162 王都の祭
護衛のくせに物騒なセリフを吐いた後で、露店の店主にアイスのおかわりを頼むジェーン。
目の前の客2人が、そんな殺伐とした会話をしていることなど露知らぬ店主は、「もうひとつどうだい」と私にも勧めてきた。
「オススメはこれだよ。王都に来たなら、食べなきゃ損!」
店主が指したのは、ジェーンも食べている青いソーダ味のアイスだった。
それ自体は別に珍しい食べ物ではない。なのにどうしてオススメなのかといえば、見た目が青いからだ。
間もなく、王都は祭の時期を迎える。
私はまだ1度も見たことがないのだが、毎年ものすごい数の人が国の内外から押し寄せると聞く。
「青藍祭」という、そのお祭の名前にちなんで、この時期の王都では「青いもの」がよく売れる。
青い髪飾りやスカーフを身につけたり、青い色の食べ物や飲み物を買うのが流行るのだ。
隣の露店では、青い石を使った小物を売っていた。
「おひとつどうだい? お嬢さん。意中の彼にひとつ!」
年配の店主が声をかけてきた。
余談であるが、この時期、男性から女性に青い石をプレゼントしてお祭に誘うと、プロポーズ、もしくは告白の意味となる。
「最近は女の子から贈ることも多いよ。このブローチなんてどう? 彼氏とおそろいで!」
あいにく、贈る相手が居なくて――と断っても、「なら、自分用にひとつ」と食い下がってくる。
「これは恋のお守りでね。邪恋から身を守るっていう言い伝えがあるんだ」
邪恋より、理不尽な災難から身を守りたい。
それはともかく、意外と安っぽくない、キレイなブローチだった。
クリア姫、好きそうだな。おみやげに買っていったらどうだろう。変かな。
「そろそろ次に行きましょう」
アイスを食べ終わったジェーンが袖を引っ張ってくる。
やっぱり帰るつもりはないらしい。帰してくれるつもりもないらしい。
抵抗するのも疲れた私は、
「……今度はどこに行くんですか?」
と問いかけた。
もう1ヵ所だけなら、付き合ってもいい。ただし、あまり遠出するのは勘弁してほしい。
ジェーンは「そう遠くない場所ですよ」と言った。実際、露店が出ていた場所から二区画ほど街を移動しただけで、彼女の「次の目的地」に着いてしまった。
森か、あるいは広い公園と見まがうような、緑の木々と生け垣に囲まれたお屋敷だった。
「ここは?」
「レイテッドの別邸です」
「……なんでまた、そんな場所に」
レイテッドとは、建国より王家を支えてきた名門貴族「五大家」のひとつ。鉱山をいくつも所有している、王国一の大富豪である。
ちなみにジェーンの姓もレイテッドだが、親戚とかではない。流れ者だった彼女の祖父が、昔、恩賞として姓を賜ったらしい。
「ここに、あのケイン・レイテッドが住んでいるからですよ」
ケインは前述の通り、カイヤ殿下の幼なじみだ。
現当主であるレイルズ・レイテッドの姉、レイシャ・レイテッドの5番目の夫。ぱっと見は物静かで無害そうな青年、しかしその中身は全く無害じゃない。私はつい先日、身を以てそれを知った。思い知らされた。
「あの男は非常に怪しいでしょう」
確かに、悪事のひとつやふたつ企んでいたとしても、全然驚かない奴だけど。
ジェーンが調べたいのは、クンツァイトの人身売買疑惑のはずだ。それと何か関わりが?
「さあ、存じません」
……って、ちょっと。
「ですが、あの男は匂うのです。あの白猫も」
ケインは猫を飼っている。名前はミケだが、白猫である。
なぜか人語を解し、あやつり、さらには人間に化けることもできる。
そんな猫は居ないと言われても困る。私もミケの正体は知らないのだ。見た目は猫なんだから、猫だろうと思うしか。
そういえば――。ジェーンとミケの間にはちょっとした因縁があった。
簡単にいえば、ミケのせいで仕事に失敗したのだ。
ジェーンがそれを気にしているのか、そもそも失敗と認識しているかどうかは怪しいが、さすがにまだ忘れてはいないだろうと思う。
「あの猫は危険です。飼い主の男も危険です。放っておけば確実に殿下の害になります。きっと何らかの陰謀を企てているに違いありません。その証拠をつかまなくては」
どうやって。まさか、正面から乗り込んで聞いてみるつもり?
「そんな愚かなことはしません」
近衛騎士の身分を持つ彼女がそんな真似をしたら、多方面に迷惑がかかってしまう。
「なので、忍び込みます」
「その方が百倍愚かですよ!」
なんで、護衛対象が護衛の面倒を見なきゃならないのかと思いつつ、必死で説得していると。
お屋敷の方から、「君たち、何やってるの?」と声がした。
「外が騒がしいってミケが言うから、誰かと思えば……」
『…………』
生け垣の向こうに立っているのは、年頃は20代半ばから後半、茶髪に気弱そうな風貌の青年――噂のケイン・レイテッドだった。
なぜ。
いくら騒がしいからって、普通、屋敷の主人が自分で見に来るか? しかも1人で。この家、使用人を雇っていないのか?
「何か用?」
聞かれたところで、答えられるわけもない。
しかしジェーンは慌てず騒がず、
「ごあいさつに参りました」
「……カイヤの部下が、わざわざ僕にあいさつ?」
「いえ、ミケ殿に。先日、大変お世話になったので」
やっぱり、覚えてたんだ。
ケインもその話は聞いていたらしく、「そういや、カイヤの部下と追いかけっこして遊んだとか言ってたな……」
つぶやきながら、疑わしそうにこちらを凝視している。当たり前である。そんな下手な言い訳が通じるはずがない。
役人を呼ばれることも覚悟したが、
「ミケは中に居るよ。あいさつしたいなら、入れば」
あっさり招き入れられて、私は最初驚き、次に戦慄を覚えた。
何だ。いったい何の罠だ。……また人質にでもする気か?
「行きましょう」
ジェーンが得意げに笑って、私の腕を引く。この人も笑うことがあるんだ。無表情の時より怖い。
いろんな意味で逃げ出したくなったが、ここで逃げたら、やましいことがあると認めたも同じ。かえってマズイことになるかもしれない。
進退窮まった時。
「ああ、そうだ。足もとには気をつけて。歩く時には、道を外れないようにね」
お屋敷の方に戻っていきかけたケインが振り返り、気のない声で警告してきた。
「色違いのブロックも踏まないようにして。踏むと罠が発動するから。落とし穴とか、槍とか毒矢とかギロチンとか、色々。2、3日前、庭師が大ケガしてさ。大変だったんだよ」
そんな物騒な罠、自分の家に仕掛けるなっつーの。
「正直、やり過ぎだとは思うよ。レイシャの趣味だから仕方ないでしょ」
緑に囲まれた立派なお屋敷が、突如、悪魔の館に見えた。




