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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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147 魔女の影2

 私たちが広間に戻ってきた時、出張サプライズ公演は後半に差し掛かっていた。

 押し寄せる南の国の軍勢とひとつ目の巨人。危機に陥った北の国を救うため、立ち向かう魔女と英雄。前に殿下やクリア姫と観劇に行った時には、うたた寝してしまって、見逃した辺りだ。


 大勢の人が舞台に見入っていた。

 今はダンスも行われていない。聞こえてくるのはただ、お芝居のセリフと音楽だけ。


「空いている席もあるようですね。座りましょうか」

 そうだ。足の悪いセレナに立ち見をさせるわけにはいかない。公演の邪魔をしないよう注意しながら、私たちは後ろの方の席に移動した。


 舞台の上では、語り部役の男性が朗々と歌っていた。

 以前はテシウスが演じていた役である。彼が捕まったせいで代役が立てられたのか、元々その予定だったのかはわからない。

 上手な役者さんだったけど、歌声はテシウスの方がはるかに上だった。


 あと、カルサが言っていたように、所々「大人向け」のアレンジというやつがされているようで。

 それっぽい描写を匂わせるシーンとか、遠回しな表現とかがちらほら見受けられた。


 そういった所を気にしなければ、やはりレベルの高い舞台だった。

 劇のクライマックス、巨人と英雄の戦いのシーンでは、観客席がひとつになって声援を送り。

 魔女と英雄の別れのシーンでは、広間のあちこちですすり泣きの声がもれたほどだ。


 巨人を討ち果たした喜びもつかの間。

 愛する男を救うため、自らの力を手放して普通の人間になってしまった魔女は、程なく病にかかり、この世を去る。

 別れの前に、2人が交わすセリフの数々は、まさに迫真の演技と呼ぶべきもので。

 私も、エマ・クォーツを狙う暗殺者のこととか、一時いっとき忘れて見入ってしまった。


「私は不死身の力などほしくはなかった!」

 自分を救うために力を失った、かつて魔女だった愛する女性の手を取り、男が嘆く。

「愛しい君を、愛する故郷を守って死ぬはずだった。それは無上の幸福であったのに! なぜ、他ならぬ君が、このような苦しみの底に私を突き落とすのか!」

 弱々しく男の手を握り返し、ほほえむ魔女。

「ああ、それならばおわかりになるでしょう、愛しい人よ……。今は私がその幸福の中にあることを」

 彼女は紡ぐ。男への愛と、懺悔ざんげの言葉を。


「どうか許して。あなたのことを守り切れなかった私の無力を。あなた1人に苦しみを背負わせて逝くこの罪を。どれほど恨まれ、罵られても仕方ない。だって、私は今、とても満足しているのです。あなたがこの先も生きてくれるという、その喜びだけで。死の恐怖すら薄れて、消えていくのです――」


 舞台が暗くなっていく。

 まるで天上から差す光のように、2人を包んでいたスポットライトが消えていく。

 それは消えゆく魔女の命のともしび。1人、地上に取り残される男の嘆きが、舞台にこだまする。


「君は幸福だと言う。満足だと口にする。だが、私はどうなるのだ! 愛する人の命を犠牲にして生き長らえる、罪深きこの私は! 君の居ない永遠の生を、いったいどうやって過ごせと言うのだ!」

 魔女の体にすがり、男が叫ぶ。

「共に連れていってくれ! 共に永遠の安息を!」

 だが、魔女はその願いを拒む。

「いいえ、死とは絶対の別れ。その先に、共に行ける場所などありはしません。けれども、あなたが生きて、私を思い出してくれるなら、私もまたあなたの胸で、永遠の生を得ることになるでしょう――」

「そのような言葉は欺瞞ぎまんだ! 君を失う痛みを、少しも癒してなどくれはしない!」


 2人のやり取りに耳を傾けているうちに、気づけば目の奥が熱くなり、涙がこぼれていた。

 感動したから、ではない。なぜだか胸が痛くて、仕方なかったのだ。

 どうしてだろう。私は物語みたいな悲恋なんて経験したこともない。なのに、彼らの気持ちが――いや。「彼」の気持ちが、わかるような気がした。


 自分を犠牲にして相手の命を助けるなんて、勝手だよな。助けられた方は、ちっとも救われやしない。

 むしろ、大切な人を犠牲にした重荷を背負って生きていくのだ。そこから幸せになるなんて不可能――とまでは言わないが、つらい道を歩むことは想像に難くない。

 それでも、助けたいのかな。生きていてほしいのかな。


 万雷の拍手が鳴り響く中、幕が下りていく。

 程なく、主演の2人――英雄を演じた花形俳優と、北の国の魔女を演じた女優が舞台に現れ、観客席に向かって、深々と礼をした。

 エマ・クォーツが立ち上がり、舞台に歩み寄る。

 その手にはいつの間に用意したものか、大きな花束が抱えられていた。色とりどりのバラを束ねた、見事な花束だ。


 花形俳優がエマに手を差し伸べ、舞台に引き上げる。

 3人そろって、一礼。再び響く拍手。劇の余韻にひたりながら、いつまでも鳴り止まないその音に耳を傾けていたら、舞台の上にもう1人、「魔女」が現れた。


 最初は役者さんだと思った。

 だって誰も、その「魔女」の登場に驚いたりしなかったからだ。

 花形俳優も、北の国の魔女を演じた女優も、エマ・クォーツも、観客席の人々も。

 誰もその「魔女」に注意を向けない。そちらを見ようともしない。


 だんだん、おかしいと気づき始めた。

 どうして誰も、あの「魔女」に注目しない?

 ふわふわとしたおぼつかない足取りで、少しずつ舞台の中央に近づいていく。その奇妙な動きを、誰も気にしていないように見えるのはなぜだ?


「セレナさん……」

 私は横に居る彼女の肩をそっと叩いた。「あの、あれ。……後から出てきたあの人って、役者さんでしょうか?」

「え?」

 セレナは私が指差す方を見て、小さく首を傾げた。

「何のことを仰っているのかしら?」

「え……」

 背筋がぞわっとした。


 まさか。

 ()()()()()姿()()()()()()()()


 得体の知れない恐怖に、私が凍りついた時。奇妙な「魔女」は、舞台の3人のもとに到着していた。

 ゆっくりと、魔女が手をのばす。身にまとう黒いローブの下からのびる、細く白い手。その手がふれようとしたのは、エマ・クォーツの細い首筋。


「危ない!」

 私は、とっさに立ち上がり、叫んでいた。


 ざわりっ……と客席がざわめく。

 突然、大声を上げた私に、奇妙なものを見るような視線が集まって。

 ヤバイ、やっちまったと我に返るよりも早く。

 エマ・クォーツが倒れた。


 人の体っていうのは、けっこう重たいものだ。それがいきなり倒れたりすると、驚くほど大きな音がする。

 バーンと。文字通り、バーンという音をたてて、彼女は倒れた。


 一瞬、辺りが鎮まった。

 何が起きたのか、とっさに理解できなかったのだろう。

 宴の主催、国王陛下の側室、実は「魔女の宴」で起きた事件の首謀者で、暗殺者に狙われているという噂も流れている、そんな彼女が、倒れた。

 その事実を人々が飲み込んだ時、広間は騒然となった。


 舞台に駆け寄る人。なぜか逃げ出す人。右往左往する使用人。広間に突入してくる警備兵たち。

 そうした騒ぎの中、私は、自分でも意味のわからない行動をとっていた。

 騒ぎの中心、舞台のある方に向かって、駆け出したのだ。

「エリー!?」

 驚くセレナの声も、耳には届かなかった。

 とにかく人をかき分け、走って、走って。

 ……人の波に押し戻され、あらぬ方向へと流されてしまう。


 だめだ、これ。全然進めない。

「押さないでください! 落ち着いて、席に戻って!」

 パニックになった群衆を鎮めようとして、警備兵たちが叫んでいる。


 と、その中に。

 私は見知った顔を見つけた。

 どんなに大勢の人が居てもよく目立つ、長身と銀の髪。近衛騎士のジェーン・レイテッドだ。

「ジェーンさん!」

 私は精一杯、背伸びをしながら、彼女の名を呼んだ。


 彼女はすぐに気づいてくれた。右往左往する人波を力づくでかき分けて近づいてくると、

「誰ですか、あなたは?」

 ものすごく不審そうな目で私を見下ろす。

 声には気づいても、変装した私の正体にはまるっきり気づいていない。フローラ姫にすら、バレバレだと言われた変装なのに。

「私です、エル・ジェイドです!」

 名前を言っても、返ってきた反応が、これ。

「殿下のメイドの名をかたるとは、怪しいですね。私の知るエル・ジェイドさんは、あなたのような茶色の髪ではありませんよ」

 だーっ、もう! 話が通じねえ!

 私は茶髪のかつらをむしり取った。

「わ・た・し・で・す! この髪は、変装!」

 ジェーンの瞳が驚きに見開かれ、すぐに不審そうに細められた。

「いったい何の真似ですか? 正体を偽って宴にもぐり込むなど」

 あいにく、説明している暇はない。

「後で話します! それより私をあそこに連れて行ってください!」

「?」

「魔女が――じゃなくて、不審な女が居たんです! エマ・クォーツに何かしたのはそいつです! はっきり見ました!」

 そのセリフの効果はてきめんだった。てきめん過ぎた。


 ジェーンはやおら私の体を抱え上げると、舞台の方に向かって走り出したのである。

 その長身と怪力で、宴の客たちを次々となぎ倒しながら。


「ちょ、ジェーンさん!?」

「不審者はどこですか! 早く教えなさい!」


 着飾った貴族を吹っ飛ばし、止めようとする使用人をなぎ倒し、警備兵の群れすら蹴散らして。

 彼女は、その場所にたどりついた。


 舞台の上。

 ついさっきまで普通に公演が行われていたその場所は、いまや修羅場と化していた。

「伯母上、伯母上! どうか、お気を確かに!」

 倒れたエマの体にすがりつき、悲痛な叫びを上げる甥のチェロ・クォーツ。

 2人の使用人や護衛、あるいは家族とおぼしき人たちが、その周囲を取り巻いている。「医者はまだか!」と叫ぶ声。「どうして、こんなことに……!」と頭をかきむしる人。

 そうした騒ぎの中心で、エマ・クォーツは天井を見上げていた。

 その瞳は大きく見開かれ、体はがくがくと痙攣けいれんしている。

 ……素人目にも、死相が出ているようにしか見えなかった。


 あまりの光景に言葉も出ない私の肩を、「不審者はどこですか」とジェーンが揺さぶった。

 そうだ、さっきの魔女は――。

 居ない。どこにも。

 舞台上に居るのは、エマの関係者だけに見えた。先程は居たはずの、役者2人の姿も見えない。


 私は観客席の方も見回した。

 すると、他の場所より一段高くなった特等席から、こっちを見ている人が居るのに気づいた。

 レイリア・レイテッドだった。しばらく前、カイヤ殿下と広間を出て行くのを見たけど、戻ってきていたらしい。

 孔雀の羽根飾りのついた扇を揺らめかせながら、こちらに顔を向けている。その表情は、身につけた仮面のせいでうかがい知ることはできない。


 彼女の横には弟のレイルズと、今は藤色のドレスに身を包んだフローラ姫の姿もあった。

 あのフローラ姫は本物だろうか、それとも影武者だろうか、と私は考えた。

 多分、そんなどうでもいいことでも考えていないと、頭がどうかなりそうだったのだ。

 目の前で、人が死にかけているという事実に――。


 と、その時。

 私の鼓膜を揺らす、聞き慣れた声。

「すまない、通してくれ」

 騒ぎの只中にあってもよく通る美声は、カイヤ殿下のものだった。ひしめく人垣をかいくぐりながら、クロサイト様と一緒に近づいてくる。

 姿を見た瞬間、ほんの少しだけ、私の緊張が緩んだ。

 安心した、というほどじゃない。でも、無意識に止めていた息を吐くことを思い出したくらいには、気持ちが楽になった。


「殿下――」

と、呼んだのはジェーンだった。

 殿下は彼女の方を見て、それから一緒に居る私のことも見て、怪訝そうに眉を上げたものの、すぐにエマ・クォーツの方に視線を戻し。

「すまん、少し下がっていてくれ」

 甥のチェロ・クォーツを控えめに押しのけると、倒れたエマの傍らに膝をつき、その口元に何か、小瓶のようなものを持っていった。


 何をしているのかと、みんなが思ったはずだ。

 思ったはずだけど、誰も止めようとしなかったのは、殿下があまりにも当然のような顔で一連の動作を行ったからだと思う。まるで、ケガ人の手当をする医者か何かのように、自然に。


「これで……、助かるといいが」

 つぶやきながら、エマの顔をのぞき込むカイヤ殿下。彼女は静かに目を閉じている。私の場所からは、息をしているのかどうかもよくわからない。

「伯母上!」

 再びその体にすがりつくチェロ・クォーツ。


 そんな彼の横顔を、痛ましそうに見やってから。

 殿下がこっちを向いた。


「エル・ジェイド。なぜそんな所に居る?」


 はい、もっともなご質問でございます。


 どうやら色々と説明しなければならなくなった。

 ただ、私にも正直わけのわからないことばかりで、まともな説明ができるかどうかはかなり怪しかったけど。

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