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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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176 使い魔の末裔

 辺りを見回しても視界にうつるのは、さらさらと流れる小川と、そこに架かる小さな橋、遠くに見える花畑。――平和そのものの眺めがあるばかりだ。

 人の姿はなく、気配も感じられない。

 プロの護衛ともなれば、私のような素人には存在すら悟らせないものなのだろうか。


「護衛たちには、予告状の件も当然伝えてある。よりいっそう警戒して任務にあたると約束してくれた」

 私があれこれと心配したせいか、殿下は力を込めてそう言った。

「だから問題はない。たまにこっそりサボることもあるが、能力的には優秀な護衛だ」

 護衛がこっそりサボっていたら、護衛対象が危険だと思う。どんなに優秀であっても意味がない。

 それを「問題ない」と言う、この人の思考回路ってどうなってるんだろ。私が宰相閣下ならキレるな。いっそ、どこかに閉じ込めておきたくなるかも。


「ちなみに、殿下の護衛もしゃべる虎ですか」

 皮肉まじりの冗談は通じなかったらしく、殿下は「違う」と真顔で否定した。

「人間ではないが、虎でもない」

 いや、だから。……本当に、ちょっと待ってよ?

「人間じゃないなら、いったい何なんですか?」

「それは、俺にもわからん」

 ……ヤバイ。そろそろ私もキレそうになってきた。

「姿はダンビュラと違い、人間に見える時もあるが――」

 は? どういう意味? 人間に「見える時もある」って、何だか妙な言い回し。


「当人たちの言葉を借りるなら、彼らは『白い魔女の使い魔の末裔』らしい」


 …………。

 いきなり突飛な話をされて、反応に困ってしまう。

「使い魔の末裔?」

 ひとまず聞いた言葉をオウム返しにすると、殿下はくわしい説明をしてくれた。


「あのおとぎ話では、白い魔女は最後に力を失い、ただの人間になるだろう。その時、魔女の使い魔たちもまた人の姿になり、主人を守るために生涯そばで仕えた――という伝説がある」


 初耳だ。少なくとも、私が読んだ絵本にはそんなくだりはなかった。


「真偽はわからん。そもそも白い魔女が実在したかどうかも定かではないのだからな。だが、かつて『使い魔の末裔』を名乗る一族が王国に存在していたこと、それは事実らしい」


 彼らは代々クォーツ家に仕え、白い魔女の血を引く王家のために尽力した。まるで魔法のような力を操り、人を超越した身体能力で王を守ったという。

 しかし、代々王家に仕えた彼らは、代々の後継争いにもまた巻き込まれることになった。

 次第にその数を減らし、醜い権力争いを繰り返す王家への忠誠を失い、やがて歴史の狭間へと姿を消した――。


 そんな彼らが再び歴史の表舞台に顔を出すのは、おなじみ、名君として知られた先々代の国王陛下の治世。

 彼は、使い魔の末裔たちを「密偵」として使っていた――。そんな真偽不明の噂があるんだそうで。


「噂ですか」

「ああ。何分、密偵というのは仕える主人以外には姿を見せないものだからな」

 つまり、確かな話じゃないのね。都市伝説レベル?

「もともと俺の曾祖父殿には、そういった不確かな噂が多い」


 なまじ多大な功績を残し、国民に崇められているためか。

 先々代の国王陛下には、嘘か真かもわからぬ噂がけっこうあるらしい。

 実は魔法使いだったとか予言者だったとか、人間じゃなくて妖精だったとか神の遣いだったとか。


 その極めて信憑性の低い「噂」によれば、「使い魔の末裔」を名乗る密偵たちは先々代の死後、先代国王の迫害を恐れて再び姿を消した。


「だったら、殿下の護衛っていうのは……?」

 いったいどこからわいてきたのか。もしかして、先々代の孫姫である王妃様に仕えていたとか?

 しかし私の予想を裏切り、

「彼らの素性はよくわからん」

と殿下は言った。

 ただ、4年前、王都に凱旋してからしばらくたった頃、ふいに殿下の前に姿を現し、「自分たちは使い魔の末裔だから働かせてくれ」と頼んできたのだそうだ。

「理由を聞いたら、食いつめて困っているからだと」

「…………」

「正直クォーツ家の人間に仕えるのは気が進まないが、背に腹は変えられん、とも言っていたな」

「………………」

「どうした、エル・ジェイド。また気分が悪くなったか?」

「……だいじょうぶです」

 気分は悪くない。ただちょっと、あきれていただけだ。


「それって本物なんですか?」

 世の中には、騙りとかサギとかいうものもあるんですけど?

 食いつめたどこぞの密偵が、救国の英雄に召し抱えられたくて吹いたホラなのでは。

 いや、それくらいならまだマシな方で、実は敵の差し向けた刺客かもしれないよね。

 なんで雇っちゃうの。なんで。どうして。


 私の疑問に、殿下は涼しい顔でこう答えた。

「本当に使い魔の末裔かどうかはともかくとして、『食いつめて困っている』という話の方は嘘ではなかったからな」

「…………」

「それに、さっきも言ったように、能力的には優秀な護衛だ」

「……そうですか、わかりました」

 突っ込む気力も、問いつめる気力も尽きた私は、投げやりに話を打ち切った。「いつか、機会があったらお目にかかりたいですね」

 それは難しいかもしれん、とつぶやく殿下。「彼らは人見知りで、人嫌いだからな」

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