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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
152/410

151 黒幕1

「やあ、お疲れ。宴は楽しかった?」

 緊張感のないあいさつを口にしながら、馬車の影から現れる。顔全体を仮面で隠した1人の男。小さな鈴をその手に持っている。


 怪しい男の登場に、殺気立つ騎士たちを手で制しながら。

「いったい何の真似だ」

と鋭く問いかける殿下。

 ケイン・レイテッドらしき男は、表情の読めない仮面の向こうから言った。

「ごめんね。僕がここに来てるってこと、義姉あね上には知られたくないんだ。話の前に、まずはこっちの馬車に乗ってくれる?」

 背後の馬車を差し示す。何の変哲もない、ごく普通の馬車だった。

「……まずは彼女を解放しろ」

と殿下。

 その彼女っていうのは、私のことですよね? でも、「解放」っていうのは何のこと?


「殿下……」

「しゃべるな、エル・ジェイド」

「そうだ、しゃべるなー」

 声は、すぐ耳元で聞こえた。

 とっさに見下ろそうとした私の首筋に、ひやりと冷たい何かが食い込んでくる。

「動くな、おまえは人質だー」

 この子供みたいなしゃべり方。ミケという名前。

 私の脳裏に、メイドのコスプレをした少女の姿が浮かび上がる。

 しかし、私の肩に乗り、私の首に尖った爪を突きつけているのは、人ではなく、可愛いらしい白猫だった。


 いったいどうなってるの、この状況。


「話は聞く。だから先に彼女を――」

 殿下の話し声が、唐突に叫びに転じた。「よせ、クロサイト!」

 風を斬る音がした。

 直後、ケインが指差した馬車の屋根の一部が、チーズみたいにスライスされて地面に落ちた。

「おっと」

 慌てる様子もなく、落ちてきた屋根の破片から身をかわすケイン。それから迷惑そうに肩をすくめて、背後に向き直る。

「いきなり斬りかかってくるとか、怖いなあ。人質の命が惜しくないの?」

 そこには、音もなく抜剣したクロサイト様が居た。


「人質をとるような人間に言われたくはありませんが」

 常に冷静な近衛騎士は、人を殺せる武器をその手にしても感情を高ぶらせるということはなかった。脅し文句さえ静かな口調で、

「それに、人質というならあなたも同じです。あの猫が彼女の命を奪うより先に、私はあなたの首を落とせますので」

「やめろ、クロサイト」

 殿下が前に出る。迷いなくまっすぐに、ケイン・レイテッドに近づいていく。

「要求には従う。そもそも、こんな真似などしなくとも、話くらいいつでも聞く。おまえは友人だ。俺の敵ではない」

 その表情は、私の位置からは伺うことができなかったけれど。

 声は悲しそうだった。

「……そんな目で見ないでおくれよ」

 ケイン・レイテッドは仮面の下から、いささかバツの悪そうな声をもらした。

「冗談だよ。本気で危害を加えるつもりなんてない。ただ、君の困った顔が見たかっただけ」

 そう言って、手にした鈴を鳴らす。

「おいで、ミケ」

 私の肩から重みが消え、首筋にふれていた感触も消えた。


 緊張から解放され、よろめく私を、セレナが支えてくれる。

「エルさん、だいじょうぶ?」

 私は答えられなかった。ごろごろと喉を鳴らしながら、主人の足もとにすり寄る白猫に目を奪われていたためだ。

「ケインさまー」

 しゃべってる。猫がしゃべってるよ。

 セレナも、「驚いたわ」とあまり驚いているようには見えない顔で口にしつつ、

「しゃべる猫さんってたくさん居るのねえ?」

と同意を求めてきた。

 ……まあ、そうですね。今更、何を驚くのかって話かもしれませんね。しゃべる山猫もどきと、ひとつ屋根の下で暮らしている身で。


「甘いですね」

 冷たい声はクロサイト様のものだった。抜いた剣を鞘に戻しつつ、視線はケインの仮面にすえたまま、

「脅迫と傷害未遂です。無罪放免というわけには参りません。相応の償いを約束させることはもちろん、まずは謝罪を要求すべきではありませんか?」

 殿下が答えるより早く、口をひらいたのは当のケインだった。

「あー、ごめんごめん。悪かったよ」

 これでいい? と私の方を見る。


 ひく、とこめかみがひきつるのを感じた。

 あまりの状況に、怒ることすら忘れていた私であったが。

 クロサイト様の言う通りだ。

 罪には罰を。舐めた真似には、相応の返礼を。


「……殿下。この人、殴ってもいいですか」

 唸るように尋ねると、殿下はわずかにためらいを見せたものの、「おまえがそうしたいと言うなら、止めはしないが……」

「ありがとうございます」

 私は腕まくりをしてケインに歩み寄った。

「ちょっと。何を勝手に決めてるわけ?」

「待て。死なない程度に頼む。それと、できればこぶしではなく平手で――」

 殿下が言い終わるより早く、私はケインのもとに辿り着き、その顔から仮面を引っ剥がすと、すばやく張り倒した。

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