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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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146 魔女の影

 フローラ姫と別れた後、私たちはようやく一休みできる場所を見つけた。

 さっき男性同士のカップルが居た物陰に、ちょうどいいベンチがあったのだ。

「ふう……」

「お疲れのようですね」

 主に精神的な疲労でぐったりしている私を、むしろ元気そうなセレナが気遣う。

「何か飲み物でも持ってきてもらいましょうか。……あら。ちょうどよかったわ」

 彼女が視線を向けた先。コツコツと靴音を鳴らしながら、黒スーツの男性が廊下を歩いてくるところだった。

 私たちのそばで足を止め、「お嬢様。こちらでしたか」と呼びかけてくる。


 私はお嬢様ではないし、そもそも彼のことなど知らない。

 向こうも私のことなど見てはいなかった。黒スーツの男性の視線は、まっすぐにセレナの方を向いている。


「お嬢様?」

「嫌だわ、恥ずかしい。そんな呼び方、やめてちょうだいな」

 照れるセレナに、

「お嬢様はお嬢様でございますので」

と答える男性。その年齢は、おそらくセレナの半分にも届いてはいないだろう。細面ほそおもてで、狐目で、ちょっと感情が読みにくいタイプの人だった。


「お知り合いなんですか?」

「ええ、まあ。私の実家に、古くから仕えてくれている一族の――後継ぎというか、生き残りというか、最後の1人というか」

 セレナに紹介されて、男性は無言で頭を下げる。

「落ちぶれて見る影もない主家に、今でも義理立てしてくれる物好きな密偵なんですよ」

「みってい……」

「お嬢様。人前でそのような呼び方は」

 控えめに注意する男性。しかしセレナは大らかに笑って、

「彼女はだいじょうぶですよ、ねえ?」

 意味深なウインクを私に送ってくる。


 ねえ? って何ですか。その「だいじょうぶ」ってどういう意味?

 私、自分の父親が密偵だったこととか、セレナに話してないよね?

 なのに、何でも知っているかのような笑い方。はっきり言って、怖い。


「それより、ちょうどいい所に来てくれたわ。私と彼女に、何か飲み物を持ってきてくれるかしら? ついでに、軽くお食事の方も」

「承知致しました」

 黒スーツの男性は丁重に一礼すると、廊下を去っていった。

 そして5分もしないうちに、豪華な料理と飲み物を台車に乗せて運んできたのだった。


 レモンの香りがさわやかなノン・アルコールのカクテル。さっき宴の会場で見かけた、キャビアやらフォアグラやらの珍味。グリルしたチキンやローストビーフ。彩り鮮やかな果物とクリームがたっぷり乗っかったケーキ。


「おいしい……。どれもすっごくおいしい……」

 私はすっかり感動して、直前のやり取りのことなど彼方に忘却してしまった。

「異国のシェフの噂は本当だったようですね」

 セレナも料理に舌鼓を打ちながら、そばで給仕してくれる男性を見上げた。

「それで? 夜会の方はどう?」

 男性は料理を取り分ける手を止めて答えた。

「今のところは、特に。これといった動きはありません」

「エマ・クォーツの周辺は?」

「そちらも、目立ったことは何も。やはり報復を警戒してか、自分と甥の周囲は神経質なまでに護衛で固めています。あれでは害意を持った者は誰も近づけないかと」

 エマ・クォーツの周りに護衛? そんなの居た?


「さすがに屈強な兵士を夜会に連れてくるわけにはいかないでしょうからね」

とセレナは言った。「おそらく、使用人の中にまぎれ込ませているのではないかしら」

「それだけではありません。夜会の客の中にもおります」

「あらあら。仮面舞踏会だと、こういう時は便利でいいわね」

 2人のやり取りを聞きながら、私は考えていた。そんなにガチガチに守りを固めているなら、いくらラズワルドが報復しようと企んでいても、

「事件は、起きそうにない……?」

 さあ、どうかしらとほほえむセレナ。それからまた黒スーツの男性を見上げて、

「他に、何か変わったことはあって?」

 男性はうなずいた。

「先程、広間を出て行かれた第二王子殿下が、この先の渡り廊下で狼藉者ろうぜきものに襲われたそうです」

 私は飲んでいたカクテルを吹き出した。

「あらまあ。殿下はご無事?」

「はい。幸い、護衛の騎士がすぐに狼藉者を取り押さえ、身元もあらためたそうです。何でもテシウスとかいう吟遊詩人で、害意はなかった、ただそばで見守りたかったと主張しているそうですが……」


 ……テシウスか。居たな、そんな人。懲りずに殿下のストーカーをしてたのか……。


「他にはどう? 何か気づいたことは?」

 男性は一瞬迷ってから答えた。

「これはご報告するほどのことではないかもしれませんが、劇団が連れてきた使用人の中に、妙な2人組が。何か探っているようなのですが、動きがあからさまで、素人のような連中です。いったい何の目的でまぎれ込んだのか――」

 その2人には、あまり近づかない方がいいと思います。歩く災難みたいな奴らなんで。


「それと、もうひとつ。これは不確かな情報ですが」

 黒スーツの男性はそう前置きして、声をひそめた。「ラズワルドが、南の国の魔女をこの夜会に差し向けたという噂が」

「まあ」

 セレナはわずかに瞳を見開いて、驚きを表現した。


「……南の国の魔女って?」

 あの「ひとつ目の巨人と魔女」に出てくる、悪役の魔女……のことではない、ですよね?

 私の疑問に、セレナは珍しく真剣な顔をして答えた。

「南の国の魔女というのは、大昔、王国との間に横たわる『魔女の断崖』よりも大きな巨人を魔法で作り出し、王国を滅ぼそうとしたという――」

 え。本当にその魔女?

「……お話にちなんだ二つ名で、実際は人間ですね」

 なんだ。やっぱり違うのか。

「王都の裏社会では有名な、凄腕の暗殺者ですよ」

「げほっ」

 私はもう1度、カクテルを吹いた。

「そう……、あの魔女が来ているかもしれないの。それなら、エマ・クォーツが神経質になるのも無理はないわね。『巨人殺し』が王都を去った今、彼女に対抗できる者はほとんど居ないでしょうし」

 咳き込む私に、セレナがハンカチを貸してくれた。ありがたくお借りして口元をぬぐいながら、質問を続ける私。

「巨人殺しって、あのお話で巨人を倒した英雄のことですか?」


 北の国の魔女と恋人同士で、死闘の末、巨人を打ち倒し、その猛毒によって1度は死にかけるが、愛する魔女に救われ、不死身の力を得る。

 ちょうど今、ニックが追っていた花形俳優が舞台で演じているはずの役だ。


「ええ、元ネタはそうですよ。あの英雄と同じように、不死身の力を持つと言われる暗殺者のことです」

 だいたい予想はついてたけど、そっちも暗殺者ですか……。

「もう何年も前に現役を退いたとか、既に亡くなったらしいとか言われていますけどね」

 不死身の力を持つのに、亡くなったんですか。人ははかないですね。


「南の国の魔女にしても、姿を現すのは何年ぶりになるかしら?」

 セレナに問われて、答えを返す黒スーツの男性。

「7年前の政変の時が最後だったかと」

「そう、もうそんなに……。彼女たちの活躍の機会が減ったのは、やはり時代のせいなんでしょうね。あの政変を経験した若い世代が、今では各家を率いる当主の地位にあるのですもの……」

 セレナは遠い目をしてつぶやいている。

 一方の私は、またしても出てきた「7年前」という言葉に引っかかっていた。


「セレナさん、あの……」

「はい?」

「密偵と暗殺者って、違うものですよね?」

 私の問いに、黒スーツの男性が眉をひそめた。セレナもちらりと彼の方を見て、

「人によりけりでしょうね。少なくとも彼は違いますよ」


 私は別に、目の前の男性のことを疑ったわけではない。

 考えていたのは父のことである。


 父が、偉い貴族様の密偵だったと。

 母からそう聞かされて、私がイメージした「密偵」という仕事は、人知れず行動し、影から主人のことを守り、必要な情報を集めたりする、そういうものだった。

 主人の敵を闇に葬る。その手を血に染めて。

 そんな残酷なことを、他ならぬ自分の親がしていたかもしれない、とは考えなかった。


 確かに、7年前の事件の時には、雇い主から送りつけられた刺客を返り討ちにしてしまったかもしれない。

 でもそれは、あくまで自分の身を、家族のことを守るためで。

 人殺しを生業にするような人じゃない。

 だって父は、本当に優しかったのだ。私や弟や妹がイタズラをしたって、1度も叱らなかった。しゅうとの祖父には頭が上がらなくて、どちらかといえば気弱な方で。

 そんな人が、まさか――まさかね。


「さてと、それじゃあ。広間に戻りましょうか」

 唐突なセリフに、私は「え?」とセレナの顔を見た。

「ごめんなさいね。私の方からお誘いしたのに。だけど、あの魔女が来ているかもしれないと聞いたら、例の劇のことが気になってきてしまって」


 今現在、広間で行われているはずの出張サプライズ公演「ひとつ目の巨人と魔女」。

 あのお話は、南の国の悪い魔女が、魔法で巨人を作り出して北の国に攻め入り、最後は英雄に打ち倒される話だ。


「仮にも『南の国の魔女』の二つ名を持つ暗殺者が、そんな劇の話を聞いたらどう思うでしょうね?」

 などと言われても、暗殺者の気持ちなんて私には想像できない。


 ……うーん、そうだなあ。

 仮に、「南の国の魔女」とやらが来ているとして。

 そのターゲットが、エマ・クォーツだったと仮定して。

 彼女の主催する宴で、自分と同じ名を持つ魔女が倒される劇を公演していると知ったなら。

 私だったら、挑発されてると思うかな。

 手を出せるものならやってみろ、おまえなんか怖くないぞ、という無言のメッセージだと受け取るかも。


「まさにその通りですよ、エルさん。いえ、エリー」

 セレナは満面の笑みを浮かべて、拍手までしてくれた。

「その仮定がもしも正しいとしたら、南の国の魔女が動くのは劇の公演中、あるいは公演直後じゃないのかしら」

 それはつまり、挑発に対する返礼というか、自分の「仕事」をより効果的に見せるために……?


 何それ、怖い。あくまで仮定の話とは知りつつ、胸がどきどきしてきた。

 魔女の二つ名を持つ凄腕の暗殺者がこの会場のどこかにひそみ、今まさにターゲットの命を狙っているかもしれないってこと……?

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