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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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166 気が重い隠し事2

 カイヤ殿下がようやくお屋敷に姿を見せたのは、それから3日もたってからのことだった。

 時刻は夜の11時過ぎで、クリア姫は1時間以上も前にお休みになっている。

 私も、いつもなら寝ている時刻なのだが、たまたま読書をしていて、ベッドに入るのが遅くなった。

 そういえば、ちゃんと玄関の鍵はかけたっけ――と確認に行って、そこでばったり殿下と会ったのだ。

「エル・ジェイド」

 私の名を呼び、ホッとした表情を浮かべる。

「よかった、まだ起きていてくれたか」

 その手には、先の尖った工具のようなもの。

 半開きになった玄関ドアに片手を差し入れ、二重にかけたチェーンを外そうとしている。

 ……突っ込みどころ満載の光景に、私はどうしたものかと考え込んでしまった。


「時間も時間だ。おそらく寝ているだろう、起こしては悪いと」

 自力で、お屋敷に入ろうとしたわけですね。殿下はお屋敷の鍵を持っているはずだけど、チェーンの方は鍵では外せないから。

 まるで泥棒みたいですよ、と敢えて突っ込むことはせず。

「クリア姫はもうお休みですよ」

とだけ、私は言った。

「わかっている。昼間はどうしても時間がとれなくてな」

「こんな時間に、何の御用ですか?」

 言いつつ、チェーンを外し、殿下を迎え入れる。

「ありがとう」

 玄関ホールに姿を現した私の雇い主は、黒い短髪に同色の瞳、わりと背が高くて細身でしゅっとした、思わず見惚れるような絶世の美男子だった。


 たとえ、その身にまとっているのが季節にそぐわない真っ黒な外套でも。

 泥棒がピッキングに使うような工具を片手に持ったままでも。

 怪しさより美しさがきわだつ。さすが、「未婚の王族の中で最も美しい」と認められ、名誉あるお役目を任され、隣国の王太子がわざわざ見物に来ようとしているだけはある。


「おまえに伝えておきたいことがあってな。できれば、今日のうちに」

 ピッキング道具を外套の中にしまいながら、殿下は早口で言った。「明日、警官隊の者たちが城に来る。その時、おまえに――」

 私は殿下の話にストップをかけた。

「あの、まずは上がってください。何かお飲み物でも淹れますから」

 こんな場所で、立ち話もないだろう。私も、「憩い亭」の依頼の件とか、レイテッドの別邸に行ったこととか、殿下に話したいし。


 しかし殿下は、「すまん、時間がなくてな。すぐに戻らなければならない」

「って、こんな時間まで仕事ですか?」

 さすがにどうなの、それは。いそがしいにも限度ってものがあるだろうに。


「ちゃんと休んでますか? なんか顔色悪いですよ?」

「確かに、多少疲れているかもしれん」

と本人も認めた。

「だからこそ、こんな刻限にも関わらず来てしまったのかもしれん。せめて一目、クリアの顔が見たかった」

 つまり、殿下もクリア姫に癒してほしかったと。


「……もしかしたら、まだ起きているかも」

 私の言葉に、「そうか」とうなずいて、妹姫の部屋に向かう殿下。程なく、「寝ていた」と言って戻ってきた。

 後からダンビュラがくっついてきた。

「明かりも持たずに入ってくるなよ。怪しい奴かと思ったじゃねえか」

 彼は鼻が利くので、相手が殿下だってことくらい、暗闇でもわかったんじゃないかと思うが。殿下は「すまん」と謝っている。「クリアを起こしたくなくてな」

「やっぱり、寝ちゃってましたか……」

「ああ。だが、寝顔だけでも見ることができてよかった」

 微妙に気恥ずかしいセリフを、照れることもなく口にしてから。

 殿下は先程の続きを話し始めた。すなわち、深夜の訪問に到ったわけを。


「明日、城で表彰式が行われる。先日の事件で手柄を挙げた警官たちを、国王自らねぎらうのが目的だ」


 王国にご禁制の薬が出回りかけた、例の密売事件。

 国民の命と健康が脅かされ、王都が大混乱していたかもしれない――そんな事態を未然に防いだとして、国王陛下直々におほめの言葉と勲章が贈られるんだそうだ。


「その時に、少し時間を作って来てくれないか。カイト・リウスがおまえに会いたいと言っている」

 どちらさまでしたっけ。姓が「リウス」ってことは、ユナやジャスパー・リウスの身内?

「警官隊の総隊長、つまり現職のトップだ。ジャスパー・リウスの息子で、ユナの祖父。付け加えると、クロサイトの伯父に当たる人物だ」

 そんな人が、私に? いったい何の用で。

「用件は俺も知らん」

 いや、知らんて、殿下。

「今日になって手紙が届いてな。とにかく直接会って話したい、用件はその時に、と」

「なんだ、何かヤバイことでもやらかしたのか?」

 ダンビュラがおもしろそうに瞳を輝かせる。

 しかし私には心当たりがない。警官隊の偉い人が直接会いたがる理由なんてわからないし、もちろんヤバイこともしていない。


「まずは本人に会って聞いてみてくれ」

と、殿下はアバウトなことを言った。

「間違いなく信用できる人物だ。俺も子供の頃から世話になってきた。無理を言って悪いが、彼と会うことでおまえに不利益が生じるということは絶対にない」

「……はあ。わかりました」

 雇い主がそこまで言うのなら。


「明日、迎えに来る。時間は――」

 具体的な予定を告げてから、慌ただしく出て行こうとして、その直前で殿下は足を止めた。

「そういえば、おまえも俺に話したいことがあると言ったな」

「あー、それは……」

 私は、横に居る山猫もどきをちらりと見た。密偵だった父を探していることや「魔女の憩い亭」の依頼の件は、ダンビュラにも話していない。

「えと、急ぎではないので、またお時間がある時にでも」

 殿下もその視線の意味は察したらしく、「では、明日」と玄関から出ていった。


「……行っちゃいましたね」

 ダンビュラの返事はない。視線を下げると、いかにも疑わしげなまなこが私を待ち受けていた。

「何を隠してる?」

 遠慮も何もない、ストレートな質問が来た。


 少なからず非難のこもった目を向けられて――ダンビュラはもともと目付きが悪いから、そういう風に見えただけかもしれないけど――とっさに言い訳の言葉が口をついて出た。


「別に隠してたわけじゃなくて、姫様とダンビュラさんには話してなかっただけで」

 どう違うんだと突っ込まれる前に、私は急ぎ先を続けた。

 話さなかったのは、それが個人的な事情だからだ。2人を信用していないとかじゃない。ダンビュラはともかく、幼いクリア姫に聞かせるには、物騒な話でもあることだし。


 と、そこまで語ったところで、ダンビュラが待ったをかけた。

「嬢ちゃんに話せないっていうなら、俺も聞かねえよ」

 それはつまり、クリア姫に秘密は作れないということ?

「ああ」

 そう言われては、無理に聞いてもらうわけにもいかず。口をつぐむ私を、ダンビュラはまた透かすように見て、

「ただ、な。ちょっとやそっとの話じゃ、嬢ちゃんは驚かねえぞ。ああ見えて、色々やっかいなもんを背負ってるんだ。あんたが思ってるほど、嬢ちゃんは弱かねえ」


 見た目が幼いからといって、子供扱いするなと。

 そう言い残して、ダンビュラは去った。

 つい3日前と同じように、1人取り残されて。

 私は少なからず申し訳ない気持ちになった。


 隠し事なんてしなければ、こんな気持ちにはならなくてすむ。それはわかってるけど。

「色々やっかいなものを背負っている」クリア姫に、この上やっかいな話を、しかも自分の個人的な事情について聞かせるのは、やはり気が進まない。


 ……でも、さっきのダンビュラの目つき。思い出すとモヤモヤする。


 私が間違ってるんだろうか? ちゃんとクリア姫にも事情を打ち明けるべきなんだろうか――。

 胸の内でつぶやいてみても、答えは返ってこなかった。

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