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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
171/410

170 青い花

 目を白黒させている文官の男性を横目に見つつ、私はカイト・リウスから離れて、一緒にやってきた警官たちの方に近づいた。

 その中に、知った顔が居たからだ。今はカイヤ殿下と話している、10代半ばの少年。こちらに気づくと、ぱっと顔を輝かせる。


「姐さん、久しぶりー」

「久しぶり、元気だった?」

「もちろん。元気、元気」


 カルサである。王都に来て以来、なぜか縁あってちょくちょく会っている少年警官だ。

 今日は密売事件で手柄を挙げた警官が表彰される。実行犯を捕らえたカルサとニックも、当然来ているだろうと思っていた。たとえ謝罪の必要はないと言われても、一応2人にも謝っておこうと思ったのだが。


「ニックさんは?」

 事件解決の功労者なのに、姿が見えない。

「先輩? またご隠居に追い出されちゃったよ」

「……なんで」

 お手柄を挙げて、復職を認められたんじゃないの? なのに、また追い出されたって。

 やっぱり、私をかばったりしたからか。仲の悪い騎士団に手柄を譲ってしまったことが問題にされて……。

「違うよ。ご隠居、怒ってなかったし。むしろほめてたし。よくぞ殿下のお役に立ったな、おまえたちにしては上出来だって」

 だったら、なんで?


「えっとね。出がけにゴネたから。今日は王様から『おほめの言葉』と『ご褒美』がもらえるらしいんだけど、おっさんにほめられても嬉しくないじゃん? だから、先輩さあ」


 宴の時に見かけた美しい姫君( フローラ姫のことらしい)にお言葉をいただきたい、褒美など姫君の口づけで構わないと。

 そう言ったせいで、ジャスパー・リウスの逆鱗に触れた。


 ……馬鹿だ。でも、追い出されるほどのこと?


 すると、横で話を聞いていたカイヤ殿下が口をひらいた。


「仮にフローラが親父殿の名代をすることにでもなれば、それは後継者として認められたようなものだな」


 警官隊は民間の組織だ。王様の後継問題と、直接の関わりはない。

 しかしジャスパー・リウスは王族の剣術指南役を務めたこともあり、昔、ハウライト殿下とカイヤ殿下を自邸に匿っていたこともあり、今も懇意にしている。

 付け加えると、フローラ姫を王位に推すラズワルド率いる騎士団と、警官隊は犬猿の仲だ。水と油の関係だ。

 そりゃ怒るわと、私は結論づけた。


 おそらく、いや確実に、ニックには政治的な意図などない。おっさんよりも美人の方がいいと、単純に思っただけなのだろう。

 やっぱり、馬鹿だ。ちょっと気の毒な気もするが、どうしようもない。


「ねえねえ、そんなことよりもさあ、姐さん――」

 カルサは周囲の警官たちを目だけで見回して、「話があるんだ。ちょっと、こっち来て」

「何? 話って」

「だから、こっち」

 くいくい、私の袖を引く。なぜか2人きりで話がしたいようだ。

「ちょっと、何なの? 今じゃなきゃだめなの?」

 これから、カイト・リウスと話が――でも、まだ文官の人に向かって、すごい勢いで何かしゃべってるな。

「すぐだから。時間とらせないから」

 珍しく真面目な顔で頼まれて、私はどうしましょうかと殿下に尋ねた。

「そうだな。少し話すくらいの時間はあるだろう」

 殿下はすぐにうなずいたものの、

「しかし、何の用だ?」

とカルサを見た。

「殿下には全然関係ない話」

「…………。そうか」

 他に言い方はないのか、カルサよ。「無礼」という単語は、おまえの辞書に載っていないのか。

 殿下は殿下だから怒りはしなかったけど、さすがにちょっと微妙な顔をしてるぞ。


 ともかく私は、カルサと共に中庭に下りた。

 さっき回廊から眺めたのとは別の庭。でも、見た目はよく似た庭。

 赤い花、青い花、黄色い花。

 季節の花々が風に揺れている。夏の暑さの中でも、みずみずしさを失うことなく。きっと、腕のいい庭師が世話してるんだろう。時間があったら、ゆっくり眺めたいところだけど。


 カルサは花には目もくれず、すたすた歩いていく。かと思えば急に足を止めてこちらを振り向き、

「あのさ、姐さん。今度、一緒にお祭りに行かない?」

 前置きも何もなく、話を切り出してきた。

「は?」

 少し前におっさんに誘われた、嫌な記憶が蘇る。

 しかしカルサは王様と違ってふざけている様子もなく、

「だから、お祭り。青い石とか用意してないけど、だめ?」

 中庭に咲いている花の中から、小さな青い花を一輪つんで、

「だったら、これ。代わりに」

と差し出してくる。


 王宮の花を勝手にむしるんじゃない、というツッコミすら思い浮かばなかった。

 予想外の出来事に、思考が停止してしまう私。

「姐さん、聞いてるー?」

 カルサが顔の前で手を振っている。

「聞いてる、けど……」


 これは、あれか。

 もしかしなくても、デートの誘いなのか。

 それともカルサのことだし、単に「遊びに行こう」的なノリ?


 ……わからない。どっちだ。


 硬直した私を、カルサは小首を傾げて、しばし眺めていた。


 風が吹いて、花々が揺れる。

 どこか遠くから小鳥の鳴き声がする。

 静かに時が流れる王宮の中庭で、私は固まったまま、いつまでも動けない。


「別に、今すぐ返事しなくてもいいよ?」

 やがて、カルサはそう言った。待つことに飽きたのか、あまり時間がないと気づいたからか。

「次会う時までに考えといてね。そのうち、また顔見せるからさ」

 勝手に決めて、くるりと身を翻す。

「じゃ、戻ろう。総隊長が待ってる」

「ちょっと……!」

 呼び止めても、カルサは振り返らなかった。

 弾むような、しかし意外にすばやい足取りで、来た道を駆け戻っていく。

 残された私の手には、受け取った覚えもない一輪の花――。

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