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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
174/410

173 あの日

 それは唐突で、悪夢のような出来事だった。

 ――7年前。私の平穏な日常が、突如終わりを迎えた日。

 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている――というのは嘘で、実際はよく思い出せないことの方が多い。それこそ悪い夢でも見たように、記憶は曖昧だ。


 確か夕食の支度を手伝っていて、それができる頃になっても戻ってこない弟を探して、家を出たのだと思う。

 弟は当時7歳。体が弱く、そのくせ生意気で鼻っ柱が強く、村の子供たちとはなじもうとせず、いつも1人で本ばかり読んでいた。

 大抵は、家の裏手にある大きな木の下で。

 夢中になりすぎて時間を忘れることも多かったから、その日もきっとそこに居るだろうと思ったのだ。


 予想通り、弟は居た。

 予想と違ったのは、1人ではなかったことだ。

 知らない男が居た。

 ぐったりと気を失っているらしい私の弟を、まるで荷物でも引きずるみたいに片手でぶら下げて。

 これといって目立つ所のない地味な旅装束を着て、目深にフードを下ろし、マスクをつけていた。おかげで顔がほとんど見えなかったが、その目付きだけは覚えている。


 忘れようもない。あんな冷たい目をした人間を、私はそれまで見たことがなかった。

 人と、人でなしの境界線を超えてしまったような目。

 淡々と、冷静に、人の命を奪うことができる。そんな人間だけが持つ、無慈悲なまなざし。


 その目が、自分を見ていた。

 私は、蛇ににらまれたカエルよろしくその場を動けず、言葉を発することもできなかった。


 男は言った。――シムの娘だな、と。

 シム・ジェイドというのが私の父の名だ。「ジェイド」は母方の姓である。父は家名を持たなかった。貧しい家の生まれで、もともと姓などなかったと家族には話していた。


 ――あいつが戻ってきたら伝えろ。息子は俺が預かっておくが――。


 男が何を言ったか。……私の父に、何を伝えろと命じたのか。

 私は覚えていない。歯がゆいことに、いくら考えても思い出せない。


 ――息子は俺が預かっておくが――。


 リフレインする、男の声を聞きながら。私はそっと足もとの石を拾い上げ――。

 男の顔面めがけて、思いっきり投げつけた。

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