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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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164 呉越同舟のお茶会

 すごく今更だけど、このお屋敷の中は全然、暑くない。

 天井が高いせいか。空調が優れているのか。それが金持ちのお屋敷ってものなのか。

 窓から入ってくるそよ風が心地よく、快適で。

 出されたお茶とお菓子は至極上等。これでテーブルを囲むメンツが違えば……。きっと、夢のように優雅な午後だったろうに。


 ティーカップにさわる気にもなれない私の横で、ジェーンは平然と紅茶を口に運んでいる。

 まあ、この人には毒とか効かなそうだよね。虎とか熊でも倒せるくらいの量を盛らなきゃ。


「そういえば、奥方はお留守るすですか」

 ふと思いついた、という風に口にするジェーン。

 ケインの奥方。名門貴族レイテッド家の次女、レイシャ・レイテッド。スタイル抜群の妖艶な美女で、ちょっぴり毒婦な人。


「レイシャなら、外務卿がいむきょう夫人のサロンに出かけてるよ」

 ケインはオレンジの香りがするクッキーをつまみながら答えた。

「もうすぐ、祭だからさ」

 意味がわからない。祭だから何だというのか。

 頭の上に疑問符を浮かべている私を見て、ケインは小馬鹿にしたように笑みを浮かべた。

「つまり、浮かれ騒ぐだけが祭じゃないってこと」

 やっぱり、意味がわからん。


 ケインに聞くのはあきらめて、私は隣に座っているティファニー嬢を見た。彼は優雅な手つきでスコーンにジャムを塗りつつ、

「あなた、『王都の聖女』は知ってる?」

 知ってます。噂だけなら。

「確か施療院の……」

「そう、責任者ね。外務卿夫人っていうのは、彼女の支援者なのよ。年はだいぶ離れてるけど、親友同士なの」


 貧しい人が、安価または無償で医療を受けることができる「施療院」。

「王都の聖女」は、その施療院で長年、働いてきたという王族の女性だ。

 ケインの言う「外務卿夫人」は、そんな彼女と共に社会奉仕活動――特に傷病兵や戦災孤児の支援を行っている人物だそうで。

 とても信心深く、自宅に白い魔女を祀る礼拝堂を建て、そこで生活困窮者の保護活動を行っている。

 祭の時期には毎年、バザーをひらくのだそうだ。その売り上げは、全て貧しい人々に寄付される。


「貴族の奥方がチャリティーバザー、ですか……」

 私がつぶやくと、ティファニー嬢が小首を傾げた。

「あら、意外? けっこう伝統的な催しなのよ? 国のため、貧しい人々のために奉仕するのは、貴族の義務ですもの」


 うん、そこはわかる。実際にそういった活動をしている貴族がどのくらい居るかは別として、建前としてはわかる。

 私が気になったのは、つまり。

 そのバザーって、何を売るんだろう? ということだった。

 私の知っているバザーの場合、売り物は手作りのお菓子とか、古本とか、着なくなった子供服なんかが定番だった。

 でも、貴族の奥様たちがそんなものを売るとは思えない。

 もっと高価な、美術品とか骨董品? それを誰が買うのだろう。同じ貴族の奥様たちか。あるいは、お金持ちの商人とかも来るのだろうか。


 あれこれ考えていたら、

「客は貴族限定だよ」

とケインが言った。「売り物はアンティークの家具とか、食器とか……、あとは普通に手作りの小物とか菓子とか」

 あるんだ、手作りお菓子。貴族でもそういうことするんだな。

「普通に売るだけじゃなく、競売――オークションなんかもあるよ」

 けっこうレア物も出る、とあいかわらずクッキーをつまみながら説明するケイン。

 レア物って、貴族の家に代々伝わる家宝とか?

「まあ、そういう物もひょっとしたら出るかもしれないけどさ」

 この場合のレア物とは意味が違う、とケインは言った。

「僕の知ってる話だと、昔、先々代の王妃様が編んだレース編みが出品されたことがあってさ。名のある貴族が、こぞって競り落とそうとしたらしいよ」

「それは……、確かにレアですね」

 レース編みとしての価値ではなく、作り手の価値だ。そこらの美術品より高く売れそう。

「すぐに値段のことを口にするのが、さすがは庶民だよね」

 ほっとけ。

 私が気を悪くしているのも構わず、「そういうことがあるから、この催しは貴族限定になっている」とケインは続けた。


 貴族同士だと色々しがらみがあるので、競売で物を言うのはお金だけじゃない。ランクが上の貴族に対しては遠慮して、勝ちを譲ったりもする。

 そこに平民が入ってくると、上記のような「レア物」をなりふり構わず買い付けようとするかもしれない。それこそ、マニアに高く売れるからだ。


「だけど、チャリティーなんですよね?」

 儲けは誰かのためになるのだ。なるべく大勢の人に来てもらって、売り上げも増やした方がいいんじゃ? 別に、買うのが平民でも貴族でも関係ないはずだ。


「一理あるわね」

 ティファニー嬢が言った。

「そこはもっと柔軟に、変化を求めるべきじゃないかしら。所詮は金に余裕のある貴族の遊びだ、偽善だ、とか言われないためにも」

 ねえ、ケイン、と話を振られて、当人は「僕に言われても」と顔をしかめた。

 バザーを仕切っているのは、外務卿夫人をはじめとする名家の奥方たちで、「僕らみたいな若輩には発言権なんてないよ」とぼやくように言う。


「レイシャはそれなりに楽しそうだけど。それでも気苦労は多い、ってたまにこぼしてるよ。外務卿夫人は、政治には無頓着な人だからさ。気に入った相手は誰でもサロンに招くし」

 結果的に彼女の周囲には、フローラ派もハウライト派も、中立派も集まってくる。

 家同士が敵対していても、サロンで隣り合わせることもあるそうだ。それは確かに、気苦労が多いのかも。


「そういや、君の所の姫君は参加しないの?」

 ケインが私の顔を見やる。


 クリア姫が、貴族の奥様サロンに?


「じゃなくて、バザーの方。去年は見かけなかったけど」

 その言葉に、ティファニー嬢が「そういえば」と続けた。

「うちの従妹いとこの姫も騒いでたわよ。クリスタリア姫をバザーに誘いたいって」


 ティファニー嬢の従妹。それでクリア姫を誘いたがる人といったら、1人しか思いつかない。「魔女の宴」と「淑女の宴」で共にお会いした、マーガレット・ギベオン嬢だ。

 ストレートの黒髪が見事な、10代半ばくらいの可愛いらしいご令嬢で。

 クリア姫とは、わりと仲良く……というか、一方的に、熱く語りかけていた姿が印象に残っている。


「もともと憧れてたのよ。あの子は、王家に夢見ちゃってるから」

とティファニー嬢。

「それが本物に会ったせいで、より過熱しちゃってね」

 クリア姫そっくりのお人形を買って、毎日可愛らしいドレスとリボンで飾って、大事にしているそうだ。……ほほえましいっていうより、怖いな。

「ま、まあ、ちょっと箱入りに育て過ぎちゃったせいで、ズレたところもあるにはあるんだけど。悪い子じゃないのよ、一応」

 それはなんとなくわかる。何か思惑があって仲良くしようとしているとか、そういう風には全然見えなかった。

「『できるなら良き友人になってほしい』って、姫君に伝えてくれる?」

 普通に友だち付き合いのできる関係かなあと首をひねりつつ、無難な答えを返そうとすると。

 カチャリとティーカップを置く音が響いた。


「さっきから聞いていれば、あなたたち。いったい何を企んでいるのですか」

 発言者はジェーンだった。氷のような銀の瞳を鋭くして、

「あなたたちはお2人とも、殿下の敵でしょう」

 きっぱりはっきり、言い捨てた。

 この状況で――同じテーブルを囲み、相手の出したお茶を飲みながら、よくもそこまで空気を凍らせる発言ができるものだ。逆に感心してしまう。


「さあ、敵なのかしら」

 意味深にほほえむティファニー嬢。

 一方のケインは心外だという顔でティファニー嬢を指差し、

「この人はそうかもしれないけど、僕は違うよ」

 ティファニー嬢の笑みが苦笑に近くなったが、ケインはそちらを見てもいなかった。

「僕はカイヤの味方だ。それも1番のね。近い将来、カイヤも思い知ることになるよ」

 うっとりと、傍目はためにも危ない目つきで宙を見上げて、

「その時は、僕の前にひざまづいて、この手を取りながら『兄上』と呼んでくれるだろうね」


『…………』

 空気が凍る。先程とは違う意味で。

 ジェーンが私の方を振り向き、

「この男、やはり危険です。この場で斬り捨ててもよいのではありませんか」

 いいと思う、という言葉を飲み込むのに苦労した。

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