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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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174 悪夢から覚めて

 翌日は、朝から頭痛がした。

 朝食の支度をしながら頭を抱えていたら、ダンビュラが足もとに寄ってきた。

「どうした? 何を唸ってんだ?」

「……夢見が悪かったもので」

と私は答えた。


 なぜ、あんな夢を――まるで過去を追体験するような夢を見たのか。

 理由はわかっている。

 あの黒衣の男と、騎士団長ラズワルドを重ねたりしたせいだ。

 両者の目が、まなざしが似ていると、そう思ってしまったからだ。


 これまで、騎士団長の噂は何度も耳にした。

 その非道な行いや人となりを。そうでなくても自分の雇い主と敵対する立場の人だし、あまり良いイメージは持っていなかった。

 が、所詮それらは伝聞知識。本を読むみたいなもので、実感を伴ってはいなかったようだ。


 今は足もとから震えが来るほど、本気で怖いと思っている。

 目的のためなら人の命を奪うくらい平気でやりそうだと、頭ではなく心で納得してしまったから。

 どうしよう。殿下にもしものことがあったら。クリア姫のささやかな幸せが、壊されてしまうことになったら――。


 朝食の後も、頭痛はおさまらず。

「具合が悪いのか? 無理はよくないのだ。仕事はいいから、休んでくれ」

と、クリア姫にもご心配をおかけする始末。

「平気です。このくらい、少し動けばすぐに治りますから」

「……動けば治るのかよ。休めば、じゃないのか?」

 小声で突っ込みを入れるダンビュラの横で、もう1度「無理はよくない」とクリア姫。

 私もまた「平気ですよ」と答えようとして、再び襲ってきた頭痛に顔をしかめた。


「今すぐ、部屋で休むのだ。ダン、手伝ってくれ」

 クリア姫とダンビュラ、2人がかりで背中を押され、自室に連行されて。

「すみません。2、3時間寝たら、ちゃんと起きてお昼を作りますから……」

「そんな心配はいいのだ」

 部屋の中に押し込まれた私は、そのままベッドに倒れた。


 ズキズキと痛む頭。閉じたまぶたの裏に、浮かんでは消える人の顔。

 カイト・リウス。騎士団長ラズワルド。夢に出てきた黒衣の男。なぜかケイン・レイテッドやティファニー嬢まで。


 熟睡はしなかった。

 ほんの30分くらい、横になっていただけのつもりだった。

 しかし、ハッと気がついて置き時計を見れば、正午を大きく回っていた。


 慌てて飛び起きて台所へ行くと。

「ああ、起きたのか」

 なぜかエプロン姿のカイヤ殿下に出迎えられた。

「……何してるんですか?」

 おそらく部屋着だろう、袖の長いハイネックのトップスと地味なズボンの上に、青いエプロンと三角巾を装着している。

 右手に持っているのは、私がお屋敷に来てから愛用しているおたま。持ち手の先端に黒猫の顔がついた、お気に入りのやつ。

 どう見てもお料理中の格好で、「食事を作っていた」とそのまんまな答え。


 リビングにはクリア姫とダンビュラ、2人の姿もあった。クリア姫はテーブルを囲む椅子のひとつに、ダンビュラはその足もとに座っている。

「エル、具合はどうだ?」

「顔色はよくなったな。だいじょうぶなんじゃねえか?」

 2人のセリフに続けてカイヤ殿下が、

「食欲はあるか?」

と聞いてくる。

 起きたばかりで、まだちょっと……と答えようとしたら、現金なもので。辺りにただようおいしそうな匂いに、胃袋の辺りが騒ぎ出す。

 今にも鳴りだしそうなお腹をすばやく押さえると、それを返事と受け取ったようだ。

「では、少し待て」

 そう言って、手ずから料理を取り分けてくれる。

「おまえの分は病人食を用意した」

 目の前に差し出されたのは、おいしそうな雑炊だった。卵の黄色や、鮮やかな緑の野菜が彩りよく散っている。


「これ、殿下が作ってくださったんですか?」

「そうだ」

「おいしそうですね……」

「味は悪くないと思うが、なぜそんな顔をする?」


 私はちょっと複雑な顔をしていたようだ。


 殿下がわりとお料理上手なことは知っている。昔、王妃様の離宮に居た頃、隣村の主婦たちに習ったという話も聞いている。

 とはいえ、メイドの寝起きに王族が手ずから食事を振る舞ってくれようとしたら、果たしてどんな顔をするのが正しいのか。

 私にはわからない。結果、複雑な顔にもなるだろうってなものだ。


「……いただきます」

 ひとまず空いた席に着き、料理に口をつけてみる。……温かい。

「おいしいです、とても」

「そうか、よかった」

 疲れた心と体にしみる味だった。子供の頃、家族が作ってくれた病人食を思い出す。

 居酒屋を生業なりわいとしている我が家の場合、家族はみんな料理ができる。だから作ってくれる人はその時々で違って、母だったり祖母だったり、祖父だったりした。数年前、季節の風邪をうっかり引き込んだ時には、弟が作ってくれたこともある。


「具合は良くなったのだな」

 つい雑炊をおかわりしてしまう私を見て、クリア姫も安心したようにほほえんでくれた。

「はい、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。午後からは普通に働きますから」

「だめだ。今日は1日休むのだ」

「そうだな。病み上がりに無理をしない方がいい」

 妹姫の言葉に同意しつつ、エプロンと三角巾を外し、いつもの暑苦しい外套を身につけるカイヤ殿下。

「もう帰るのか?」

 ダンビュラが声をかける。

「目的は果たしたからな」

 その目的というのは、今度こそ起きている妹姫の顔を見て、ちゃんと話をすること、だったらしい。


 テーブルの上にはお皿やティーカップの他に、色とりどりのリボンで飾られた小箱や紙袋が積まれている。

 その全てが、カイヤ殿下が久しぶりに会う妹姫のために持ってきたお土産だそうだ。

 中身はクッキーやチョコレート等のお菓子、新刊本や絵本、可愛らしい雑貨に人形、玩具やオルゴールなど、これを殿下が自分で買ったのか、それとも誰かに買いに行かせたのか、ちょっと気になる品揃えだった。


 それから、開封済みの手紙が1通、テーブルの上に置いてある。

 白地にバラの花が描かれた乙女チックな封筒は、兄殿下から妹姫へのお手紙ではなく、「クリスタリア・クォーツ姫殿下」宛てに、お城に届いたもので。

 差出人は「マーガレット・ギベオン」。五大家のひとつ、ギベオン家のお嬢様だ。


「もしかして……」

 名前を聞いて、思い当たることがあった。

 先日、レイテッドの別邸で会ったティファニー嬢が話していたこと。

「チャリティーバザーへのお誘いですか? お祭の時、外務卿夫人が主催するっていう」

「どうしてわかったのだ?」

 クリア姫が目を丸くする。

「えーと、それはですね。話すと長いのですが」

「だったら、後にしてくれ」

 話を遮るダンビュラ。まるで非難するような目を殿下に向けて、

「それより、帰る前にちゃんと言っていけよ。結局、嬢ちゃんが行ってもいいのか? ダメなのか?」

 一瞬、殿下が答えをためらうのがわかった。

「……ダメということはない。催し自体は以前からあるものだ。別に怪しいものではない」

「ってことは、行ってもいいんだな?」

「ああ。叔母上やエンジェラも参加するはずだ。興味があるなら、2人と行けばいい」

 念押しされて、今度はためらわずにうなずく。ただ、その目はどこか迷いを残したままで。

「それでは、またな」

「はい、兄様。……お気をつけて」

 私はようやく違和感に気づいた。

 何だか様子が変なのだ。一見普通に言葉を交わしているように見えて、兄と妹は目を合わせようとしないし、ダンビュラはしかめ面をしている。


「何かあったんですか?」

 殿下を玄関まで送って行きがてら、尋ねてみると。

「――」

 殿下はその場で答えを口にしかけ、思い直したようにじっと私の顔を見つめてきた。

 吸い込まれそうな黒い瞳で、しかもとびきり美しい顔で、人の顔をガン見するなと何度も忠告しているのに。

「エル・ジェイド。少し散歩でもしないか」

 さらに、そんな誤解を招くようなセリフまで。

「え?」

 一瞬どきっとしたが、よく聞いてみれば、先日のカイト・リウスとの面会について、クリア姫とダンビュラの居ない場所でくわしく聞きたいとのことだった。

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