167 表彰式の前に
翌日、約束通りに迎えに現れたカイヤ殿下に連れられて、私はお城の中を歩いていた。
広い回廊。高い天井。当たり前みたいに飾られている、高そうな美術品。たまにすれ違う、立派な身なりの人たち。
お城の中である。
ここで働き始めて、既に3ヶ月あまりが経過しようとしている。
ちょっとくらいは慣れたかといったら、全然、そんなことはない。宴とか特別な時を除けば、クリア姫のお屋敷がある庭園から出ることもないし。
今だって、殿下の案内がなければ、即座に道に迷ってしまうだろう。
私にとって、お城はいまだ別世界だ。それは今後とも変わらない気がする。
「最高司祭のクンツァイトか……」
並んで歩きながら、私は「魔女の憩い亭」の調査のことを殿下に相談した。
どうやら父の雇い主だったらしいクンツァイトのことを、調べてもらってもいいかどうか。
殿下は「特に問題はない」とあっさり言った。
「『憩い亭』の調査力は信用できる。相手に気取られるような真似もしないだろう」
そうは言っても、万が一ってことがある。もしもクンツァイトにバレて、難癖つけられでもしたら。
「その時はその時だ」
……多分、そう言うだろうなとは思っていた。
あまりに軽いようだが、事の重大性をわかっていないようでもあるが――この人の場合は多分そうじゃない。セドニスも言っていたように、問題が起きたら、それを引き受ける覚悟があるんだろう。
何の義理もない、メイド風情のために。正直、とてもありがたいと思う。
同時に、申し訳ないとも思う。
そこまでしてもらっても、一庶民の私には大したお礼もできない。お返しに何か、役に立つことができればいいのだが……。
王族の殿下に、メイドの私ができること。
差し当たって思いつくのは、例の「同居問題」。兄殿下との同居を拒む理由をクリア姫から聞き出すことができれば、大いに役立つはずだ。
――聞き出すことができれば。
大好きな兄殿下にも打ち明けられない事情を、どうやって話してもらうのか。
考えても、方法は浮かばなかった。まずは地道に信頼関係を築くことか――。
無意識にため息をついた時、硬い靴音が前方から近づいてきた。
「殿下」
近衛騎士の制服をまとった青年がやってくる。何やら焦った様子で、「たった今、警官隊が城に到着したのですが――」
「何かあったのか?」
「は。待ち受けていた騎士団の者たちと言い争いに」
その言葉を聞くや、殿下は何とも言えない表情になった。
「やはり、か……」
騎士団? 騎士団が警官隊を待ち受けていた?
「どういうことですか?」
「…………」
私の問いに、殿下はしばし迷ってから口をひらいた。
「今日はこれから、先日の事件で手柄を挙げた者たちが表彰される」
うん。それはきのう聞いた。
「……が、騎士団は警官隊の手柄を認めていない。事件を解決したのは、あくまで騎士団だと主張している」
は? 何言ってるの? 密売犯を捕まえたのは、警官隊のニックとカルサで……。
「あ」
唐突に、私は思い出した。
そうだ。逃げようとした犯人を捕まえたのは確かにニックたちだけど、その後、騎士団に引き渡したんだった。
なぜそんなことをしたかといえば、他ならぬ私のせいである。色々あって騎士団に怪しまれてしまった私をかばう代わりに、手柄を譲ったのだ。
と言っても、全部の手柄を譲ったわけではなくて、事件の証拠となる裏帳簿は渡さなかった。
だから、今回の事件。犯人を捕まえたのは騎士団で、証拠を見つけたのは警官隊、ということになるのかな?
「表向きはそうなっている」
と殿下。
が。実際に犯人を捕らえたのは警官隊だ。騎士団としてはおもしろくない。
手柄を譲ると恩に着せつつ、肝心の証拠は渡さなかったことも、だまされたようで不愉快だ。一言、文句を言ってやらねば気がすまない。
そんなわけで警官隊の到着を待ち受けていた一部の騎士たちと、城に来た警官隊が言い争いに。
「それって、つまり……」
私のせいで、両者が揉めているということなのでは。
「いや、違う。そうではない」
もともと警官隊と騎士団は仲が悪い。同じ事件に関わることになった時点で、揉めるのは必定。私の件はただのきっかけに過ぎない、と殿下は言い切った。
それよりも、と近衛騎士の若者を見やり、
「様子はどうだった? 放っておいても争いは収まりそうか?」
若者は深刻な表情で首を振った。
「いえ。一触即発、と呼ぶべき状況だったかと」
「止めに行く」
と殿下は即決した。「おまえはここで待っていてくれ」
そう言い残し、早足で行ってしまう。近衛騎士の青年もついていってしまったため、私は1人になった。




