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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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144 逃れられない再会

 思えば、彼と会ったのはたったの1度である。

 その1度だけで、一生忘れられない印象を私に残してくれた。

 とはいえ、向こうにとってはそうでもなかったらしい。変装中の私が誰だかわからず、じっと目を細めて観察している。

「もしや――」

 ハッと目を見開くニック。

「あの中央公園で運命的な出会いを果たし、高級レストランでデートしたエル・ジェイドくんでは」

 あれだけ迷惑かけてくれやがったくせに、言うことがそれかい。はっ倒すぞ。


 内心キレそうになりつつ、訂正を入れる私。

「デートじゃなくて、仕事を手伝っただけですよね」

「うむ、そうだ。あの時は世話になったね」

 ニックは偉そうにうなずいた。本当に、ちゃんと覚えてるんだろうか。なんか、都合の悪いことは全部忘れてない?


「……何してるの? ここで」

 早くもニックとの会話に疲れた私は、彼ではなくカルサの方に尋ねた。

「潜入捜査!」

 なぜか得意げに答えるカルサ。

 だから、そういうことを不用意に口にするなっての。

 ちょうど会場に流れていたのが、アップテンポな曲でよかった。にぎやかな音色とダンスの熱気にまぎれて、今のセリフを聞き咎めた人は居なかったようだ。


「俺たち、例の劇団を追ってきたんだよ」

「劇団?」

「ほら、あそこ」

 カルサは会場の最奥、暗幕の下りた舞台のようなものを指差した。

「これから、あの劇団があそこで公演するんだ。出張サプライズ公演」

 今度は声をひそめて説明する。サプライズだから、できるだけ周りの客には聞かれないようにという配慮なのかもしれないが、本来、声をひそめて言うべきところはそこじゃないだろう。


「この宴には、彼らの『顧客』が多い」

 ずいと大柄な体を乗り出し、会話に割り込んでくるニック。

「おそらく、かなり大規模な『取引』が行われるはずだ。その現場を押さえるために、俺たちはここに居る」

「取引って……」

「当然、魔女のびや――」

 私はニックの口元を全力で押さえつけた。ご禁制の薬の名前をここで叫ぶのは、いくらなんでも問題があり過ぎる。


「公演の後は、役者たちも夜会に参加するらしいんだよね」

 カルサが話を引き取った。「その時、取引するつもりなんじゃないかって、ニック先輩が」

「そう。怪しいのはズバリ、主演を務める花形俳優だ」

 私の手が緩んだスキに、会話に復帰するニック。

「俺の読みでは、あの男が主犯だ。他の劇団員は共犯か、そもそも裏で取引が行われていることすら気づいていないのだろう」

「はあ……」

 なんか話を聞いてるとだんだん「そうなんだ」って気分になってくるけど、相手はこの2人である。鵜呑みにしてはいけない。

「証拠はあるんですか?」

 ちゃんと裏はとったのか。また思い込みで暴走してない?


「無論、根拠はある」

 ニックは自信満々、断言した。

「あの花形俳優には、女性ファンが多い」

「イケメンだし、演技はうまいし、雰囲気あるしね」

とカルサ。

「つまり、それこそが根拠だ」

 いや、何が根拠だって?

「イケメンに善良な人間は居ない!」

 ……ものすごい偏見ぶっ込んできた。


「要するに、今回も裏は取ってないんですね」

 まあ、そんなことだろうとは思いましたとも。最初から期待なんてしていませんよ、ええ。

「でもさ、姐さん。先輩の勘はよく当たるんだよ?」

 弁解か、フォローのつもりか、口を挟んでくるカルサ。「デタラメの思いつきでも、10回に1回は当たるんだから。それってすごくない?」

「俺は白い魔女に愛された男だからな」

 ふっとかっこつけて、別に長くもない前髪をかき上げるニック。


 どこから突っ込めばいいのか、私は白い魔女に聞いてみたくなった。

 10回に9回は外れてたらダメじゃん。しかも、デタラメで思いつきだって自分でわかってるんじゃないか。

 警官が勘を頼りに捜査してる時点でおかしいし。果たしてそれを「捜査」と呼んでもいいのやら。


「何だか興味深いお話ですけれど――」

 あ、まずい。セレナも居るのに、忘れてしゃべってた。

 もっとも、見た目によらず事情通で、この宴で事件が起きるかもしれないことさえ承知している彼女のことだ。「取引」だの「主犯」だの、物騒な話にも驚きはしなかったようだ。


「こちらのお2人は? どこかの密偵なのかしら?」

 こんな間抜けな密偵は居ないと思いますよ。警官隊に所属していたのだって信じられないくらいだし。

「名乗るほどの者ではありませんよ、レディ」

 ニックは意味もなく斜に構えて答えた。

「今は密偵じゃなくて、警官――」

 私は、カルサの後頭部を軽くはたいてやった。

 通りすがりの使用人がこちらを振り向く。「警官」という単語を聞かれたのか、私のツッコミを見られたのか、どちらにせよ不審そうな顔をしていた。


 このままここで話を続けるのはまずい気がする。

「あの、そろそろ――」

 移動しましょうとセレナに言いかけた時、辺りに流れていた音楽が止まった。


 一瞬の間を置いて、再び流れ出した曲は、さっきまでとは明らかに曲調が変わっていた。

 静かで、それでいてどこか緊迫感をはらんだ、聞いていると胸がざわざわしてくるような曲。


 それが合図だったらしい。

 あの劇団の座長――シルクハットをかぶった恰幅のいい男性がスポットライトを浴びながら舞台に現れて、宴の客たちに「サプライズ公演」の始まりを告げた。

 どよめきと歓声が上がる。

 使用人たちがすばやくテーブルや椅子を動かし、即席の観客席ができあがる。


 その間に、フローラ姫やレイリア、マーガレット嬢の姉など、主立った女性たちは1度会場から出て行ってしまった。

 どこへ行ったのかと思えば、お色直しのためだったらしい。次に戻ってきた時、それぞれ着ている衣装が変わっていた。

 フローラ姫は無垢な真珠色のドレスから薄紅色のドレスに。レイリアは派手なキラキラの衣装から、派手なキラッキラの衣装に。……あんまり変わってない気もするけど、とにかく違うドレスになっていた。


 レイルズがフローラ姫の手を取って、他の客席より一段高くなった特等席へと彼女をエスコートする。

 結局フローラ姫とは踊れなかったらしいエマ・クォーツの甥も、めげずについていく。貴族の坊ちゃんにしては、わりといい根性している。


 一方、カイヤ殿下はといえば客席には向かわずに、レイリアと何か話をしながら、広間を出て行ってしまった。

 それは2人だけではなく、同じように広間から出ていく男女がけっこう居る。もちろん、客席に集まってくる人たちも居るんだけど。

 手に手を取って、会場を後にするカップルが何組も。


 そう、カップルだ。

 この宴の趣旨は、「未婚の男女が交流すること」。貴族版婚活パーティーみたいなものなのだ。

 よく見れば、観客席の方にもおかしな雰囲気になっている人たちが居る。

 人間、仮面なんかつけていると大胆になるのか、身を寄せ合うようにして睦言をささやき合う男女が――。


 こういう空気って……、ちょっと苦手だ。


「サプライズ公演って、具体的には何をやるの?」

 カルサに聞いてみると、「前に姐さんたちが観に来たのと、基本は同じ劇」という答えが返ってきた。

 つまり、「ひとつ目の巨人と魔女」?


「脚本は同じだけど、演出とか変えてるんだって。この宴の雰囲気に合わせて、『大人向けの恋愛物』にアレンジしたんだってさ」


 ……あんまり見たくないな。子供の頃から親しんできた物語のイメージが壊されてしまいそうだ。


「どうしますか? 私たちも観に行きます?」

 セレナも会場内の妙な空気を感じ取ったらしく、「それとも、外に出て少し休みましょうか?」

 私は、その提案に乗ることにした。


「潜入捜査中」のニックとカルサを残していくのは、正直とっても不安だったが。

「あんまりおかしなことはしないようにね」

と、忠告したところで、どうせ無駄なんだろう。

「だいじょーぶ、うまくやるから」

「まあ、見ていてくれたまえ。ご隠居が我々を見直し、警官隊に復帰する日も近いはずだ」

 根拠のない自信に満ちた2人を置いて、私とセレナは広間を後にしたのだった。

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