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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第七章 新米メイド、過去を追う
159/410

158 中間報告2

「まずは7年前に起きた事件について、現在わかっていることを確認しておきましょう」

 最初に、セドニスはそう言った。


 7年前、故郷で起きた凄惨な事件。

 私は他ならぬ目撃者なのだが、当時11歳。記憶は混乱し、不明瞭な部分も多い。


 ある日の夕方。

 夕食時になっても帰ってこない弟を探して、家を出た。

 そして、見知らぬ黒衣の男が、弟を連れ去ろうとしている場面に出くわしたのだ。

 とても冷たい目をした、怪しい男。気を失った私の弟を、荷物みたいに片手でぶら下げた男。

 男は言った。父に伝言するように、と。


 記憶が混乱しているのはその先だ。

 男に仲間が4人居たこととか、その夜は月が明るかったこととか。

 断片的に覚えていることはあるのだが、具体的に何が起きたのかはよくわからない。男が口にした、伝言の中身も全く思い出せない。


 気がつけば、夜が明けていて。

 行商に行っていたはずの父が、いつの間にかそばに居て。

 血濡れの白刃をその手にしており、怪しい黒衣の男たちは全員、物言わぬしかばねと化していた。

 ちなみに、私と弟は無傷だった。


 それが事件の経緯。

 母の話によれば、父は密偵の仕事で何か失敗をして、雇い主の貴族から刺客を差し向けられることになってしまったらしいのだが。


「その貴族の名は『ブラウン家』でしたね」


 そう、ブラウン家。

 戦後のゴタゴタでつぶれたとかで、今はもうない。

 偽名かと疑ってしまうくらい、どこにでもある、平凡な名前の貴族。


「調べた限りでは、偽名でしょう」


 ……本当にそうなの?


「同じ家名を持つ貴族家は王都に複数ありますが、戦後のゴタゴタで近年つぶれた、という家はありません」


 ってことは、何。

 いきなり、手がかり消失?


「手がかりは、その男たちの身元です」

 そこでセドニスは、手元の書類にちらりと視線を落とした。

「身元不明ということで、全員があなたの村の共同墓地に葬られた。表向きはそうなっているようですが」


 私の村まで調査に行ったという、「憩い亭」の調査員が聞き込んできた。うち1人の遺体が事件後、ひそかに引き取られた、という村人の証言を。

 わりと身なりのいい中年男性が、ちゃんとした馬車で引き取りに来たらしい。こっそりと人目につかないようにではあったが、立派なひつぎも用意して。


「それは、つまり……」

 犠牲者の家が、わりと金持ちだった?

「そうですね。付け加えると、身分の高い人間でもあったのでしょう。身内の犯罪行為を表沙汰にせず処理するためには、金とコネの両方が必要です」


 で、7年前に死亡届が出されている貴族( 子供や老人は除く)の中に、怪しい者が居ないか、調べたところ。

 居たらしいのだ。

 7年前、しかもちょうど事件の起きた頃、「病死」として届けが出ている貴族の次男。

 素行不良で、裏通りや歓楽街にも頻繁ひんぱんに出入りし、違法賭博をしていたという噂まである危険な男。


「男の名は、ウィルヘルム・クンツァイト」

「……舌を噛みそうな名前ですね」

 私の反応に、セドニスは一瞬沈黙して、

「クンツァイト家はご存知ありませんか。白い魔女に関わる祭事を取り仕切る、この国の最高司祭の家系ですよ」

「え……」

「五大家には及びませんが、それに次ぐ家格と言えますね」

「えええ……」


 そんな大物貴族が? 怪しい黒服に身を包んで、うちの弟を誘拐したっていうの??


「大物なのはウィルヘルム自身ではなく、彼の一族です。今の最高司祭がウィルヘルムの父親の又従兄弟またいとこという話ですから、クンツァイトの中ではだいぶ末端ですね」


 でも、貴族なんだよね?

 私の中で、貴族という存在と、黒服の刺客はどうにも結びつかない。


 しかしセドニスは、「別に珍しくもない話ですよ」と言った。

「貴族に仕える密偵が、もっと格下の貴族――それも家を継ぐことができない次男以下、というのは」

「…………」

 私がまだ理解できないという顔をしていると、セドニスはさらに説明を付け足した。

 つまり、密偵にもランクがあると。

 末端の汚れ仕事をさせられる者と、それを使う立場の者とではまるで違う。

 前者は平民。時には国籍すら持っていないこともある。言葉は悪いが、「使い捨ての道具」のような、基本的人権すら危うい存在。

 一方、後者は貴族、もしくはそれに仕える家系の者。

 裏から貴人に仕え、支えるのが仕事。その身分はけして低くなく、ひそかに騎士叙勲を受けている者さえ居るという。かっこつけた言い方をすれば、「影の騎士」だ。


「これは推測ですが――ウィルヘルムはおそらく、あなたの村に現れた男たちを指揮する立場だったのでしょう。『仕事で失敗をした密偵に制裁を加える』という任務を与えられ、部下と共にあなたの村を訪れた」


 私の脳裏を、冷たい目をした黒衣の男の姿がよぎった。

 弟を連れ去った、あの男。――あれがそのウィルヘルムとやらだったのか?


「先程、家を継ぐことのできない次男以下の貴族が、もっと格上の貴族の密偵をする例は珍しくない、と申し上げましたが」


 縁もゆかりもない、よその家の貴族に仕えるという例は滅多にない。同じ派閥か、同じ一族の中で、よりランクの高い貴族に仕えるのが普通だ。


「ウィルヘルムの家は、クンツァイトの末端に属している。最高司祭という地位の特殊性から見ても、他家の密偵をするということはまず考えられません」


 おそらく、彼が仕えていたのはクンツァイトの本家。

 そして「雇い主に刺客を送りつけられた」という母の話が本当ならば、父が仕えていたのも同じく、最高司祭の一族だろうと。


 私は、いささか混乱した。

 父が仕えていたのが、そんな大物貴族かもしれないって話にも驚いたけど。

 そもそも、聖職者なんて立場にある人が、怪しい黒服集団を他人の村に送りつけたっていうのか。


 私の村にも小さな礼拝堂があって、司祭様が居た。穏やかで優しくて、困った時には相談に乗ってくれる人だった。

 そういう人格者で、心の拠り所みたいな存在が聖職者ってものじゃない?


「一般的には、そうかもしれませんね」

 セドニスはあまり気持ちの入らない声で相槌を打った。

「ただ、クンツァイト家の場合は、事情が特殊です。そもそも政治からは距離を置いていた聖職者たちをとりまとめ、国政に食い込んだのが今から百年ほど前。以来、世襲制ではなかったはずの最高司祭の地位を独占してきた、かなり野心家な一族として有名です。目的のためならどんな手段も迷わず使うとかで、色々と黒い噂が絶えない家でもありますし……」


 いいのか、王国。そんな家に、最高司祭なんか任せてていいのか!?


「……まあ、それも今は昔と申しますか。ここ最近のクンツァイト家は、率直に言って、かなり落ち目ですね。ラズワルドやオーソクレーズと比べて政治力も高くありませんし、資産運用に失敗して、多額の負債を抱えているという噂も――」


 やっぱり、だめじゃないか。そんな家が、聖職者のトップに居るって。


「それはともかく、今後の調査についてですが」

 セドニスはあくまで事務的な口調で続ける。


 クンツァイトは聖職者の家系。王様の後継者問題、「フローラ派」vs「ハウライト派」の争いでは中立の立場をとっている。

 が、当代の最高司祭の妻が、騎士団長ラズワルドの親戚だったり、ギベオン近衛隊長の奥方が、クンツァイトの出身だったり。

 敵か味方かでいえば、わりとグレー寄り。

 そうでなくても、家格の高い貴族相手だ。探りを入れるとなると、慎重になる必要がある。

 

「当初の予定では数ヶ月で調査を終えるはずでしたが、もう少し時間をいただくことになっても構いませんか」


 それは、構わない。別に、急ぐ理由があるわけじゃないから。……ただ。


「期間がのびたら、報酬も増えますか」

「……まず、それを聞きますか」

「大事なことじゃないですか」

「場合によっては、増えます」


 その回答に、私は考え込んでしまった。


「間もなく、王都は祭の時期を迎えます」

 セドニスは構わず話し続ける。

「白い魔女を祀る、年に1度の重要な行事です。祭事を取り仕切るクンツァイトにとっては、多忙を極める時期でもあります。当然、新たに人を雇う必要も出てくるでしょう。そこに隙がある」


「魔女の憩い亭」の調査員が、下働きのフリをして潜り込むこともできると。

 そう聞いて、私はさらに考え込んでしまった。


 仮にも聖職者の家に、スパイなんか送ってだいじょうぶなのか。

 露見したら、この店も、依頼した私も困ったことになる。さらには雇い主であるカイヤ殿下にまで、迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。


「そうならないように、善処します」

 善処って。つまり絶対だいじょうぶではないって意味だよね?


 セドニスは「何を今更」とつぶやいた。

「相手が貴族というのは最初からわかっていたことでは?」

 それはそうだけど、そんな大物だとは思わなかったし、「五大家に次ぐ家」とか聞いたら、普通に怖い。

「調査を打ち切ると?」

 いや、そこまでは。


「……1度、殿下に相談してからお返事させてもらってもいいでしょうか」

 もしかしたら迷惑をかけてしまうことになるかもしれないのに、黙って話を進めるわけにはいかない、気がする。


 セドニスは若干あきれ顔になった。

「この程度のこと、殿下は最初から覚悟していたはずですよ。面倒な相手が出てくる可能性も考慮した上で、あなたに力を貸すとお決めになったはずです」

 果たして、そうなのだろうか。


 ……そうかもしれないな、あの殿下なら。

 お人よしだけど、考えなしじゃないもんね。貴族の密偵のことなんて調べるのは簡単じゃない、きっと困難を極めることになるとも言ってたし。

 軽い気持ちで助力を申し出たわけではないはずだ。態度は軽かったが。


 そういう人だから、多分、父の雇い主が最高司祭だったかもしれないと聞いても、調査をやめろとは言わないだろう。

「ご相談」というよりは、「やっぱり面倒な相手でした」って、報告するだけになるかもしれないけど。

 それでも、一応ね。話すだけは話しておきたい。


「……まあ、依頼主はあなたですから、ご自由になさってください」

 結果が出たら連絡してほしい、それまで間者を送り込む件は保留にしておく、とセドニスは言った。

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