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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
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159 聖職者の裏の顔

「魔女の憩い亭」を出ると、強烈な真昼の陽差しが頭上から降ってきた。

 一瞬、くらりとめまいがする。

 今は夏だ。暑いのは当然だが、それにしてもキツイ。普通に立っているだけでも疲弊してくるくらい、とにかく暑い。


「この後はどうなさいますか」

 一緒に店を出たジェーンが話しかけてきた。「どこか寄る所や、人に会うお約束などは?」

 私は特にないと答えた。

 町に出たのは久しぶりだけど、買い物や観光をする気分じゃない。依頼のことで殿下に相談もあるし、まっすぐお城に帰るつもりだった。


 ではお送りします、というのが、正しい護衛の反応だと思う。

 しかしジェーンは、「すぐに帰ってしまうのですか?」と不満そうに眉をひそめた。


 並の男性よりさらに背が高いので、見下ろされるとプレッシャーを感じる。

 大柄な体躯と比べて小さな顔、さらりと揺れる銀髪と銀の瞳。

 まるで彫像のようにキレイな人だが、まるで彫像のように人間らしさを感じさせない人でもある。


 かつては最前線の砦で戦っていたという彼女、ジェーン・レイテッド。

 その美貌に似合わぬ怪力、豪腕で、数多あまたの敵兵を葬ったという狂戦士。通称「処刑人」。

 基本的に、敵と戦ってこらしめること以外、あまり興味がないらしく。

 私の護衛としてついてきたのも、「先日、あなたが目撃した暗殺者らしき女が、口封じのために現れるかもしれませんので」というのが理由だ。護衛対象のはずの私を、微妙におとり扱いしているのである。


「……帰ったらまずいんですか」

 ジェーンは勢いよくうなずいた。

「実は、先程のお話を伺っていて、少し気になることが」


 待て。いつの間に、どうやって話を伺っていた。

 私のプライベートには興味がないって、離れた席に座っていたはずじゃなかったか。


「そんな些事さじよりも」

 人の家の事情を勝手に聞いておいて、些事扱い。

「例のクンツァイトについてです。最高司祭を代々務める身分でありながら、黒い噂が絶えないという話をしていたでしょう」

 確かにしてたけど、それが何か――。


「王都ではここ最近、暗殺未遂事件が立て続けに起きていますね」


 起きている。『魔女の宴』と『淑女の宴』。王国の貴族が集まる2つの宴で、国王陛下の愛妾と側室が殺されかけたのだ。

 この2つの事件、前者を仕組んだのが後者の被害者で、しかも黒幕は別に居る、というややこしさ。

 付け加えると、『淑女の宴』の方は、まだ犯人が捕まっていない。未解決事件だ。


 その話題を、ジェーンがこのタイミングで持ち出してきたということは、

「クンツァイトが何か関係あるんですか?」

 ジェーンは我が意を得たりとばかりにうなずいた。

「その可能性はあります。なぜならクンツァイトという家には、最高司祭という職務の裏側で、古くから暗殺者を育て、世に送り出してきたという黒い噂がある」

 いきなり、とんでもないことを言い出した。

 聖職者が人殺しを育てるなんて、ムチャクチャだ。普通はありえない。


「もちろん秘密裏に、です。クンツァイトは聖職者。表ではさまざまな社会奉仕活動を行っている」


 貧しい人々への施し、病気やケガで働けない人たちへの支援、そして孤児院の運営。

 10年続いた南の国との戦争が終わって、まだ4年。世間には戦災で親を亡くした子供があふれている。

 そうした子供たちを引き取り、育てているのだ。


「すごく真っ当な活動じゃないですか」

と私は言った。

 それと暗殺者の育成とかいう話が、どうつながると? ……まさか。

「ですから、引き取った子供たちをひそかに暗殺者に仕立て上げ、裏仕事をさせているのですよ」

 おいおいおいおいおいおい。

「いくら何でも、悪質すぎるでしょう!」

「それだけではありませんよ。さすがに王国民の子供を暗殺者にするのはためらわれたのか、単に足がつくのを恐れただけか。隣国からひそかに子供を買いつけて養成しているという、人身売買の疑惑さえあるのです」

 どこの闇ブローカーだ。そんなの、どっから見ても聖職者のやることじゃない。


 さすがに信じられなくて、「本当の話なんですか?」と尋ねると。

「やはりあなたも、くわしく調べてみる必要があると思いますか」

 だいぶズレた反応が返ってきた。そんな必要があるなんて、こっちは一言も言ってないのに。

「クンツァイトには、『アベント商会』という御用商人が居ます」

 私の困惑をよそに、ジェーンは話を進める。


 その「アベント商会」とやら、表向きは非常に評判がいい老舗しにせの商会なんだそうだ。

 売り上げの一部を社会奉仕活動にあてたり、貧しい人には安く品物を売ったりしてるんだって。

 しかしながら、仮にクンツァイトの人身売買の噂が事実だとしたら、全くの無関係とは考えにくい。


「というわけで、今からアベント商会のことを調べに行きましょう」

 

 ――私が? なんで? どうやって?


 真っ当なツッコミに、答えはひとつも得られなかった。


「さあ、行きましょう」

 ジェーンは私の手を引いて歩き出す。ものすごい力だ。半ば引きずられながら、私は叫ぶ。

「ちょ、待った! 今からその商会に行って、どうするんですか!」

 関係者を締め上げて話を聞き出すつもりだとかいうなら、力づくでも止め……るのは無理だから、私だけでも逃げねば。


 ジェーンは立ち止まり、怪訝な顔を作った。

「行くのはアベント商会ではありませんよ。私の兄の所です」

「はああ?」

 兄? 兄の所? なんで、いきなりお兄さん。

「兄が商人だからです」

 再び歩き出しながら、私の疑問に答えるジェーン。

「王都では5本の指に入る商会に勤めています。アベント商会の噂も、何か知っているかもしれない」


 いや、ちょっと。

 突っ込みたい部分は多々あるけど、そのお兄さんだって、昼日中に妹が押しかけてくるとか、予想できないよね?

 普通に仕事中なんじゃないの? 迷惑では? 買い付けとか行ってて、今は居ないかもよ?


「不在ならそれまでです。どうせこの近所ですし」


 ……この近所? それで、王都で5本の指に入る大きな商会って……。


「まさか、アゲート商会とか……」

 言わないよね、と思ったら。

「その通りですが、何か?」

 涼しい顔で答えられて、絶句した。


 アゲート商会というのは金融業者で、王都一あくどい金貸しとして有名だ。

 経営者の名はヴィル・アゲート。

 金に汚く、儲けになることなら何でも手を出すという噂の男だ。

 目付きのギラギラした派手な装いのおっさんで、私は2度ほど会ったことがあり、2度とも災難に巻き込まれた。できれば、3度目は遠慮したい。


「聖職者の皮をかぶった外道を、卑劣な暗殺者ともども一網打尽にする機会です。行きましょう」

 私が行ったって何もできない。ジェーン1人で行ってほしい。


 抗議の声は聞き入れられることなく、私はできれば遠慮したかったアゲート商会に足を踏み入れることになった。

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