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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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168 柱の陰から

 ううむ、困った。

 警官隊と騎士団の間で、そんなややこしい事態になっていたとは。

 もしや、カイト・リウスがわざわざ呼び出したのは、揉め事の発端となった私に文句を言うため、とか?

 だとしたら謝ろう。誠心誠意、謝罪しよう。


 廊下の片隅で1人、ぶつぶつ言っている私を、たまに通り過ぎる兵士や使用人が怪訝な顔で見やる。

 ちなみにそこは、中庭に面した回廊だった。手入れの行き届いた美しい庭をぐるりと囲むように、廊下がのびている。

 赤い花、青い花、黄色い花。

 風に揺れる季節の花々を眺めつつ、殿下が戻ってくるのを待っていると。


「エルちゃん、エルちゃん」


 誰かが、私の名を呼んだ。

 聞き覚えのある、男の声だった。


「ちょっと、ねえ。こっち」


 私は周囲を見回し、そして柱の陰にこそこそ隠れている人物を発見した。


 多分、正装なんだと思う。今まで見た中で1番見事な、格調高い衣装を着て、裾を引きずりそうなくらい長くて分厚いマントを身につけ、王冠もかぶっている。

 ファーデン国王陛下だった。

 長身で体格もよく、衣装に負けない堂々たる風格をただよわせながら、なぜか柱の陰に隠れるという行為には違和感を禁じ得ない。


「……何やってるんですか」

「出番待ちだよ。もうすぐ表彰式だから」


 じゃなくて、なんで柱の陰に居るのかを聞いてるんだってば。


「君と話したくて」


 ものすっごく、うさんくさい。


「うーん、その冷たい視線、いいなあ。クセになりそう」

「……用がないなら、どこかに行ってくれませんか」

 本当はこっちが立ち去りたいところだが、殿下を待ってなきゃならないし。

「用はあるよ。大事な用」

 王様はごほんと咳払いして、

「もうすぐお祭りだねえ。一緒に行く相手は居るの? もしよかったら、私と――」

「…………」

 私が冷たい視線をより冷たくすると、王様は慌てたように「今のは冗談、ここからが本題」と言った。


「君に預けた指輪。ほら、前に会った時、頼んだやつ。あれ、クリアちゃんに渡してくれた?」

 問われて、私は沈黙した。


 前に預かった指輪? そんなのあった?


「忘れちゃったの? 『魔女の宴』の時だよ。池のほとりで、君とデートしてさあ」

 このおっさんとデートしたことなどない。預かり物をした覚えもない。

「青い石の指輪だよ。ほら、このくらいのケースに入れてさ」

 王様は身振り手振りつきで説明する。


 魔女の宴……、池のほとり……、青い石の指輪……。


「ああ」

 ようやく、思い出した。

 庭園にある三日月形の池のそばで、本を読んでいた時のことだ。突然現れた王様が、「クリアちゃんに」と指輪を置いていって――。


 ……それから、どうしたっけ?


 確か、ダンビュラと相談して。

 控えめに言っても放任主義、遠慮も容赦もなく言えば父親失格の王様が、いきなり娘にプレゼントなんておかしい、何かある、と怪しんで。


「埋めたか、池に沈めた……?」

「うわ、ひっど」


 王様は大げさにのけぞってショックを受けたポーズ。


 ……や、違う。

 あの指輪は確か、ハウライト殿下に渡した。

 怪しい物ではないか、念のため確認するって。このことはクリア姫にもカイヤ殿下にも言うなと口止めされて、私にも忘れるようにって。……そして今の今まで、本気で忘れていたのだ。


「エルちゃん? どうしたの?」


 とはいえ、それを王様に言ってもいいのかな。

 ハウライト殿下からはあの後、何の連絡もない。

 クリア姫に指輪を渡すべきだと判断したなら、とっくに持ってきているはずなのに。そうしていないのだから、つまりは逆の判断をしたってことだ。


 理由はわからない。

 でも、目の前の王様を信じるか、ハウライト殿下を信じるかと聞かれたら、答えは考えるまでもなく。


「何でもありません。指輪のことは――忘れました」


 そう言ってから、仮にも国王陛下に頼まれた物を忘れたというのは、不敬罪に当たるかな、と思った。

 王様の反応を伺う。彼は怒るでもなく、しげしげと私を見つめていた。


「ひょっとして、ハウルあたりに取り上げられちゃったかな?」

 いきなり、真相を見抜いてきた。

「やれやれ。あいつは親心ってものがわからないんだよねえ」

 誰の親心? まさか自分の、なんてずうずうしいことは言わないよね?

「あの指輪は、全然怪しい物なんかじゃないよ」

と、この人が言うと、かえって怪しい。

「本当だってば。あれはね、お守り。邪悪な呪いから身を守ってくれるものだよ」

「……のろい?」

「そう、呪い」

 聞き間違いかと思ったら、王様は真顔でうなずいている。

 意外にオカルトとか、信じる方なのかな。全然似合わない。


「や、別にオカルト趣味なわけじゃなくてね。そういう話は、昔から王家につきものなんだよ。うちの国ではそうでもないけどさ。呪術のさかんな国では、王族の肖像画を描いただけでも死刑になったりするし。なんでかわかる?」


 人の姿をそっくり写しとった肖像画は、相手を呪うための道具になるから、なんだそうだ。

 呪術による暗殺――。

 正直、そんなことが可能なのかと疑ってしまうけど、王様は真顔で語っている。


「そういう危険と隣り合わせだから、王族はみんな子供の頃から呪術の勉強をして、対抗策とか、きっちり学ぶわけ。守り石を持ち歩くのもそのひとつ」


 と、そこまではわりと真面目に耳を傾けていた私だったのだが、


「カイヤが子供の頃にも同じ指輪をあげたんだよ。あいつは今でも大事に持ってるはず」


 寝言としか思えないセリフに、聞く気が失せた。

 王様からもらった指輪なんて、それこそ埋めるか池に沈めるかしてそうだ。質屋に持っていくって選択肢は……殿下にはないか。


「疑うなら、カイヤに聞いてみればいいよ」


 聞かない。嘘に決まってる。賭けてもいい。


「じゃ、そういうことで、またー」


 そういうことって、何が。

 意味不明な発言を残し、ひらひらと手を振りながら去っていく王様。


 何だったんだ、結局。

 基本的にいいかげんな人だから、深い意味はないのかもしれないけど。念のため、後で殿下に相談――。


 でも、そしたらハウライト殿下に口止めされた件についても話さなきゃならなくなる。

 ハウライト殿下に報告する? ……無理。そんな気楽に連絡を取れる相手じゃない。

 機会があったらお話しするとして、今はひとまず自分の胸ひとつにおさめておこう。

 そう決めて、私は再びこの件を忘却した。

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