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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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155 中間報告の前に

 ――「淑女の宴」が終わって、数日。

 私は体調を崩して寝込んでしまった。

 これでも体は丈夫な方だ。大きな病気をしたことはないし、風邪だって滅多にひかない。なのに、宴の翌朝には、熱を出して動けなくなっていた。


「私がエルに無茶をさせたからだな。私のせいなのだ」

 クリア姫はひどく責任を感じたようだった。

 寝台から起き上がれない私のために、手ずから食事を作って運んでくれたり、汗をふいてくれたり。それは優しく看病してくださった。


「なんで嬢ちゃんのせいなんだよ」

 ダンビュラは不機嫌だった。姫君がメイドの世話を焼いている、という珍しい光景を見物しつつ、「どっちかっつーと、殿下のせいじゃねえか?」

 大事な妹を放置しているのが悪い、と言って、「兄様は何も悪くない」と言い張るクリア姫と口論していた。


 そのカイヤ殿下は、お屋敷に姿を現さなかった。

 忙しくて来られないことなら、今までにもあった。ただ、そういう時には大抵、人を遣わして知らせてくれていた。

 今回はそれすらなかった。

 宴で起きた事件の後始末で、よほどいそがしいのだろうか――と、私は熱に浮かされながら考えた。


 切れ切れに夢を見た。

 宴の夢だったような気もするし、子供の頃、まだ父が居た頃の夢だったような気もする。

 黒いローブをまとった魔女が出てきて呪文を唱え、巨人が王都を闊歩かっぽし、竜が空を飛ぶ。そんなわけのわからない夢も見た。


 熱が下がったのは宴の翌々日。言い替えれば、きのうのことである。

「もっと休んでいい」

とクリア姫は言ってくれたが、幸い、体調は元通り。明日には仕事に復帰するつもりでいる。


 その前に、今日。

 私は城下町を訪れていた。

 目的地は、「魔女の憩い亭」。目的は、以前セドニスにした依頼の中間報告を聞くこと。

 行方不明の父について、あるいは7年前の事件について、何かわかるかもしれないと。

 はやる気持ちを抑えながら、通りを歩いていた。


「憩い亭はそっちではありませんよ」

 急に、後ろから肩をつかまれた。振り返ると、涼しげな銀色の瞳が私を見下ろしていた。

 ジェーン・レイテッドである。体調の悪い私を心配して、誰か付き添いを――とクリア姫がお城に頼んでくださったところ、やってきたのが彼女だった。

「あなたが宴の際に目撃した不審者が、口封じのために現れるかもしれませんので」

 できるだけそばで見張りたい、というのが理由らしい。


「だいじょうぶですか? まだ体調が悪いのではありませんか?」

 ジェーンはそう言って、心配そうに――いや、不審そうに私を見下ろした。「こんな簡単な道を間違えるなど、普通はありえません」

 

「魔女の憩い亭」は大通りに面した店だ。

 にも関わらず、私は細い路地に向かってふらふら歩いていたらしい。

「……ちょっと緊張してるだけです」

と私は言った。

 実際は、ちょっとどころじゃなく緊張していた。さっきから心臓がうるさいし、握ったてのひらには汗がにじんでいる。


 父のことが、何かわかるかもしれないと。

 そう期待する一方で、知るのが怖い、聞かなければよかったと思うような話が出てきたらどうしようと、脅える気持ちもまたあって。

 こう見えて私は気が小さいのだ。

 なぜか誰も信じてくれないのだが、けっこうヘタレなんである。


「緊張するような用件があるのですか」

 私が内心で葛藤していることなど知らないジェーンは、まだ少し疑わしそうにしている。

「ええ、まあ。だけど、だいじょうぶです。すみません」

 行きましょう、と先に立って歩き出す。

 ジェーンは黙ってついてきた。その整った横顔を盗み見ながら、もしも彼女が、私の父のこと――7年前の事件のことを知ったら、不審がるどころの騒ぎじゃないだろうなと思った。

「どんなたくらみがあって殿下に近づいたのか」と、張り切って締め上げようとするに違いない。

 幸い、ジェーンは「プライベートに関わるつもりはありません」と、私の外出の理由を聞こうとはしなかったが。


 普通は、疑うよね。宰相閣下にもそういう反応をされたし。カイヤ殿下だから、疑いもせずに雇ってくれているだけ。今はそうなんだけど。


「魔女の憩い亭」の調査で、さらに不都合な真実が出てきたとしたら。

 私はこのままお城で、クリア姫のもとで働き続けることができるのだろうか――。


 などという不安と懸念は、「憩い亭」の建物を目にした瞬間、粉微塵こなみじんに吹き飛んだ。


 入り口のドアが外れている。窓ガラスが割れている。

 ヒビの入った外壁に、「本日臨時休業」の張り紙が揺れている。局地的な台風にでも襲われたかのような惨状に、私が立ち尽くした時。

「エル・ジェイドさん」

 横合いから、名前を呼ばれた。

 セドニスだった。珍しく私服姿だ。小さな紙袋と旅行カバンを抱えていて、ちょうどどこかから帰ってきたような感じだった。

「お見えになる頃かと思っていました。すれ違いにならなくてよかった」

「いったい……」

 何が起きた。

 私の問いに、セドニスはわかりやすく目をそらした。

「……色々ありまして」

 色々って、何がどう色々?


「まずは、中にどうぞ」

 招かれて足を踏み入れた店内は、外から見たよりひどかった。

 テーブルや椅子が横倒しになり、壁や床が所々へこんでいる。

 かつて私が雇用契約を結んだ職安のカウンターなんて、真ん中辺りで見事に真っ二つだ。

 台風一過というより、何か凶暴な生き物が暴れた後のような。

「あの……」

 事情を尋ねようとしても、セドニスは「ですから、色々ありまして」としか言わない。

「そんなことよりも、依頼の話をしましょう」

 あからさまに話を変えたがっている。


「まだ中間報告ですが、わかったこともあります。まずは、7年前の事件について。犠牲になった5人のうち、1人の身元が割れました」

 私は息を飲んだ。

「お父上が仕えていたと思える家についても判明しました。今からお話します」

 そう言われては、話を聞くしかない。

 半壊したカウンターの、無事な部分を挟んで向かい合い、私は食い入るように彼の顔を見つめた。



            「魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~」第二部・了

 第二部「夜会編」は今回でおしまいです。(次回、主人公視点ではない話がもうひとつ入ります)

 色々と未解決な部分も多いですが、そちらは第三部にて。開始時期など、くわしくは活動報告で後日お知らせします。

 ここまでお付き合い下さった皆様、ありがとうございました(深々)。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは! 2部最終話までたどり着きました!! いやぁ、色々なことが明かされて1歩真実に近づいた感のある夜会編、どきどきヒヤヒヤしつつも、新キャラたちにときめいたり笑ったりと、楽しませて…
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