ありまして」
「それは、前にも聞きました」
この状況はどういうことか、客としては説明を求めたい。
「例の密売事件のせいですよ」
「それも聞きましたけど……」
「魔女の媚薬」の原料は南の国でしか採れない。そして憩い亭は、南の国とも商売を行っている。
そのせいで事件への関与を疑われ、事情聴取に来たお役人の態度に腹を立てたオーナーさんが相手を半殺しにしてしまい、店は営業停止になったと。
でも、あれから2週間たってる。
密売事件だって、売人も関わった貴族も逮捕されて、一応解決したはずでは?
「それが、そうでもないようですね」
とセドニスは言った。
解決どころか、拡がりを見せていると。
そもそも密売に関与した貴族がどうしてそんなことをしたかといえば、要するに金のためである。
政敵に弱体化されたとか、戦後の急激な社会の変化についていけなかったとか。いろんな理由で傾いてしまった家を、立て直す資金を得るためだった。
そういう家は、王都に多い。
貴族だけではなく、商家にも。
そして、ここが重要なポイントなのだが――そうした家々は傾いているとはいえ、まだしも資産はある。無一文の貧乏人とは違う。
そこに目をつけた者たちが居たのだ。
財政難の貴族・商家に「密売で一儲けしないか」と持ちかけ、「危ない橋は自分たちが渡る。あなたたちは資金を出してくれさえすればいい」と金を集めて、そのままトンズラする。
……というサギが王都で流行していたんだとか。
過去形なのは、主犯とされるエマ・クォーツが逮捕されたことによって、薬の密売そのものが事実上不可能となったからだ。
ちなみに、サギ事件の犯人と、密売犯との関係は今のところ不明。ただ、「何らかの関わりがある可能性が高いでしょうね」とセドニスは言った。
確かに、無関係とは思えない。
危険な薬を売りさばき、王都を混乱させて、ついでに貴族たちから資金をだましとる。
かなり大がかりな犯罪だ。それこそ敵国のスパイ、諜報員が関与した陰謀かもしれない。
「わりと放置できない問題なのでは……」
「仰る通りですね」
とセドニス。
国も本腰を入れて犯人を追っているが、仮に相手が敵国人なら、既に集めた資金を持って国外逃亡している公算が大きい。
また、国内の捜査を進めようにも、被害の全容すらつかめていないのが実情らしい。
なぜかといえば、このサギ、被害者が被害を訴えにくいのだ。
ご禁制の薬を密売しようとして、資金を持ち逃げされました。
……なんて、普通は言えないよね。
で、その事件とこのお店の惨状にどんな関係が?
話を戻そうとすると、セドニスはおもむろに焼き菓子を一切れ、袋から出して口に入れた。ゆっくりと咀嚼して、
「少し固めですね。貴族向けに売るなら、もう少しふんわり感がほしいのでは」
「そうなんですけど、オーブンの温度調整が難しくて――って、そうじゃなくて」
ごまかさずに、ちゃんと言え。いったいなんで、いまだに店を閉めているのか。
「やあ、こんにちは」
そこに、いつも親切な初老の調理人さんが、お盆に紅茶を乗せて持ってきてくれた。「焼き菓子があるなら、飲み物もいるだろう」と2人分。
「あ、すみませ……」
お礼を言いかけてぎょっとする。
調理人さんの顔は、左の頬が大きく腫れて、その上に真新しい湿布が張ってあった。
驚いて固まる私に、
「色々あってねえ」
と笑いかけてくる。だから、色々って何なの?
「…………」
セドニスは静かに紅茶を口に運び、ほう、とひとつ息を吐いた。
「味自体は悪くない。これならバザーでも売れるでしょう」
意地でも説明する気はないってか、この野郎。
「……どうしても聞きたいのですか」
きっぱりはっきりうなずく私。わざとらしく嘆息してから、観念したように話を始めるセドニス。
「簡単なことですよ。今度はサギ事件との関係を疑われただけです」
もしも今回の事件が全て、敵国のスパイの仕業だとしたならば。
王国民ではない彼らが王都で活動するためには、協力者が要る。潜伏先を用意し、情報を提供する内通者が。
「それがこのお店のオーナーさんじゃないかって疑われた……?」
セドニスはゆっくりと首を縦に振った。
つい2日前のこと、サギに引っかかって大損した貴族が、「金を返せ」と乗り込んできた。いささかガラの悪い護衛を大勢連れて。
「話し合いでお引き取り願えればよかったのですが、折悪しくオーナーが店に居る時――しかも、先の事件の取り調べを終えて、ようやく戻ってきた時だったので」
ガラの悪い護衛たちと、大金を失ったせいで冷静さも失った貴族に凄まれ、王国の裏切り者だと難癖つけられ、オーナーさんがキレて、暴れた。気の毒な貴族は、もっと気の毒なことになった。
「それで、この惨状……」
もう1度、店内を見回す。私とセドニスが向かい合っている半壊したカウンター以外、家具は壊滅状態。残っている物はほぼない。
「ここのオーナーさんて……」
「聞かないでください」
すばやく私のセリフを遮るセドニス。
オーナーさんがまた役人の事情聴取を受けていること、サギ師とは無関係だと証明するため、憩い亭の従業員たちが奔走していること、そのため店は当分休みだが、引き受けた仕事はちゃんとやると早口で説明。そしてこれ以上は聞くなとばかりに、話を打ち切ってしまった。
「それよりも、仕事の話をさせていただけませんか」




