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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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162 王都の祭

 護衛のくせに物騒なセリフを吐いた後で、露店の店主にアイスのおかわりを頼むジェーン。

 目の前の客2人が、そんな殺伐とした会話をしていることなど露知らぬ店主は、「もうひとつどうだい」と私にも勧めてきた。


「オススメはこれだよ。王都に来たなら、食べなきゃ損!」


 店主が指したのは、ジェーンも食べている青いソーダ味のアイスだった。

 それ自体は別に珍しい食べ物ではない。なのにどうしてオススメなのかといえば、見た目が青いからだ。


 間もなく、王都は祭の時期を迎える。

 私はまだ1度も見たことがないのだが、毎年ものすごい数の人が国の内外から押し寄せると聞く。

青藍祭せいらんさい」という、そのお祭の名前にちなんで、この時期の王都では「青いもの」がよく売れる。

 青い髪飾りやスカーフを身につけたり、青い色の食べ物や飲み物を買うのが流行はやるのだ。

 隣の露店では、青い石を使った小物を売っていた。

「おひとつどうだい? お嬢さん。意中の彼にひとつ!」

 年配の店主が声をかけてきた。

 余談であるが、この時期、男性から女性に青い石をプレゼントしてお祭に誘うと、プロポーズ、もしくは告白の意味となる。


「最近は女の子から贈ることも多いよ。このブローチなんてどう? 彼氏とおそろいで!」

 あいにく、贈る相手が居なくて――と断っても、「なら、自分用にひとつ」と食い下がってくる。

「これは恋のお守りでね。邪恋から身を守るっていう言い伝えがあるんだ」

 邪恋より、理不尽な災難から身を守りたい。

 それはともかく、意外と安っぽくない、キレイなブローチだった。

 クリア姫、好きそうだな。おみやげに買っていったらどうだろう。変かな。


「そろそろ次に行きましょう」

 アイスを食べ終わったジェーンが袖を引っ張ってくる。

 やっぱり帰るつもりはないらしい。帰してくれるつもりもないらしい。

 抵抗するのも疲れた私は、

「……今度はどこに行くんですか?」

と問いかけた。

 もう1ヵ所だけなら、付き合ってもいい。ただし、あまり遠出するのは勘弁してほしい。


 ジェーンは「そう遠くない場所ですよ」と言った。実際、露店が出ていた場所から二区画ほど街を移動しただけで、彼女の「次の目的地」に着いてしまった。

 森か、あるいは広い公園と見まがうような、緑の木々と生け垣に囲まれたお屋敷だった。


「ここは?」

「レイテッドの別邸です」

「……なんでまた、そんな場所に」


 レイテッドとは、建国より王家を支えてきた名門貴族「五大家」のひとつ。鉱山をいくつも所有している、王国一の大富豪である。

 ちなみにジェーンの姓もレイテッドだが、親戚とかではない。流れ者だった彼女の祖父が、昔、恩賞として姓を賜ったらしい。


「ここに、あのケイン・レイテッドが住んでいるからですよ」


 ケインは前述の通り、カイヤ殿下の幼なじみだ。

 現当主であるレイルズ・レイテッドの姉、レイシャ・レイテッドの5番目の夫。ぱっと見は物静かで無害そうな青年、しかしその中身は全く無害じゃない。私はつい先日、身を以てそれを知った。思い知らされた。


「あの男は非常に怪しいでしょう」


 確かに、悪事のひとつやふたつたくらんでいたとしても、全然驚かない奴だけど。

 ジェーンが調べたいのは、クンツァイトの人身売買疑惑のはずだ。それと何か関わりが?


「さあ、存じません」

 ……って、ちょっと。

「ですが、あの男は匂うのです。あの白猫も」


 ケインは猫を飼っている。名前はミケだが、白猫である。

 なぜか人語を解し、あやつり、さらには人間に化けることもできる。

 そんな猫は居ないと言われても困る。私もミケの正体は知らないのだ。見た目は猫なんだから、猫だろうと思うしか。


 そういえば――。ジェーンとミケの間にはちょっとした因縁があった。

 簡単にいえば、ミケのせいで仕事に失敗したのだ。

 ジェーンがそれを気にしているのか、そもそも失敗と認識しているかどうかは怪しいが、さすがにまだ忘れてはいないだろうと思う。


「あの猫は危険です。飼い主の男も危険です。放っておけば確実に殿下の害になります。きっと何らかの陰謀をくわだてているに違いありません。その証拠をつかまなくては」

 どうやって。まさか、正面から乗り込んで聞いてみるつもり?

「そんな愚かなことはしません」

 近衛騎士の身分を持つ彼女がそんな真似をしたら、多方面に迷惑がかかってしまう。

「なので、忍び込みます」

「その方が百倍愚かですよ!」


 なんで、護衛対象が護衛の面倒を見なきゃならないのかと思いつつ、必死で説得していると。

 お屋敷の方から、「君たち、何やってるの?」と声がした。


「外が騒がしいってミケが言うから、誰かと思えば……」

『…………』


 生け垣の向こうに立っているのは、年頃は20代半ばから後半、茶髪に気弱そうな風貌の青年――噂のケイン・レイテッドだった。


 なぜ。

 いくら騒がしいからって、普通、屋敷の主人が自分で見に来るか? しかも1人で。この家、使用人を雇っていないのか?


「何か用?」

 聞かれたところで、答えられるわけもない。

 しかしジェーンは慌てず騒がず、

「ごあいさつに参りました」

「……カイヤの部下が、わざわざ僕にあいさつ?」

「いえ、ミケ殿に。先日、大変お世話になったので」

 やっぱり、覚えてたんだ。

 ケインもその話は聞いていたらしく、「そういや、カイヤの部下と追いかけっこして遊んだとか言ってたな……」

 つぶやきながら、疑わしそうにこちらを凝視している。当たり前である。そんな下手な言い訳が通じるはずがない。

 役人を呼ばれることも覚悟したが、

「ミケは中に居るよ。あいさつしたいなら、入れば」

 あっさり招き入れられて、私は最初驚き、次に戦慄を覚えた。


 何だ。いったい何の罠だ。……また人質にでもする気か?

「行きましょう」

 ジェーンが得意げに笑って、私の腕を引く。この人も笑うことがあるんだ。無表情の時より怖い。

 いろんな意味で逃げ出したくなったが、ここで逃げたら、やましいことがあると認めたも同じ。かえってマズイことになるかもしれない。


 進退窮しんたいきわまった時。


「ああ、そうだ。足もとには気をつけて。歩く時には、道を外れないようにね」

 お屋敷の方に戻っていきかけたケインが振り返り、気のない声で警告してきた。

「色違いのブロックも踏まないようにして。踏むと罠が発動するから。落とし穴とか、槍とか毒矢とかギロチンとか、色々。2、3日前、庭師が大ケガしてさ。大変だったんだよ」

 そんな物騒な罠、自分の家に仕掛けるなっつーの。

「正直、やり過ぎだとは思うよ。レイシャの趣味だから仕方ないでしょ」


 緑に囲まれた立派なお屋敷が、突如、悪魔の館に見えた。

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