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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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149 騎士団の要求

 私を連行するために現れたのは、まだ若い騎士と、妙に影の薄い初老の騎士の2人連れ。

 若い方は、長身で恵まれた体格、いかにも「騎士」って感じの絵になるタイプ。身につけているのは、黒地にシルバーのラインが入った制服のようなもの。

 初老の騎士はこれといって特徴のない地味な風貌で、クロサイト様と同じ、近衛騎士の制服を着ていた。


「…………?」

 はて、この組み合わせ。どこかで見た覚えがあるような。

 どこで見たんだっけ、と悩んでいたら、

「ミラン、来ていたのか?」

 カイヤ殿下が、若い方の騎士に呼びかけた。「久しいな。息災だったか?」


 名前を聞いても、ぴんとこない。どこかで見たと思ったのは気のせいだったのだろうか。

 それはともかくとして、やけに嬉しそうである。態度も親しげだし、ひょっとしてこの人も幼なじみ仲間だったりする?

 

 しかし、呼びかけられた方は不自然なほど冷たく硬い声と表情で、殿下の「親しげな空気」を拒絶した。

「私は世間話をしに来たわけではありません。そのメイドを引き渡してください」

「それは――」

 殿下が何か言いかけるのを遮って、

「魔女の宴の際にも、実行犯を手引きした疑いがあった。にも関わらず、取り調べは行われなかった。他ならぬあなたが妨害したせいだ」

 今度はそうはいかない、と息巻く若い騎士。


「落ち着け、ミラン。彼女は無実だ。事件とは何の関係もない」

 殿下の答えに、若い騎士はじれったそうに声を荒げた。

「関係がないかどうかを確認するために、取り調べる必要があると言っているんです!」

「いや、そんな必要はない」

 気負いもなく、あっさりと。殿下は若い騎士の要求を退けた。私をかばっているというよりは、本気で「必要ない」と思っているようにしか見えない態度だった。

「そもそも彼女は目撃者であって、犯人ではない」

 そう言って、よせばいいのに、私が見た「怪しい魔女」のことを若い騎士に説明する。


 与太話( としか思えない話)を聞かされた若い騎士は、当然のことながら激高した。

「馬鹿にしているのか! そんなくだらない嘘で、時間稼ぎなどしても無駄だ!」

 対する殿下は、相手の怒りが理解できないという風に軽く眉をひそめた。

「ミラン、何を言っている? 俺は嘘などついていない。時間稼ぎもしていないぞ」

「気安く呼ぶのをやめろ! あなたに呼び捨てにされる謂われはない!」

 って、そこに怒るの?

 第二王子殿下が、騎士その1を呼び捨てたって別におかしくないと思うけど。


 かみ合わない会話に割って入ったのはクロサイト様だった。

「オーソクレーズ殿」

 若い騎士の名前らしきものを口にすると、

「先程から、ギベオン隊長が何か仰っているようですが」

 言われてみれば、初老の騎士が何かぼそぼそしゃべっている。どうやら興奮する若い騎士をなだめようとしているみたいだけど、今、気になるのはそっちよりも――。


「オーソクレーズ?」

 それって、他でもない。宰相閣下の姓では。

「ミラン・オーソクレーズ殿は、カイヤ殿下の従弟君いとこぎみですよ」

 ずっと黙っていたセレナが、私にだけ聞こえる声で教えてくれた。

「王妃様の妹姫をお母上に持つ、正統なクォーツの血を引くお方です。末席ですが、王位継承権も持っていらっしゃいますよ」

 ってことは、はい?

 先日お目にかかった叔母上様のご子息で、エンジェラ嬢の弟ってこと。


「え。宰相閣下のご子息が、なんで騎士団に……?」

 仇敵・ラズワルドの率いる組織に属しているのか。

 別に騎士団が丸ごと敵というわけじゃないとは聞いているけど、それにしても危なくない?


 疑問の答えは、殿下が教えてくれた。

「ミランは昔から、叔父上と折り合いが悪くてな」

「あー。仲が悪い父親に反発して、的な?」

「それだけが理由のように言うなっ!!」

 ミラン・オーソクレーズの声が裏返った。「俺は公私混同などしない! 情に流されて政治を乱す、あの男とは違う!」

 さらに興奮するミランを、ぼそぼそ声でなだめようとする初老の騎士。


 ぐだぐだになってきた空気を締め直したのは、やはりクロサイト様だった。

「殿下の御前です。どうかお静かに」

 その短い言葉だけでミランの激高を鎮めると、視線をカイヤ殿下の方に移し、

「彼らも立場上、手ぶらで帰るわけにはいかないでしょう。よろしければ、私が同行して事情を説明して参りますが」

「そうか……。いや、しかし――」

 考え込む殿下。

「それでは困る!」と言いかけるミランを一瞥いちべつで黙らせて、主君の判断を待つクロサイト様。


 え、ちょっと待って。

 私の代わりに、クロサイト様が騎士団に?

 それってどうなの。だいじょうぶなの?

「あの、待ってください――」

 思わず立ち上がりかけると、クロサイト様は静かな視線を私にも向けた。


 ……黙ってろってことですか? 今は余計な口出しをするなと。

 確かに、私が騎士団に行くよりはクロサイト様の方が、うまく事を収められるだろうけども。

 心情的には複雑というか、申し訳ないというか、いたたまれないというか。自分がしでかしたことの後始末を、誰かにやってもらうというわけには。


 救いの手は、意外なところからやってきた。


「手ぶらで帰るわけにはいかないというのなら――」


 声と共に、部屋の扉が外側から押しひらかれる。


「俺たちが、手柄をくれてやろうではないか!」


 颯爽さっそうと? 登場したのは、黒スーツをまとった2人組。

 縄でぐるぐる巻きにした花形俳優と女優、一座の座長を引っ立てて。

 ドヤ顔でその場に現れたのは、

「ニックさん……、カルサ……」

「やっほー、姐さん」

 気軽に手を振ってくるカルサ。

 一方、ニックは無駄に堂々とした足取りで部屋の中に入ってくると、ミラン・オーソクレーズの前で立ち止まった。

 ミランは恵まれた体格をしているが、ガタイの良さなら、ニックも負けていない。身長も同じくらいで、目線がちょうどかち合っている。

「警官隊のオニキス・フォレストだ」

 無駄に堂々と名乗りを上げるニック。

 ってゆーか、あなた、警官隊をクビになりましたよね。いつ復帰したんですか?


「なぜ、警官隊が居る!」

と叫ぶミラン。

 父親に似ず、素直な人である。

 見るからに怪しい男の名乗りを、あっさり信じるのはどうかと思うよ。まずは身分証ぐらい確認しよう?


 ニックはふふんと得意げに笑って、

「見ての通り、()()()()()()()()()()主犯他2名は、俺たちが引っ捕らえた」

 自分たちの失態を強調されて、ミランの額に青筋が浮かぶ。


 騎士団と警官隊は、実はあまり仲がよろしくない。

 そもそも騎士団に所属していたジャスパー・リウスが、組織のあり方に失望して騎士団を辞め、新たに立ち上げたのが警官隊だ。

 両者の間には、はじめから深い因縁があるのである。


 付け加えると、ミランはそれなりにイケメンだ。イケメン嫌いのニックにしてみれば、たとえ初対面でも、気に入らない相手だったのかもしれない。ことさら恩着せがましい口調で言った。

「安心するといい。警官隊は寛容だ。ここは騎士団の顔を立ててやろうじゃないか」

 捕らえてきた3人の顔を見回し、

「この者たちの身柄を引き渡そう。代わりに、彼女のことはあきらめたまえ」

 最後に私の方を見て、軽くウインク。

 かっこつけるのは勝手だが、それでミランが納得するか?


 思った通り、ミランは「何をふざけたことを!」と怒鳴った。

「その2つはまるで別の問題だ! 容疑者の取り調べは、騎士団の正統な権利で――」

 ニックはやれやれという風に肩をすくめた。

「ふむ、ならば仕方ないな。我々としては、この者たちを連行し、上に引き渡すまでだ」

「それでいいの?」

 タイミングよく、カルサが口を挟んだ。「騎士団が主犯に逃げられそうになったこと、みんなにバレちゃうよ?」

「……っ!」

 言葉につまるミランに、カルサはさらに畳みかけるように言った。

「あのさ。結局のところ、どうするのか決めるのってあんたじゃないよね。そっちの影が薄い人、さっきから何か言ってるみたいだけど」

 その場の全員が初老の騎士に注目した。


「…………、……」


 ぼそぼそ声の初老の騎士は、やはり何を言っているのか、よく聞こえなかったが。

「よし。それで手を打つことにしよう」

 ……なぜかニックにだけは聞こえたらしい。もしかすると、誰にも聞こえなかったのをいいことに、自分の主張を押し通しただけかもしれないけど。

 ともかく、上司の決定?にはミランも逆らえないらしく、ものすごく不本意そうな顔をしながらも引き下がった。


 かくて、容疑者3人を連れて騎士2人は去り、私は連行されずにすんだのだった。

 何だか急展開すぎて頭がついていかないが、これって、お礼を言うべき状況だよね?


「ありがとうございました、ニックさん」

「なんの、礼には及ばんよ」

「カルサも、ありがと」

「ぜーんぜん」

「私は助かったけど、でも……、よかったの? せっかくのお手柄だったのに……」

 騎士団に譲ってしまって。警官隊に復帰するチャンスを棒に振ったんじゃ。


 しかしニックは、例によってかっこつけながら首を横に振った。

「構わんよ。君には以前、随分と迷惑をかけてしまったからね」

「…………」

 私は驚きのあまり言葉を失った。

 迷惑をかけたって自覚、あったんだ……。

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