163 陽だまりで眠る猫
立派なお屋敷は、内装も同じく立派だった。
レイテッド家の人々は、基本、派手過ぎるくらい派手だ。住んでいる場所も同じく派手なんじゃないか――という予想は外れた。
むしろ控えめな装飾が上品で、古式ゆかしい感じ。
「素敵なお屋敷ですね」
意外に、という含みを感じ取ったのか。ケインは少し不愉快そうな顔をして、
「まあ、何を想像してたのかはわかるよ。レイテッドの持ち家にしては地味だって言いたいんでしょ」
「ええと……」
肯定すべきか、否定すべきか。一瞬迷ったが、ケインは私の返事などどうでもよかったようで。
「この屋敷は、1年くらい前に買ったばかりだからさ。レイシャも庭いじりの方に熱心で、まだ内装にまでは手を入れる気にならないのかも」
さっさと話を進めてしまう。
どうでもいいが、使用人に大ケガをさせたような罠を仕掛けることを、普通「庭いじり」とは呼ばない。
「レイテッドの本邸はそりゃもう、すごいよ。あの派手好き一族が何十年、何百年もかけて、誇りと意地と見栄で整えたんだから。真夜中でもギンギラギン。目の保養っていうより、目の毒」
そういうケインの口調にこそ、随分と毒がある。
もともと彼は、レイテッドとは不倶戴天の敵同士であるラズワルド家の出身らしいし。
今は自分も一員になったとはいえ、仇敵のことが良く思えないのか。単に、誰に対してもこういう話し方なのか。
なんとなく後者のような気がしつつ、案内されたのは、来客用の応接間。……ではなく。
天井の高い広間に、いかにも高価そうな絵や彫刻がたくさん飾られた、アトリエみたいな場所だった。
風景画に人物画、抽象画や前衛的な彫刻まで。……あんまり統一感がない。とにかく集めてみました、って感じ。
部屋の奥には、対照的に何も置かれていない、がらんと広いスペースがあった。
その真ん中でスケッチブックを抱えて、熱心に絵を描いている画家らしき男が1人。
彼の視線の先には、椅子が――多分、モデルさんが座るはずの椅子が、今はからっぽの状態で置かれている。
こちらを振り向いて、「おや」と目を細める画家らしき男。
……うん。男、で間違いない。
中性的な顔立ちと肩より長くのばした髪、体型のわかりにくい服装。
初見であれば、男女の別がはっきりしなかったかもしれない。でも、そこに居たのは、私にとって初めて会う人物ではなかった。
建国より王家を支える五大家のひとつ、ギベオン家当主の次男。
本名は知らない。彼とは先日、「淑女の宴」で初めて顔を合わせたのだが、その時はティファニーと名乗っていた。何でも、自分の名前が好きじゃないんだそうで。
「ケイン、お客様?」
ティファニー嬢はスケッチブックと木炭を置いて近づいてくると、
「ふうん。銀の乙女と純白の乙女、ってところかしら」
興味深そうに口元を持ち上げて、そう言った。
銀の乙女は聞かずとも誰だかわかるが、純白の乙女って誰のこと。
私の思いをよそに、ティファニー嬢は何やら満足そうにうなずいて、
「なるほど、なるほど。宴の時のあなたは、本当の姿じゃなかったわけね」
「ええ? 覚えてらっしゃるんですか?」
あの時、私は変装していた。そうでなくても、メイドの顔なんていちいち記憶していないだろうと思っていた。
「覚えてるわよ、もちろん。あの時は正直、興味もなかったけど……。今のあなたはいいわ。素材として惹かれる。特に、その白い髪」
おさげにした髪をひょいと持ち上げられて、背筋がぞわっとした。
「よければ今度、絵のモデルをしてくれないかしら。もちろん、相応のお礼はするから」
やけに熱っぽい口調で申し入れてくる。
な、なんか、宴の時とキャラ変わってない?
自分でも言った通り、私のことなんて興味もなさそうだった気がするけど。そんなに、この白い髪が気になるのだろうか。……ちょっと複雑だな。
「えと、機会があれば……」
適当にお茶を濁すと、ティファニー嬢は「また、それ」と憤慨して見せた。
「第二王子殿下にも同じセリフで断られてるのよ。1度でいいから絵を描かせてほしいって、随分前から頼んでるのに。いつも暇がないとか、機会があればとか」
殿下に、絵のモデルか。それは王国中の画家が願ってやまないだろうなあ。
「いくら待っても、カイヤに暇なんてできるわけないよ」
ケインが言った。
「それより、モデルをしてくれなければ死ぬ、とか言ってみたらいい。カイヤは優しいから、多少は考えてくれるはずだよ」
そんなの、タチの悪い脅しじゃないか。
「そうね。今度ためしてみようかしら」
本気か冗談か、真顔でつぶやくティファニー嬢。
そしてまた私の方に向き直ると、身にまとうローブの袖から1枚の名刺を取り出した。
「持っていって。気が変わったら、いつでも来てちょうだい。裏にアタシの画廊の場所も載ってるから」
言われた通りに裏返してみると、小さな地図と住所が書いてあった。
ちなみに表書きは「ティファニー・ジュエル」。ギベオンではない。
名刺のデザインも妙に色っぽくて、クラブか何かの経営者の名刺みたいだった。
「画廊を経営されているのですか」
横から口を出してくるジェーン。その目は、油断なく室内を見回している。立派な彫刻の影から、今にもナイフを持った暗殺者が飛び出してくるんじゃないかと警戒して――いや、期待しているかのように。
「家を継げるご長男様と違って、自分で稼がなきゃならないからね」
ジェーンの危険な目の光に気づいているのか、いないのか。ティファニー嬢は、軽く肩などすくめて話を続ける。
「楽な商売よ。金持ちの家には応接間がつきものだし、応接間には絵がつきものでしょ。高名な美術評論家のお墨付きでもあれば、駄作も高く売れるしね」
そのお墨付きって、どうやって手に入れるんだろ。ギベオン家のコネかな。
「よかったら1度寄ってみてちょうだい。絵が嫌いじゃなければ」
嫌いではない。むしろ好きだ。王立の美術館にも、機会があれば行ってみたいと思っている。
でも、ギベオンは私がお仕えするカイヤ殿下にとっては敵――と言い切っていいのかどうかは微妙だが、少なくとも、気楽に付き合える相手じゃないことは確か。
この人だって、まあ。そんな悪い人には見えないけど、敵か味方かわからないし。
「えっと、どんな絵を描かれてるんですか?」
そう尋ねたのは、ある種の社交辞令みたいなもので、本気で興味があったわけではなかった。
「アタシが描いた絵はいいのよ。それより、アタシがコレクションしてる絵を見てほしくて――」
ティファニー嬢のセリフが終わらないうちに、ケインがアトリエの一画を指差した。
「あそこに飾ってある絵は、彼の作品だよ」
それを見て、意外に思った。
わりといい感じの絵だったからだ。
描かれているのは、陽だまりの中で眠る1匹の白猫。
どこかの森の中なのか、草原なのか。透明感のある緑に包まれて目を閉じている。
その寝顔がいかにも幸せそうで、雰囲気が優しくて。まるで絵本の世界のような温かみがあって。
付け加えると、見覚えのある猫だった。
「この絵のモデルって……」
「ええ。ミケちゃんよ」
なぜかバツが悪そうに答えるティファニー嬢。
「何度かモデルをしてもらってるの。今日は新作のスケッチに来たのよ」
そして、ついさっきまで抱えていたスケッチブックをひらいて見せてくれた。
いろんなポーズで寝ているミケの絵だった。
しかし、肝心のミケがどこにも居ない……と思ってモデルが座るはずの椅子をよく見れば、柔らかそうなクッションに、半ば埋もれている白猫の姿があった。
「ミケ、お客が増えたよ」
ケインが呼んでも、すやすや。起きる気配なし。
「仕方ない。起きるまでお茶でも飲んでいようか」
そう言って、呼び鈴を鳴らすケイン。
即座にメイドが数名現れ、「お呼びでございましょうか、旦那様」と一礼した。
「お茶を持ってきて。お客様用に」
おざなりに命じるケイン。客は客でも招かれざる客だ、と言いたげに。いかにも迷惑そうに。
「あのっ、どうかお構いなく! すぐにお暇しますので!」
慌てて声を上げると、ケインはわざとらしく首をひねった。
「あれ? ミケにあいさつしに来たんじゃなかったの? 話もせずに帰るつもり?」
「それは、その、またの機会に……」
もとより長居する気はない。まして、この人とお茶する気になんてなれない。毒でも盛られそうで不安だ。
「何をそんなに警戒してるの?」
ケインは理解できないという風に眉をひそめた。
「僕はカイヤの味方だ。その妹のメイドを、傷つけたりはしないよ?」
……どの口が言いやがるんだ、この野郎。宴の時のことを忘れたのか?
ふざけたことをぬかすのはこの口か? とケインの両頬をつかんで引っ張ってやりたい衝動を必死でこらえていると、ケインのまなざしにも険が宿った。
「まあ、もしも君がカイヤに一目惚れして、身の程知らずにも玉の輿を狙っているとかいうなら、話は別だよ? その時はお茶に毒くらい盛るけどね」
やっぱり盛るんかい。
「一目惚れなんて、してません」
「あ、そう。見た目じゃなくて、中身の方が好きなんだ」
違うっつーの。少しは人の話を聞けや。
「誤解です。そんな気持ちは全然、全く、かけらも、ありません」
「ってことは、他に決まった相手が居るの?」
なんで、そうなる。
決まった相手なんて居ない。……でも、この人にそんなこと教えてやる義理はないか。
「個人的な質問にはお答えできません」
「別に、君の『個人的なこと』なんかどーでもいいよ。納得できないから聞いてるだけ」
「だとしても、お答えする義務はないかと」
バチバチと、見えない火花が散る。私とケインの間で。
「お待たせ致しました」
そこに、メイドたちが戻ってきた。
上等な紅茶の香りと、焼き菓子の甘い香りが部屋中にあふれ、私は戦闘意欲を削がれてしまった。
見ればケインもそうだったのか、不機嫌顔のままそっぽを向いている。
不穏な沈黙がただよう中、すばやくテーブルセッティングをすませるメイドたち。
紅茶だけでなく、クッキーやマフィン、スコーンにジャムを添えて。
「どうぞ、お掛けください、お客様」
私と、あいかわらずギラギラした目で警戒を続けるジェーンに向かって、丁寧に頭を下げる。
いったいなんでこうなったのか。わからないまま、午後のお茶会が始まった。




