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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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160 アゲート商会再び

 ジェーンの兄は、ジャック・レイテッドという名前だった。

 どこかで聞いたことがあるような――と記憶を辿り、以前カイヤ殿下に聞いた話を思い出した。

 ジェーンが戦場で男装していたという話。その時、名乗っていたのが彼女の兄の名前だった、というエピソードだ。


 自然、ジェーンを男にしたような、長身美形の男性を想像していたら、本物は全く違った。

 体格はごく平均的、顔立ちも地味。目立つ銀髪ではなく、普通の茶髪だし。


 ジェーンより5つ年上だという彼は、アゲート商会で若くして金庫番を任されるほど有能な商人らしく。

 当然、多忙なはずだと思うのだが、ジェーンの面会申し込みはあっさり受理された。


 通りの一区画を丸ごと占拠している、大きな赤レンガの建物。

 正面扉の両脇に鉄製の柱が2本、そのてっぺんに、金融業のシンボルである赤いカラスの像が鎮座している。

 泣く子も黙るアゲート商会。

 その応接間にて対面したジャック・レイテッドは、風貌は地味だが如才ない雰囲気の男で、私はなんとなく宰相閣下のことを思い出した。


「はじめまして。妹がお世話になっているそうで」

 あいさつの声も柔らかく、どこにでも居そうな顔立ちには親しみやすさがある。

 商人向きの人かもしれないな、と私は思った。うっかりだまされて、高額の品を買わされたりしないように気をつけなければ。


「今日は兄さんに聞きたいことがあって来ました」

 アポなし訪問を詫びるでもなく、用件を切り出すジェーン。

 そして切り出された兄の方も、慣れているかのように話を進める。

「構わないけど、情報というものはタダではないよ。ちゃんと対価を払ってくれる?」

 いかにも商人らしいセリフに、ジェーンは胸を張ってうなずいた。

「不正を暴きます」

 会話がかみ合っていない。ジャックも怪訝な顔で、

「……それが、対価なの?」

「敵の不正が暴かれることは、全人類の利益になります」

「いや、おまえの上司とか、一部の人間の利益じゃないかって気がするけど……、不正の種類にもよるか。くわしく話してくれる?」


 ジェーンはいさんで話し始めた。

 クンツァイトが暗殺者を養成しているという噂、そのために人身売買を行っているという疑惑、それに御用商人のアベント商会が関わっているのではないか、という疑惑について。

 ついでに私の故郷で起きた事件のことや、うちの父がクンツァイトの密偵だったかもしれない件まで、私の許可なく勝手にしゃべってしまった。


 ジャック・レイテッドは気まずそうに頭をかいた。

「ええと、ご心配なく。ここで聞いた話は、けして他言しませんから」

「……お願いします」

 もっとも、故郷で起きた事件のことなら、ヴィル・アゲートは既に知っている。私が宰相閣下に父のことを問いつめられた時、たまたま同席してたから。


「クンツァイトの黒い噂か……」

 ジャック・レイテッドは軽く腕を組んで、応接間の天井を見上げた。

「当然、兄さんも聞いたことがありますよね?」

「まあね。けっこう有名な話だし」

 ……有名なのか。聖職者が人殺しを育てているという話が、この王都では有名なの?

「普通は信じられないですよね」

 私の反応を見て、よくわかるという風にうなずくジャック・レイテッド。


「もとは都市伝説みたいなものだったんですよ。今から百年くらい前、王都では要人の暗殺事件がいくつも続いていた。その時期が、クンツァイトが成り上がった時期とちょうど重なるんで、何か関係があるんじゃないかって。そんな根拠の薄い噂に尾ひれがついただけの、単なる風聞だと思われていた」


 が、今から7年前。その噂が、ただの噂ではなかったと証明する事件が起きてしまった。


「内部抗争ですよ。最高司祭の家と親戚の家が、互いに刺客を送りつけあって殺しあったんです」


 そこまで殺伐とした親戚関係というのも珍しい。いったいなんで、そんなことに?


「きっかけは、城で起きた政変でね。次期国王候補だった王子が事故で急死して、伯父に当たる騎士団長が関係者を手ひどく処罰したっていう」


 その話なら、私も人づてに聞いたことがある。

 溺愛していた甥を失った騎士団長は、いささか八つ当たりめいた、理不尽な「処罰」を行った。そのせいで、味方の信用を随分失ったのだと。


「事件の関係者の中には、クンツァイトの親戚筋も居たらしくて」


 せめて少しでも処罰を軽くしてくれないかと、最高司祭に取りなしを頼んだ。

 が、自分の親戚よりも、当時の権力者であるラズワルドとの関係を重視した最高司祭は、それを突っぱねた。


「それで争いになった。具体的にどのくらいの規模の争いだったのか、どのくらいの犠牲が出たのかは僕も知りませんけど。結果は親戚筋の方が負けて、家は取りつぶしになった」


 もしや、それが父の仕えていた家? 戦後のゴタゴタでつぶれたんじゃなかったんだろうか。


「あと、クンツァイトが運営していた孤児院がひとつ、つぶれた」


 表向きは孤児院の、裏では暗殺者を養成していた施設が。


「……そこに居た子どもたちはどうなったんですか?」

 私の問いに、ジャックは軽く首をひねった。

「さあ、別のまともな孤児院に引き取られたんじゃないかと思いますけど……。既に暗殺者の訓練を積んでしまっていたなら、普通の引取先を探すのは難しかったかもしれませんね。もしかすると、今もどこかで刺客として働かされているのかも」

 ひどい話だ。胸がむかむかする。

「王国の伝統ですよ」

 ジャックはさらりと言ってのけた。

「末端の汚れ仕事を、戦災孤児や、南の国から買い取った子供にやらせるというのは」


「人身売買」はもちろん違法である。とはいえ、孤児院のように「引き取って育てている」という形をとれば、その実態はわからなくなってしまう。

 で、そういう出自の人間が、仮に貴族同士の争いで亡くなったとしても、表沙汰にはされずに、ひそかに葬られてしまうことも多いらしい。

 本当に、使い捨ての道具みたいだ。


 ――ひょっとして。


 父もそんな素性だったのだろうか。

 当人は王国の生まれだと話していたが、実際のところはわからない。だって、父には親戚の1人も居なかったのだ。

 天涯孤独で、職業は密偵。実は出自を偽っていたとしても何ら不思議はない気がする。


「その後のクンツァイトは大変だったみたいですね。事件のせいで、黒い噂がどうやらただの噂じゃなくて、事実だったということが広く知られてしまった。良識派の貴族には縁を切られるし、信者は離れていくし、寄付金頼りだった家計はあっという間に火の車で」


 それでも、最高司祭の地位は失わなかった。今でも聖職者を続けていられるのはなぜ??


「当時の最高権力者だったラズワルドが、事件をもみ消したからですよ」


 そんな大事件、簡単にもみ消せるものなのだろうか。


「さあ、簡単だったかどうかはわかりませんけど。クンツァイトの内部抗争は、公式には敵国のスパイによる破壊活動だった、ってことにされています」


 自分の親戚を切ってまで権力者にすり寄ったことが、結果的に吉と出たのか。

 ……いや、違う。そもそも、親戚の頼みを聞いてラズワルドに取りなしていたら、事件は起こらず、裏の稼業が明るみに出ることもなかったのだ。

 そして頼みのラズワルドもまた、今では凋落しつつある。「救国の英雄」の凱旋と、自分自身の行いによって。


ちまたでは、クンツァイトが最高司祭の地位を失う日も近いだろうって噂されていますよ」

 仮にそうなったとしても自業自得だと思う。

 なんか、セドニスに話を聞いた時にも思ったけど、クンツァイトってろくでもない家だな。本当にうちの父さん、そんな家に仕えてたの?


「僕が知っているのはこんな所ですね。あまりお役には立てなかったかな」

「あ、いえ」

 謙遜するわりには、随分と具体的で、参考になる話だった気がする。それこそ、情報料を払わなきゃいけないくらいの。

 お礼を言おうと腰を浮かせかけると、ジェーンがどんとテーブルを叩いた。

「そう思うなら、もっと役に立つ情報を出してください。関係者を即座に逮捕できるような」

 明らかに無茶なことを言っている。ジャックも苦笑して、

「多分、アゲート商会長ならもっとくわしいと思うけどね。クンツァイトはともかく、御用商人のアベント商会のことは、以前から気に入らない様子だったし」

 気に入らない。それはそのアベント商会とやらが、表向きは評判のいい商売敵しょうばいがたきだから?

「いえ、名前が。かぶってるでしょ、微妙に。アゲートとアベント。たまに間違える人が居るんですよ」

 わりとつまらない理由だった。


「ただ、あいにく会長は外出中で。戻られるまで待ちますか?」

「けっこうです」

 きっぱり断って、「あの、できればこの件はアゲートさんには……」

 言わないでほしいと目で訴えると、ジャック・レイテッドはあっさりうなずいた。

「黙っておきますか? わかりました」

 そう言って、にっこり。その笑顔が、宰相閣下の笑顔と、やっぱりどこか重なって。

 内心、無理だなと私はあきらめた。この件がアゲートの耳に入ることは多分避けられない。

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