表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第一章 主人公、求職中
15/410

14 赤いカラスの見下ろす道で

 そこには、通りの一区画を丸々占拠するほど大きな建物があった。

 外壁は赤レンガ。正面に仰々しい観音開きの扉。今は開け放たれており、建物の中の様子が見えている。

 大理石のロビーに、黒壇の机。かっちりした制服姿の職員や、身なりのいい客たち。

 そんな中、ひときわ異彩を放つのは、見るからにくたびれた外套をまとった中年の男と、いかにもガラの悪そうな禿頭の大男。

 中年男は必死に頭を下げ、それを大男が怒鳴りつけている。話の内容までは聞こえないけど、何か揉めているのは間違いない。


 この建物、なんだろう。何かのお役所?

 私は目の前の建物を観察した。

 正面扉の両脇に鉄製のポールが2本。そのてっぺんに、くちばしをひらき、羽を広げた赤いカラスが鎮座している。

 カラスは、この国の守り神である「白い魔女」の使い魔として知られており、財産を守るという言い伝えもある。中でも赤いカラスは、金融業のシンボルだ。


「質屋……?」

にしては大きすぎる建物だと思ったら、

「金貸しだよ」

とカルサが答えた。「『ヴィル・アゲート商会』っていう、王国一あくどい高利貸しの店」

「金貸し……」


「帰れ! この貧乏人が!」

 再び、罵声がとどろく。

 見れば、立派な黒壇のカウンターの前で、くたびれた中年男がガラの悪い大男に胸ぐらをつかまれ、締め上げられている。

「あらら……」

 借金の申し込みでもしたのかな、あの人。それで断られちゃったとか?


 私とカルサが見ている前で、中年男はまるでゴミみたいに引きずられて、店の外に放り出されてしまった。

 それでもあきらめずに、大男の足もとにすがりつく姿が哀れだ。

 真っ昼間の往来である。騒ぎに気づいたのは私たちだけじゃない。道行く人々も、何事かと足を止め、見物している。

 大男が舌打ちした。

「おい、手を貸せ!」

 店の中に向かって怒鳴る。するとどこからともなく黒スーツに身を包んだコワモテの集団が現れ、大男に加勢した。

 男たちにもみくちゃにされ、中年男の姿はこちらから見えなくなってしまう。


「ねえ、あれって止めなくていいの?」

 私は横に居る警官見習いに聞いてみた。

 弟とそう変わらない年頃の少年に、コワモテ男の集団をどうにかしろ、と言う気はない。ただ、警官隊は、市民の安全を守るのが仕事のはずだ。見ているだけでいいんだろうか。

「えー、俺が?」

 カルサは露骨に顔をしかめた。状況に怯んでいるのかと思えば、騒ぎの現場を眺める少年の横顔は、単に面倒くさそうだった。

「別に、ほっとけばいいよ。あのおっさん、多分貴族だし」

 あのおっさんとはどのおっさんのことかと問えば、カルサはくたびれた中年男を指差した。

「警官隊って、貴族とか騎士様には嫌われてるからさ。関わると面倒なことになりそう――」

 少年のセリフを断ち切るように、背後で泣き声がした。

 騒ぎに驚いたのだろう。子供が泣いている。

「……とか、言ってられないか」

 ふっとため息をつくカルサ。

「姐さん、ここに居てよ。ちょっと詰め所まで行って、応援呼んでくるからさ」

「え、応援?」

「だってさ、俺みたいな小僧が止めに入っても、誰も聞いてくれないでしょ」

 もっともだ。

 ただ、あの様子じゃ多勢に無勢、戻ってくるまでに騒ぎはおさまってるかもしれないけど。

「じゃあ、待っててね」

 軽く手を振って、身を翻すカルサ。その姿は、あっという間もなく往来に消えた。


 そういえば。

 カルサはなぜ、中年男が貴族だとわかったのだろう。男の身なりは、控えめに言ってもかなり質素だ。

 ふいに、悲鳴が上がった。遠巻きに見物していた通行人の中から。

 コワモテの男たちが大騒ぎしている。うち1人は、肩から血を流していた。

 さっきまで一方的に虐げられる側だった中年男が、血走った目で男たちをにらんでいる。……その手に、抜き身の刃を下げて。


 王都の市街地では、許可なく帯剣することは禁止されている。旅人はだいたい護身用の武器くらい持っているものだし、守らない人間の方が多いルールではあるが、一応そうなっている。

 例外は市街地の警備にあたる兵士と、貴族及び王族の護身用武器。


 カルサは気づいていたんだろうか。男が外套の下に身につけていたものに。

 それは一振りの短剣だった。柄の部分に、立派な意匠が施されている。それが貴族の家紋だということは、後で知った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ