155 中間報告の前に
――「淑女の宴」が終わって、数日。
私は体調を崩して寝込んでしまった。
これでも体は丈夫な方だ。大きな病気をしたことはないし、風邪だって滅多にひかない。なのに、宴の翌朝には、熱を出して動けなくなっていた。
「私がエルに無茶をさせたからだな。私のせいなのだ」
クリア姫はひどく責任を感じたようだった。
寝台から起き上がれない私のために、手ずから食事を作って運んでくれたり、汗をふいてくれたり。それは優しく看病してくださった。
「なんで嬢ちゃんのせいなんだよ」
ダンビュラは不機嫌だった。姫君がメイドの世話を焼いている、という珍しい光景を見物しつつ、「どっちかっつーと、殿下のせいじゃねえか?」
大事な妹を放置しているのが悪い、と言って、「兄様は何も悪くない」と言い張るクリア姫と口論していた。
そのカイヤ殿下は、お屋敷に姿を現さなかった。
忙しくて来られないことなら、今までにもあった。ただ、そういう時には大抵、人を遣わして知らせてくれていた。
今回はそれすらなかった。
宴で起きた事件の後始末で、よほどいそがしいのだろうか――と、私は熱に浮かされながら考えた。
切れ切れに夢を見た。
宴の夢だったような気もするし、子供の頃、まだ父が居た頃の夢だったような気もする。
黒いローブをまとった魔女が出てきて呪文を唱え、巨人が王都を闊歩し、竜が空を飛ぶ。そんなわけのわからない夢も見た。
熱が下がったのは宴の翌々日。言い替えれば、きのうのことである。
「もっと休んでいい」
とクリア姫は言ってくれたが、幸い、体調は元通り。明日には仕事に復帰するつもりでいる。
その前に、今日。
私は城下町を訪れていた。
目的地は、「魔女の憩い亭」。目的は、以前セドニスにした依頼の中間報告を聞くこと。
行方不明の父について、あるいは7年前の事件について、何かわかるかもしれないと。
はやる気持ちを抑えながら、通りを歩いていた。
「憩い亭はそっちではありませんよ」
急に、後ろから肩をつかまれた。振り返ると、涼しげな銀色の瞳が私を見下ろしていた。
ジェーン・レイテッドである。体調の悪い私を心配して、誰か付き添いを――とクリア姫がお城に頼んでくださったところ、やってきたのが彼女だった。
「あなたが宴の際に目撃した不審者が、口封じのために現れるかもしれませんので」
できるだけそばで見張りたい、というのが理由らしい。
「だいじょうぶですか? まだ体調が悪いのではありませんか?」
ジェーンはそう言って、心配そうに――いや、不審そうに私を見下ろした。「こんな簡単な道を間違えるなど、普通はありえません」
「魔女の憩い亭」は大通りに面した店だ。
にも関わらず、私は細い路地に向かってふらふら歩いていたらしい。
「……ちょっと緊張してるだけです」
と私は言った。
実際は、ちょっとどころじゃなく緊張していた。さっきから心臓がうるさいし、握ったてのひらには汗がにじんでいる。
父のことが、何かわかるかもしれないと。
そう期待する一方で、知るのが怖い、聞かなければよかったと思うような話が出てきたらどうしようと、脅える気持ちもまたあって。
こう見えて私は気が小さいのだ。
なぜか誰も信じてくれないのだが、けっこうヘタレなんである。
「緊張するような用件があるのですか」
私が内心で葛藤していることなど知らないジェーンは、まだ少し疑わしそうにしている。
「ええ、まあ。だけど、だいじょうぶです。すみません」
行きましょう、と先に立って歩き出す。
ジェーンは黙ってついてきた。その整った横顔を盗み見ながら、もしも彼女が、私の父のこと――7年前の事件のことを知ったら、不審がるどころの騒ぎじゃないだろうなと思った。
「どんなたくらみがあって殿下に近づいたのか」と、張り切って締め上げようとするに違いない。
幸い、ジェーンは「プライベートに関わるつもりはありません」と、私の外出の理由を聞こうとはしなかったが。
普通は、疑うよね。宰相閣下にもそういう反応をされたし。カイヤ殿下だから、疑いもせずに雇ってくれているだけ。今はそうなんだけど。
「魔女の憩い亭」の調査で、さらに不都合な真実が出てきたとしたら。
私はこのままお城で、クリア姫のもとで働き続けることができるのだろうか――。
などという不安と懸念は、「憩い亭」の建物を目にした瞬間、粉微塵に吹き飛んだ。
入り口のドアが外れている。窓ガラスが割れている。
ヒビの入った外壁に、「本日臨時休業」の張り紙が揺れている。局地的な台風にでも襲われたかのような惨状に、私が立ち尽くした時。
「エル・ジェイドさん」
横合いから、名前を呼ばれた。
セドニスだった。珍しく私服姿だ。小さな紙袋と旅行カバンを抱えていて、ちょうどどこかから帰ってきたような感じだった。
「お見えになる頃かと思っていました。すれ違いにならなくてよかった」
「いったい……」
何が起きた。
私の問いに、セドニスはわかりやすく目をそらした。
「……色々ありまして」
色々って、何がどう色々?
「まずは、中にどうぞ」
招かれて足を踏み入れた店内は、外から見たよりひどかった。
テーブルや椅子が横倒しになり、壁や床が所々へこんでいる。
かつて私が雇用契約を結んだ職安のカウンターなんて、真ん中辺りで見事に真っ二つだ。
台風一過というより、何か凶暴な生き物が暴れた後のような。
「あの……」
事情を尋ねようとしても、セドニスは「ですから、色々ありまして」としか言わない。
「そんなことよりも、依頼の話をしましょう」
あからさまに話を変えたがっている。
「まだ中間報告ですが、わかったこともあります。まずは、7年前の事件について。犠牲になった5人のうち、1人の身元が割れました」
私は息を飲んだ。
「お父上が仕えていたと思える家についても判明しました。今からお話します」
そう言われては、話を聞くしかない。
半壊したカウンターの、無事な部分を挟んで向かい合い、私は食い入るように彼の顔を見つめた。
「魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~」第二部・了
第二部「夜会編」は今回でおしまいです。(次回、主人公視点ではない話がもうひとつ入ります)
色々と未解決な部分も多いですが、そちらは第三部にて。開始時期など、くわしくは活動報告で後日お知らせします。
ここまでお付き合い下さった皆様、ありがとうございました(深々)。




