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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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150 鈴の音2

「別に、手柄を全部譲ったわけじゃないよ?」

 唖然としている私に、カルサが声をかけてきた。黒スーツの内側から、紙を束ねた、帳簿みたいなものを取り出し、

「これ、『魔女の媚薬』の売買記録。あの座長が持ってた裏帳簿」

 動かぬ証拠だよ、とひらひら振って見せる。


「そんなもの、いつの間に……」

 見つけたのかと問えば、カルサは「きのうの夜。あの座長の家に忍び込んで」と答えた。

「ってことは、ここに来る前から証拠を見つけてたの?」

 裏はとってないって話じゃなかったか、確か。デタラメの思いつきだって、さっきはそう言ってたはず。

「それでも、10回に1回は当たるって言ったじゃん。今がその1回だよ」

「…………」

 私が無言になった時、ずっとやり取りを聞いていたカイヤ殿下が席を立った。

 急にどうしたのかと思ったら、どうやらお礼を言うタイミングを伺っていたようで。

「部下が助けられたな。感謝する」

 カルサと、それにニックに向かって頭を下げる。


「なっ……、ちょっと。やめてください」

 私のためにそこまでしてくれるのはありがたいが、王族に頭を下げさせるなんて、あまりに恐れ多いってものだ。

「はっはっは、苦しゅうない」

 鼻高々で胸を張っているニックみたいにはなれない。……ってか、無礼だろ、普通に。

 そんな彼を見て、クロサイト様が怒るでもなく淡々と、剣の柄に手をかけている。


「ごめんね、殿下。ニック先輩、調子に乗りやすくてさ」

 一応、弁解らしきものを口にしているカルサも、王族相手とは思えない気安さだ。

 しかし私の雇い主は、そんなこと気にしない。

「今回の件、俺の方からもジャスパー・リウスに話を通しておこう。おかげで助かったと。見事な手柄だったと伝えておく」

「うん、そうしてくれると助かる。うちのご隠居、殿下のファンだから」


 カイヤ殿下の口から事情を聞けば、カルサとニックの復職を許してくれるかもしれない。

 せっかくのお手柄を、私のせいでだめにしてしまったんじゃないかと案じていたが、どうやらだいじょうぶみたいだ。よかった。


「ご隠居には、できるだけくわしく伝えてくれたまえ。オニキス・フォレストは百年に1人の逸材だ、王族の地位を譲ってもいいほどだと」

 さらに調子に乗るニックを、「先輩、もうしゃべらないで」と出口の方に押しやるカルサ。

「じゃ、俺たち帰るから。ご機嫌よー」

 2人そろって部屋を出て行く。それを見届けて、クロサイト様が剣の柄から手を放した。よかった、ニックが無礼打ちにされずにすんで。


「私たちも帰りませんか?」

 セレナが言った。「夜も遅いですし、きっとクリア姫が心配していらっしゃるでしょう」

 さっと気まずい空気が流れた。主に私と、殿下の間で。

「そう、だな。心配しているだろう――」

 私がクリア姫の代わりに宴にやってきたことは、既に話してある。

 雇い主に隠れて、勝手なことをしたのだ。当然謝罪はしたが、殿下は怒らなかった。

 クリア姫が心配して、心を痛めていることは殿下もわかっているのだ。むしろ妹 (のメイド)にそこまでさせてしまったことを悔いているようだった。


「すみません。本当に、勝手な真似を……」

 あらためて頭を下げる私に、

「何度も謝らなくていい」

と殿下は言った。

「おまえは間違っていない。俺がクリアに中途半端な対応をしているのが悪い」

 いや、あの。

 ゴタゴタばかりのお城に住まわせている以上、中途半端な扱いはかえって酷だって、そう言ったのは確かに私ですけど。

 そんな風に素直に認められると困ってしまう。


「それより、2人はどうやって城に戻るつもりだ? 俺たちの馬車に乗るか?」

「そうですね。できれば同行させていただけるかしら」

 うなずくセレナ。

 お城からこの会場までは、彼女が用立てた馬車で連れてきてもらった。小さいけれど立派な馬車で、身なりのいい老人が手綱をとっていた。今も会場の外で待ってくれているはずだけど。

 殿下の馬車に乗せてもらえるなら、その方がいいか。

 どうせ行き先は同じお城だし。もう少しフォローもしておきたいし。


「それでは、私が馬車を回して参ります。皆様は入り口の方でお待ちください」

 クロサイト様が一足先に部屋を出て行き、代わりに現れた近衛騎士数人に護衛されて、私たちは正面玄関へと向かった。


 建物の中はあいかわらず騒がしかった。

 騎士団の捜索はまだ続いているのだろうか。主犯らしき3人は見つかっても、まだ探すべきものがあるのか。もしかして、カルサが持っていた「帳簿」を探しているのだろうか。

 宴の招待客たちも、一部の身分が高い人を除いては敷地内に留め置かれ、聴取を受けていると聞いた。

 私たちが自分の意思ですんなり帰ることができるのは、殿下が「一部の身分が高い人」であるからに他ならない。


 正面玄関にはたくさんの馬車が止まっていた。

 騎士団が乗ってきたのだろう、飾り気のない無骨な馬車が数台。他は全て、宴の客たちの馬車だった。使用人らしい人々が一様に不安げな表情を浮かべて、主人の帰りを待っている姿が印象的だった。

 その中にはお城からここまで送ってくれた老人の姿もあって、セレナの顔を見ると、静かに歩み寄ってきた。

「帰りは送っていただくことになりましたから、先に戻っていてくださいな」

「かしこまりました」

 彼女の指示を受けて、去っていく老人。


 今回の件でわかったこと。セレナが実はいい家の出身だということ。

 王族専用の図書館で司書などしている時点で、一般ピープルではありえないのかもしれないが。彼女って基本、気さくだし。身分とか感じさせない人だし。


「……クロサイトは遅いな」

 ぽつりとつぶやく殿下。確かに、いかにも仕事の速そうな彼にしてはちと遅い。

「道が混んでるからじゃないですか?」

「…………」

 殿下は一瞬考え込むような素振りを見せたが、本当に一瞬だった。「様子を見てくる。おまえたちはここで待っていてくれ」

 あいかわらず、決めるのも動くのも速い人である。誰かに命じて見てこさせようとか、そういうのはまだるっこしい――いや、そういう発想自体が多分ないんだな。

「お待ちを、殿下。そのようなことは我々が」

 慌てて引き止めようとする騎士たちを、少し気の毒に思いながら見ていたら。


 ふと、何か柔らかいものが私の足にふれた。

「にゃーお」

 驚いて見下ろせば、そこには毛並みのいい白猫が1匹。甘えるように鳴きながら、私に体をすりつけてくる。

「まあ、可愛いこと」

 セレナが頬を緩めた。

 うん、可愛い。でも、なんでこんな所に猫?


「どうしたの、迷子?」

 私が白猫に手を差し出したのと、殿下がこちらを振り向いたのが同時だった。

「ミケ?」

 驚き混じりのつぶやきに、私の手が止まる。

 ミケ? シロじゃなくて?


 どこからか、鈴の音がした。

 白猫がすばやく地面から飛び上がり、私の腕をつたって、肩の上までのぼってくる。

「ひゃっ……!」

 くすぐったさに身をよじる私に、

「エル・ジェイド。動くな」

 殿下が言った。先程までとは違う、張りつめた声で。

「え……」

「身動きするな。固まっていろ」

 って、なんで?

 命令通りに固まったまま、私は五感を駆使して、周囲の状況を知ろうとした。


 肩の上に白猫の重み。首筋に、ひやりと冷たいものが当たる感触。

 そして、再び響く鈴の音。

 ――この音。前にも耳にしたことがある。

 王立大劇場で。観劇に行った日に。あの時、鈴を持って現れたのは、

「ケイン――」

 そう。殿下の幼なじみで、レイシャ・レイテッドの夫。ぱっと見は人畜無害そうな青年、ケイン・レイテッドだった。

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