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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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143 ワルツの調べに乗って

 さて、回想はここまでにして、「淑女の宴」である。


 どうやらあいさつタイムは終わったらしい。エントランスホールに集まっていた客たちが、ぞろぞろと奥の廊下に吸い込まれていく。

 いつのまにか、ほとんどの客が仮面をつけていた。

 華やかに着飾った大勢の男女が、顔の半分、もしくは全てを仮面で覆っている光景というのは、何だか怪しくて、奇妙で、ミステリアスだった。


 護衛を引き連れたカイヤ殿下も、私のすぐ目の前を通り過ぎていく。

 念のため顔は伏せていたが、変装はバレなかったようだ。

 何しろ人の数が多い。セレナが居るのにも気づかなかったみたいだし、この様子なら、よほど目立つことでもしない限り、見つかる心配はなさそうだ。


「私たちも参りましょうか」

 セレナが言った。片方の手で杖をつきながら、ゆっくりと奥の廊下に向かって歩き出す。

 さあ、いよいよだ。鬼が出るか、蛇が出るか。


 廊下の先には、広いエントランスホールよりも、さらに広々とした会場があった。

 豪華なシャンデリア。贅を尽くした料理の数々。立ち居振る舞いも完璧な使用人たち。

 これぞ貴族の夜会っていう見本みたいだ。


 最初にエマ・クォーツのあいさつがあって、高そうなシャンパンで乾杯して、夜会が始まった。

 華やかなワルツが流れ出す。会場奥に陣取っている燕尾服の楽団が奏でているのだ。

 演奏の質は高く、「魔女の宴」で聞いた演奏とも、甲乙つけがたい感じ。

 その音色に誘われるように、広間の中央に集まっていく十数人の男女。

 ダンスが始まるのだ。例のエマ・クォーツの甥も、真っ先にフローラ姫と踊ろうとして近づいていく。

 しかし姫の方はあまり気乗りしないのか、こわばった顔……。


 そこに割って入ったのがカイヤ殿下だった。

 ひょいと妹姫の方に手を差し出し、軽くお辞儀して、ダンスの申し込みをする。

 敵対する腹違いの兄に誘われて、フローラ姫はどう思ったのか。

 内心は不安だったのかもしれないけど、断るのも気まずかったのだろうか。ぎこちなくほほえみながらも、そっと手を差し出した。誘いを受けたのだ。

 殿下はかすかに口元を綻ばせると、妹姫の手を取り、軽く口付けた。


「あらら……」

 今のはちょっと、どきっとしたな。

 殿下ってば、あんなこともできるのね。

 控えめに言っても優雅でかっこよくて、とても絵になる光景だったけども。

 今の、クリア姫には言わないでおこう。なんとなく、その方がいい気がする。


 一連の成り行きを見ていたのは無論、私だけではなかったらしい。

 手を取り合って広間の中央に進む腹違いの兄と妹に、会場中の視線が釘付けだ。


「素敵……」

 マーガレット嬢など、感動のあまり涙ぐんでいる。

「背徳的だわ……」

 ティファニー嬢の瞳も潤んでいる。「ああ、もう。ここがアタシのアトリエだったらよかったのに。せめて絵筆とキャンバスがあれば」


「彼は画家の卵なんですよ」

 セレナが教えてくれた。

「美しいものを描き残したいのよ。美とは一瞬で、はかないものですもの」

 そう話しながら、ティファニー嬢の視線は、踊る兄と妹から離れない。

 と、そこに別のダンスの相手を見つけたらしいエマ・クォーツの甥が出てきて、視界を遮られてしまったらしい。

「ここに毒矢でもあれば」と舌打ちしながらつぶやいている、その目がマジだ。


 あっという間に一曲目が終わり、二曲目が始まるまでの間奏タイムになった。


 今度こそフローラ姫と踊ろうと近づいていくエマ・クォーツの甥。だが、その目論見もくろみは果たせなかった。

 ちょうどそのタイミングで、会場に現れた2人連れが居たからだ。

 なぜか会場奥にある大階段から、なぜかスポットライトを浴びながら下りてくる。

 ど派手な装いに身を包んだ金髪の男女。

 仮面をしていたってわかる。レイテッドの人だ。

 男性の方はレイルズで、女性の方は多分、レイリアじゃないかと思う。レイシャは既婚だから、普通に考えれば招待されないはずだし。


 わざわざ遅れて会場入りしたのは、例によって注目を浴びるためなのか。

 まるで彼らのためのBGMのような威風堂々とした曲を楽団が奏でる中、レイテッドの2人は、広間の中央まで進み出た。

 そこにはカイヤ殿下とフローラ姫、ついでにエマ・クォーツの甥が居る。互いにあいさつを交わしているようだが、会話の内容は聞こえない。


 間もなく、2曲目が始まった。

 さっきよりも明るく、アップテンポな曲だった。

 フローラ姫はレイルズと、エマ・クォーツの甥はレイリアと、カイヤ殿下は私の知らない女性と踊っている。

 マーガレット嬢が言うには、彼女の次姉らしい。つやつやの黒髪を優雅に巻いた、大人びた雰囲気の女性だった。


「お姉さま、ステキ……」

 マーガレット嬢はまたうっとりしている。

「レイリア様も素敵ですわ。強く勇ましい女傑という感じですわね」

 それって、ダンスのほめ言葉としてはどうなんだろう。

 まあ、言いたいことはわからなくもない。レイリアの圧倒的な威厳と風格を前に、エマ・クォーツの甥は、ほとんど存在が消えかけている。レイリアが1人で踊っているみたいだ。


「フローラ姫とレイルズ様もステキ……。禁断の愛を感じてしまいますわ……」

 いや、禁断の愛って何。

 あの2人のカップリングはありえないよね?

 王位を狙うアクア・リマは、フローラ姫に家柄の良い婿を迎えようと目論んでいるそうだし、五大家のひとつ、レイテッドの当主なら申し分ない相手である。

 ただ、問題が2つ。

 ひとつ、アクア・リマの養父ラズワルドと、レイテッドは敵同士。

 もうひとつ、レイルズには意中の女性が居る。子供の頃からずっと片思いしてきた、幼なじみのユナが。


 でも、普通に考えて、大貴族の当主様が、かなわぬ恋に身を焦がすなんて許されるだろうか。実質的な当主だという姉のレイリアが、それを許すのだろうか。

 さらに3つ目の問題もあると私は気づいた。

 仮にレイテッドがフローラ姫と婚姻を結ぶとしたら、ハウライト殿下やカイヤ殿下とは敵対することになってしまうかもしれないのだ。


 眉間にしわを寄せて考え込んでいたら、

「どうかなさったの?」

とセレナに心配されてしまった。

「あの……」

 彼女に今の思いつきを話してみようとした、その時。私のお腹が、ぐーっと音を立てた。

「あらあら、空腹でいらしたのね」

「いや、違うんですよ!? ちょっと考え事していて……」

 確かに、夜会の料理には興味がありますけどね。これでも私、居酒屋の娘なもので。

「そうね。おいしそうなお料理が並んでいることだし、まずは軽く食事にしましょうか」

 だから、違うんだって……。

「エマ・クォーツは、この日のために異国からシェフを呼び寄せたという話ですよ。楽しみですね」

 ……まあ、いいか。話は後でも。


 ギベオン2人はダンスの鑑賞に忙しそうなので放っておくことにして、私とセレナは料理の並ぶテーブルへの方へと向かった。


 うわ、本当にすっごくおいしそう……。

 キャビアとかフォアグラとか、「魔女の宴」の時より高そうな食材が多い。


 給仕をしている使用人たちも、みんな美しくて、上品な感じ。

 気配を立てずに招待客の間を縫い、料理や飲み物を運んでいる。その姿は、まさにプロ。会場内に流れるワルツの音色に乗って、優雅に踊っているみたいだった。


 ちなみに、そのワルツを演奏している楽団は、会場の1番奥に居るんだけど。

 よく見れば、彼らの後ろに、暗幕の下りた舞台のようなものがある。

 なんだろう、あれは。


「一杯いただけるかしら?」

 セレナが通りすがりの使用人を呼び止めた。

 彼が運んでいるトレイの上には、見た目も美しいカクテルが並んでいる。そういえば、「魔女の宴」の時は未成年者も居たせいか、お酒は出ていなかったっけ。


「はい、どーぞ」

 妙にフレンドリーな仕草で、カクテルを差し出す。まだ子供みたいな年頃の、黒スーツを着た少年。

 その視線が、ふと私の方を向いた。

「あれ、姐さんだ。なんでこんな所に居るの?」

「…………」

 私はしばし無言で立ち尽くした。

 だから、なんでここに居るの、はこっちのセリフなんだってば。

「カルサ……」

「おや、君は――どこかでお目にかかったことがあるような」

 もう1人、黒服の使用人が立ち止まる。所作が垢抜けていない上に、着ているスーツも窮屈そうなその男は。

 できれば再会したくなかった、ニックこと、オニキス・フォレスト(元)巡査だった。

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