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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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141 宴に集うもの

「失礼いたします。もしや、クリスタリア姫のお連れの方ではありませんこと?」

 迷うことなく私に話しかけてきたのは、どこかで見た覚えのあるご令嬢だった。

 スカートの裾が大きく広がった、少しお転婆な感じのドレス。見事なストレートの黒髪に、お気に入りなのか、ピンクのうさぎさんが跳ねてる形の髪留めをつけて。


「マーガレット様?」

 魔女の宴でも会ったご令嬢。ちょっと王家オタクな感じで、やたらテンションの高いお嬢様。

「はい! マーガレット・ギベオンでございますわ!」

 キラキラと大きな瞳を輝かせて、マーガレット嬢はしきりに左右を見回した。

「それで、クリスタリア姫はどちらに? この宴でもまたお目にかかれるだなんて、運命を感じてしまいますわ!」


 や、すみません。今日はクリア姫、居なくて……。

 それより私、一応変装してるんですが。そんなあっさり見抜けるほど意味ない?


「クリスタリア姫はいらっしゃいませんの?」

 マーガレット嬢は急激にしょんぼりしてしまった。

「メイドのあなたがいらっしゃるから、てっきり……。わたくし、1度見た人の顔は忘れませんの。あなたのことも、よく覚えておりますわ。……でも、そういえば今日は何だか、以前お会いした時とは雰囲気が違うような……?」

 ようやく私の変装に気づいたのか、小首を傾げるマーガレット嬢。

 まずい、怪しまれてしまう、と焦った時。


「色々事情がありまして、今日の彼女は私のメイドなんですよ」

 セレナが助け船を出してくれた。杖の音を響かせながら、ゆっくりとマーガレット嬢の前に進み出る。

「あなたは……」

「はじめましてですね、ギベオン家の姫君。セレナ・アジュールと申します」


 セレナの自己紹介を聞いたマーガレット嬢は、なぜだかハッと息を飲んだ。

 しかしすぐに大輪のバラのような笑顔を咲かせて、ドレスの裾を軽く持ち上げて見せる。


「はじめまして。マーガレット・ギベオンと申しますわ。以後、お見知りおきくださいませね」

「こちらこそ。社交界の花と名高いギベオン家の姫君にお会いできて光栄ですよ。噂通り、花のように可愛らしいこと」


 マーガレット嬢はぽっと頬を赤らめた。


「そんな、わたくしなんてまだ、社交の場にも不慣れで、お恥ずかしいですわ。この宴にも初めて参りましたのよ。ダリアお姉様も、カトレアお姉様も、私にはまだ早いって、子供扱いして」


 マーガレット嬢は子供っぽく唇を尖らせて憤慨している。


「それなのに! いざここまで来たら、好きに楽しみなさいと言って、わたくしを置いていってしまったのですわ。ひどいと思いませんこと? わたくし、こんな場所に1人でなんて、怖くて居られませんわ。そうしたら、いとこのお兄様が代わりにそばに居てくださって――」


 マーガレット嬢はぽんと手を打ち合わせた。


「そうですわ、お兄様のこともご紹介いたしますわね! お兄様、お兄様! ちょっとこちらにいらしてくださいな!」

 彼女の呼びかけに応えて、近づいてくる。

「何よ、マーガレット。淑女が大声上げて、はしたないわよ」


 一見して、男女の別がわかりにくい人物だった。

 いや、マーガレット嬢が「お兄様」と呼んでいるからには男性なんだろうけど。

 やせ型、中背、肩より長い髪はグリーンに染めている。ドレスとローブの中間くらいのゆったりした服。おかげで、体型がはっきりしない。

 年齢も、わかりにくい。若いとは思う。でも、すごく若いってほどではないかもしれない。


「こんにちは、ギベオン家の若君」

 セレナがあいさつする。

「あら、セレナ嬢、お久しぶり。社交嫌いの本の虫とこんな場所で会うなんて、珍しいこともあるものね。いったいどういう風の吹き回し?」

 2人のやり取りに、マーガレット嬢が目を丸くした。

「お知り合いでしたの?」

「知り合いっていうか、ちょっとした腐れ縁よ」

 ねえ? と同意を求められたセレナは、くすくす笑いながら、

「ええ、そうね。少しばかり変わったつどいで、ごくまれに顔を合わせる仲、といったところかしら」


 ……何それ、どういう関係? まるで想像がつかない。


「彼はギベオン近衛隊長殿の次男で――」

 セレナが私に紹介してくれようとしたが、本人がそれを遮って言った。

「ティファニーって呼んでちょうだい。本名は好きじゃないの」

 そう名乗ってから、軽く目をすがめて私の顔をのぞき込んでくる。

「で、こちらのレディは誰? あなた、娘が居たの? それともまさか、孫?」

 セレナは思わずといった感じで吹き出した。

「とんでもない。彼女はエリー。私のメイドですよ」

「よろしくお願いします、えと、ティファニー様」

 慌てて頭を下げる私。

「ふうん。メイドなんて雇ったの。社交嫌いの上に、人嫌いなあなたがねえ……」

 ティファニー嬢( と、呼ぶことにする)は尚も疑わしそうに目をすがめていたが、そのうち興味も失せたようで、「ま、いいわ」と肩をすくめた。


「それで? もう1度聞くけど、今日はどういった風の吹き回し?」

 問われたセレナは、ちょっと挑戦的に瞳を輝かせた。

「その質問を返しましょうか。私と同じく、社交嫌いなあなた。今日は何をしにいらしたの? 他家の揉め事を見物に? それとも実は、お相手を探しに来たのかしら?」

 ティファニー嬢はハッと鼻先で笑った。

野暮やぼなこと聞くわねえ。当然、叶わぬ恋に身を焦がすために来たのよ」

 彼の視線の先には、エマ・クォーツの甥とフローラ姫、それに2人を取り巻く大勢の人々が居た。

「我がギベオンの力じゃ、意中の姫には手が届かない。2匹のトンビが魚を取り合うのを、物陰から伺う猫みたいなものね」


 意中の姫って、フローラ姫? ……実はギベオンも、彼女との婚姻を狙ってたりしたの?

 近衛隊長には息子が4人も居るそうだし、ありえなくもない気はする。

 ただ、フローラ姫から見れば義理の祖父に当たる騎士団長ラズワルドは、ギベオンにとっては親分みたいな存在だっていうし。親分の孫娘との婚姻を成し遂げるのは、普通に考えて簡単じゃなさそうだ。


「まあ、お兄様、ステキ……。そんな物語みたいな恋をしていたなんて……」

 マーガレット嬢はいとこのセリフを真に受けたらしく、頬をバラ色に染めてうっとりしている。

 その後頭部を、「本気にしなさんな」とぺしりと叩き。ティファニー嬢は言った。


「アタシの目的はひとつよ。美しいものを鑑賞しに来たの」


 まるでその言葉を合図にしたかのように、どよめきがホールに満ちた。

 先程フローラ姫が現れた時よりも大きな歓声と、人々の視線が集まる先。近衛騎士を数人従えて、黒髪の貴公子が立っていた。


「ほら、おいでなすった」


 カイヤ殿下だった。護衛の中には、クロサイト様やジェーンの姿もある。


 殿下はいつもの怪しい外套ではなく、ごく一般的な宴の正装で、顔には仮面をつけていた。顔の全部じゃなく、上半分だけが隠れるタイプのやつだ。

 ……そういや、仮面舞踏会だった、と今更のように思い出す私。

 宴が始まる前のあいさつタイムだからか、それとも曲者がまぎれ込むのを警戒してのことなのか。今はまだ、ほとんどの客が仮面をつけてない。

 メイドの私は、そもそも仮面なんて用意してないし。足の悪いセレナも、視界が狭くなると危ないからという理由で、やっぱり素顔のままだ。


 そんなわけで、大半の人が素顔をさらしている中、殿下は顔を隠しているわけなんだけども。

 にも関わらず、その美しさが飛び抜けて見えるっていうのはどーいうことだ。


 フローラ姫も、エマ・クォーツも、今日は居ないけどアクア・リマも、思わず見とれてしまうような美貌の持ち主である。

 でも、違う。何かが違う。

 それが何なのかはわからない。生まれ持った気品か、人には見えないオーラを発しているのか、……実は魔女の血を引くせいだったりして。


 ギベオンの2人も興奮している。

「まあ、あの方がクリスタリア姫の兄上様なのですね! 本当に、生きた宝石のよう! ……どうしましょう、それ以外の言葉が出てこない! お兄様、お兄様! 何か、この感動を表すのにふさわしい賛辞はありませんこと!?」

「わかってないわねえ、この子は。本当に美しいものを前にした時、言葉なんていらないのよ!」

 若干ついていけないやり取りを交わす2人を横目に見ながら、私は脱力していた。

 ……よかった。殿下、普通の服で来てくれたんだ、と思いながら。

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