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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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169 カイト・リウス

 警官隊の総隊長カイト・リウスは、「厳格」の二文字を体現したかのような人物だった。

 年齢は70歳と聞いているが、10歳は若く見える。

 銀髪をオールバックにした老紳士で、やせ型で、警官っていうよりはエリート官僚みたいな感じ。

 しかしその細い肉体は、鋼のように鋭く鍛え上げられている。

 あたかも、研ぎ澄まされた刀身のごとく。

 目付きも鋭く、きりりとした眉はくっきりと太く、猛禽もうきんじみた迫力があった。


「はじめまして。エル・ジェイドくんだね」


 殿下に紹介されてすぐ、握手を求められた。……かなり痛かった。

 なぜか、穴が開くほど見つめられた。……私はひどく居心地が悪くなった。

 仮にやましいことがなかったとしても、やましい気分にさせられる視線だ。そして今の私には、大いにやましいことがある。


「申し訳ありませんでした!」

 勢いよく頭を下げると、カイト・リウスは「何の謝罪かね」と眉をひそめた。

「私のせいで、騎士団と揉め事になって、待ち伏せされて、一触即発に――」

「少し待ちたまえ」

 カイト・リウスは、騒ぐ私を一言で黙らせると、

「君が言っているのは、不肖の部下が捕らえた密売犯の身柄を、上司の許可なく騎士団に譲り渡した件かね? 代わりに、君が騎士団に取り調べを受けなくてもすむよう取引した、とかいう?」

 よどみなくなめらかな口調で、事実をまとめて見せる。


「そうです、あの……。本当に、ご迷惑をおかけして……」

 もう1度深く頭を下げようとすると、「謝罪の必要はない」と止められた。

「警官隊としては、君に迷惑をかけられたという認識はない」

「で、でも。私のせいで、騎士団と揉め事になって、待ち伏せされて、一触即発に――」

「確かに、城門で待ち受けていた騎士たちに吠えかかられはしたな」

 が、そんなことは大した問題ではないとカイト・リウスは言い切った。

「騎士団が難癖つけてくるのはいつものことだ。日常だ。いちいち問題にするほどのことではない。……まあ、多少煩わしくはあったので、二言三言、言い返してはおいたが……」

 なんか、やっぱり怒ってない? 声がイライラしてる。


「あの、本当に。私のせいで、ご迷惑を……」

 三度目の謝罪は、途中ですっぱり遮られた。

「君のせいではない。くどいようだが、謝罪の必要もない」

 カイト・リウスは、制服の内ポケットから懐中時計を取り出し、ちらりと確認して、

「……あまり時間がないので、手短に説明させてもらうが」

 そして、とても「手短」とは言えない話をものすごい早口で始めた。


 今回の密売事件、薬を国内に持ち込んだのはとある劇団で、主犯はエマ・クォーツ。……ということになっている。

 エマは「淑女の宴」で倒れ、一命は取り留めたものの、取り調べは困難な状態だ。なので、くわしいことは回復待ちなのだが、それはさておき。


 密売に関与した貴族家は、他にも複数あることがわかっている。

 かつて私をサギにかけたセイレス家もそうだ。

 数代前の宰相を輩出したこともあるという名門貴族。そんな家が、なんで薬の密売なんぞに手を染めたのか――といったら、理由は借金である。


 セイレス家は、雇ったメイドをサギにかけて売り飛ばそうとするくらい、経済的に困窮していた。

 今現在の王都では、そういう家が珍しくない。

 社会の変化に対応しきれず、傾いてしまった家。たとえばアゲート商会のような金融業者に借金をして困っている家が、密売の話をどこかで耳にしたら。

 一儲けしようと企む者が居たとしてもおかしくはない。


 そして騎士団長ラズワルドに味方し、フローラ姫を王位に推す派閥の中には、実は「経済的に困窮している家」が少なくなかったりする。

 かつて、宰相閣下も仰っていた。「フローラ派」を名乗っているのは、実は借金まみれの貴族たちだと。

 戦中の混乱や、戦後の改革によって没落した家を守るため、やむを得ず味方している者たちが大半だ、と。


 そうした貴族の中に、今回の事件に関与した者が、果たして居なかったのか。

 騎士団としては、そこを警官隊に調べられたくない。だからあれこれと難癖をつけて、事件に関わらせまいとする。

 また、政敵であるカイヤ殿下や宰相閣下に調べられても困る。悪いのはあくまでエマ・クォーツだけ、ということにしておきたい。


「淑女の宴」で怪しい動きをしていた私は、そんな彼らにとって、飛んで火に入る夏の虫というか、ある意味、都合のいい存在だった。

 私がカイヤ殿下の雇ったメイドだからだ。捕まえて取り調べ、適当な罪を着せることができれば。

 もしくは、「逮捕するぞ」と脅すだけでもいい。

 怪しいのはお互い様。そっちが痛い腹を探るつもりなら、こっちも容赦しないぞという牽制けんせいになる。


「そういうことだ。理解できたかね」

「は、はあ……?」

 すみません。いっぺんに聞いたので、何が何だか。

「つまり、騎士団が君の事情聴取を求めたのは、事件解決のためではない。自分たちのためだ、ということだよ」

 ……よくわからない。頭がついていかない。


「今すぐ理解するのが難しいなら、ひとつだけ覚えておくといい」


 私が謝罪すべきは、警官隊ではなく、むしろカイヤ殿下だろうとカイト・リウスは言った。


「メイドの君が軽率な振る舞いをすれば、敵に付け入る隙を与えることになる。以後は十分、行いに気をつけることだ」


 カイト・リウスの声は静かだったが、腹の底に響くような重みがあった。

 思わず「はいいっ!!」と叫んで直立不動の姿勢をとる私に、「わかればいい」とつぶやくカイト・リウス。


「それよりも、本題に入るとしよう。私が君を呼び出したのは――」


 と、話が始まろうとした時。

「失礼。少々よろしいでしょうか?」

 お城の文官らしき人が話しかけてきた。30代くらいの真面目そうな男性で、顔には眼鏡をかけている。

「式の出席者の件です。急遽きゅうきょ、人数が減ったと報告を受けていますが?」

「ああ、その件か」

 カイト・リウスは再び懐中時計に視線を落とし、

「時間がない。手短に説明しよう」

 そしてまた、手短とは言えない量の言葉を、怒濤どとうの勢いで紡ぎ始めた。

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