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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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175 小川のほとりで

「そうか。予告状の件を聞いたか」


 お屋敷を出てしばらく歩き、名も知らぬ野の花が咲く小道を通り過ぎて、さらさらと流れる小川のほとりで足を止め。

 私は殿下に報告した。警官隊の総隊長カイト・リウスに聞いたこと、聞かれたこと。彼が貴族の密偵だった私の父について知りたがったこと。


「何か関わりがあるかもしれないって思ったんでしょうか」

 巨人殺しの予告状と。普通に考えたら、ただのメイドにあんなもの見せるはずないし。

 私の反応を見るために、敢えてそうしたんだろうな。私か、あるいは私の父が、何か知ってるんじゃないかと疑って。


 殿下は「そうかもしれんな」と軽くうなずいた。

「だが、直接会ってその疑いも晴れただろう」

 ……そうかなあ。完全に晴れたという風ではなかったような。

「心配ない。カイト・リウスは人を見る目がある男だ。直に顔を見れば、おまえが信用に足る人間だとわかってくれたはずだ」

 正直、顔を見ただけでそんなことがわかるとは思えなかったが、殿下は本気で仰っている様子。

 反論しても無駄そうなので、私は話題を変えることにした。


「あと、もうひとつ。『魔女の憩い亭』とは縁を切れ、とも言われました」

「うん?」

 不思議そうにまばたきする殿下。

「オーナーさんが信用できないからって……」

「あ、ああ。そうか」

 今度は思い当たることがあったようだ。「昔、何度か逮捕したことがあると話していたな、そういえば」

「……逮捕って」

「アイオラは任侠一家の生まれだ。彼女自身も、若い頃は色々と無茶をしたらしい」

 なるほど、若い頃は。……今現在は自分のお店を破壊して役人を病院送りにしたりしているようですが、それは無茶じゃないんでしょうか。年をとって落ち着くどころか、むしろ悪化してない?


「確かに常識の通じないところはある。俺には理解できない行動に出ることも多いが」

 他ならぬ殿下にすら、そんな風に見える人っていったい。

「アイオラは信用できる人物だ。カイト・リウスには俺の方からそう言っておこう」

 言われたところで、納得はしないだろうね。カイト・リウスの苦い顔が目に浮かぶようだ。


「それより、俺の方からもひとつ話しておくことがある」

「はい? 何でしょうか」

「おまえが起きる前にクリアにも話したのだが……」


 しばらくの間、お屋敷には来られなくなる、と殿下は言った。

 その理由は、「祭の準備や、先日の事件の後始末でいそがしい」とクリア姫には伝えてあるそうだが、実際は違う。

 自分が暗殺者に狙われているかもしれないからだ。

 足しげく妹姫のもとに通うことで、万が一にも危険に巻き込んでしまうことがないように。


「予告状のこと、姫様には……」

 殿下は「話していない」と答えた。

 そうだよね。その方がいい。最愛の兄殿下に暗殺予告状が届いたなんて知ったら、どれほどショックを受けることか。

 ……ただ、クリア姫は聡い子供だから。

 何かおかしいって、気づいてはいるかもしれない。殿下がいそがしいのは今に始まったことじゃないのに、しばらく会えないなんて聞いたら。


「あまり妹に隠し事をするなと、ダンビュラに言われた」

 流れる水面みなもに目をやりながら、殿下は元気のない声でつぶやいている。

 多分ダンビュラは、そう言って怒ったのだろう。つい最近、似たような経験をした私には、殿下の気持ちが想像できる気がした。


 妹に心配させたくない。怖い思いをさせたくない。

 でも、隠していること自体には罪悪感がある。

 どうするのが正しいのか、わからずに悩んでいる。


「私も、ダンビュラさんに叱られました。クリア姫のこと、あんまり子供扱いするなって」

 殿下の口元がわずかに緩んだ。

「そうか。同じだな」

 滅多に笑わない人が、珍しく少し笑った。

 その子供みたいに屈託のない笑顔を見たら、ふいに不安がむくむくとふくれあがってきた。


「あの、殿下?」

「ん?」

「えーと、雑炊おいしかったです。ごちそうさまでした」

 って、違う。言いたいのはそんなことじゃなくて。

「……だいじょうぶですよね?」

 もしものことなんて起きないよね? クリア姫が泣くようなことは、何も。


 殿下は「ああ、心配ない」と即答した。

 ……私はかえって不安になった。

 だって、自分が暗殺者に狙われてるっていうのに、うなずき方が軽すぎる。この人、ちゃんとわかってるのかなあ?

「気をつけているから、だいじょうぶだ」

 殿下はのん気にさえ思える口調で、「むしろ周囲の心配しすぎに困っている」と言い出した。

「叔父上には、1日に最低3度、居場所を連絡しろと言われた」

 そのたびに伝令を飛ばすのでは部下が迷惑だと言っても、逆に「危機感が足りない」と責められたらしい。

「いくら何でも、神経質になりすぎだ」

とため息をつく殿下に、私は同意できなかった。


 だって、家族が命を狙われてると思ったら……。どんなに神経質になっても、足りないくらいが普通じゃない? 一見平然としている(ように見えるだけかもしれないけど)殿下の方がおかしいのでは。


 口には出さなかったのに、「何か言いたそうだな」と見抜かれてしまった。

「えーと、宰相閣下のお気持ちもわかるような……」

「…………」

 正直に答えると、殿下は無言で不満を表明した。


 1日に何度も居場所を知らせるのは確かに大変だと思う。でも、だったら出歩くのをやめたらどうなんだろ?


「どこか安全な場所に居るとか……」

「祭が終わるまで、ずっとか?」

「あと1ヶ月もないですよね?」


 そのくらい、我慢したら?


「叔父上と同じことを言うんだな」

 殿下の不満げな顔が、子供が拗ねたような表情に変わった。その顔のまま、早口で告げる。

「予告状が本物とは限らない。むしろ、ただの脅しという可能性の方が高い。それを恐れて閉じこもっていたら、相手の思うツボだ」


 まあ、そうかもね。一応理屈は通ってるけど。

 殿下って、基本正直な人だ。ぶっちゃけすぎなくらい何でも話してくれるし、多分、嘘もつかない。

 常識は通じないし、何を考えているのかもわかりにくいが、感情の動きそのものは慣れれば読みやすいかもしれない。

 本音は、兄殿下や宰相閣下が大変な時に、自分だけ安全な場所でじっとしているのが嫌なのではあるまいか。


「……何だ」

「ああ、いえ」

 本当のところはわからない。何にせよ、メイドごときがさかしらに口を出すべきじゃない。

 ただ、これだけは一言、申し上げておかなくては。

「今日はお1人で来られたんですか?」

 この状況で、護衛もつけずに。いくら城内とはいえ、不用心だと思う。


「護衛は居る。姿は見えないが、今も近くにひそんでいる」

 私はとっさに周囲を見回した。

 それって、クロサイト様が言ってた。

 気まぐれで、勤務態度に問題があって、雇い主の許可なく持ち場を離れる悪癖があるとかいう護衛?

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