141 宴に集うもの
「失礼いたします。もしや、クリスタリア姫のお連れの方ではありませんこと?」
迷うことなく私に話しかけてきたのは、どこかで見た覚えのあるご令嬢だった。
スカートの裾が大きく広がった、少しお転婆な感じのドレス。見事なストレートの黒髪に、お気に入りなのか、ピンクのうさぎさんが跳ねてる形の髪留めをつけて。
「マーガレット様?」
魔女の宴でも会ったご令嬢。ちょっと王家オタクな感じで、やたらテンションの高いお嬢様。
「はい! マーガレット・ギベオンでございますわ!」
キラキラと大きな瞳を輝かせて、マーガレット嬢はしきりに左右を見回した。
「それで、クリスタリア姫はどちらに? この宴でもまたお目にかかれるだなんて、運命を感じてしまいますわ!」
や、すみません。今日はクリア姫、居なくて……。
それより私、一応変装してるんですが。そんなあっさり見抜けるほど意味ない?
「クリスタリア姫はいらっしゃいませんの?」
マーガレット嬢は急激にしょんぼりしてしまった。
「メイドのあなたがいらっしゃるから、てっきり……。わたくし、1度見た人の顔は忘れませんの。あなたのことも、よく覚えておりますわ。……でも、そういえば今日は何だか、以前お会いした時とは雰囲気が違うような……?」
ようやく私の変装に気づいたのか、小首を傾げるマーガレット嬢。
まずい、怪しまれてしまう、と焦った時。
「色々事情がありまして、今日の彼女は私のメイドなんですよ」
セレナが助け船を出してくれた。杖の音を響かせながら、ゆっくりとマーガレット嬢の前に進み出る。
「あなたは……」
「はじめましてですね、ギベオン家の姫君。セレナ・アジュールと申します」
セレナの自己紹介を聞いたマーガレット嬢は、なぜだかハッと息を飲んだ。
しかしすぐに大輪のバラのような笑顔を咲かせて、ドレスの裾を軽く持ち上げて見せる。
「はじめまして。マーガレット・ギベオンと申しますわ。以後、お見知りおきくださいませね」
「こちらこそ。社交界の花と名高いギベオン家の姫君にお会いできて光栄ですよ。噂通り、花のように可愛らしいこと」
マーガレット嬢はぽっと頬を赤らめた。
「そんな、わたくしなんてまだ、社交の場にも不慣れで、お恥ずかしいですわ。この宴にも初めて参りましたのよ。ダリアお姉様も、カトレアお姉様も、私にはまだ早いって、子供扱いして」
マーガレット嬢は子供っぽく唇を尖らせて憤慨している。
「それなのに! いざここまで来たら、好きに楽しみなさいと言って、わたくしを置いていってしまったのですわ。ひどいと思いませんこと? わたくし、こんな場所に1人でなんて、怖くて居られませんわ。そうしたら、いとこのお兄様が代わりにそばに居てくださって――」
マーガレット嬢はぽんと手を打ち合わせた。
「そうですわ、お兄様のこともご紹介いたしますわね! お兄様、お兄様! ちょっとこちらにいらしてくださいな!」
彼女の呼びかけに応えて、近づいてくる。
「何よ、マーガレット。淑女が大声上げて、はしたないわよ」
一見して、男女の別がわかりにくい人物だった。
いや、マーガレット嬢が「お兄様」と呼んでいるからには男性なんだろうけど。
やせ型、中背、肩より長い髪はグリーンに染めている。ドレスとローブの中間くらいのゆったりした服。おかげで、体型がはっきりしない。
年齢も、わかりにくい。若いとは思う。でも、すごく若いってほどではないかもしれない。
「こんにちは、ギベオン家の若君」
セレナがあいさつする。
「あら、セレナ嬢、お久しぶり。社交嫌いの本の虫とこんな場所で会うなんて、珍しいこともあるものね。いったいどういう風の吹き回し?」
2人のやり取りに、マーガレット嬢が目を丸くした。
「お知り合いでしたの?」
「知り合いっていうか、ちょっとした腐れ縁よ」
ねえ? と同意を求められたセレナは、くすくす笑いながら、
「ええ、そうね。少しばかり変わった集いで、ごくまれに顔を合わせる仲、といったところかしら」
……何それ、どういう関係? まるで想像がつかない。
「彼はギベオン近衛隊長殿の次男で――」
セレナが私に紹介してくれようとしたが、本人がそれを遮って言った。
「ティファニーって呼んでちょうだい。本名は好きじゃないの」
そう名乗ってから、軽く目をすがめて私の顔をのぞき込んでくる。
「で、こちらのレディは誰? あなた、娘が居たの? それともまさか、孫?」
セレナは思わずといった感じで吹き出した。
「とんでもない。彼女はエリー。私のメイドですよ」
「よろしくお願いします、えと、ティファニー様」
慌てて頭を下げる私。
「ふうん。メイドなんて雇ったの。社交嫌いの上に、人嫌いなあなたがねえ……」
ティファニー嬢( と、呼ぶことにする)は尚も疑わしそうに目をすがめていたが、そのうち興味も失せたようで、「ま、いいわ」と肩をすくめた。
「それで? もう1度聞くけど、今日はどういった風の吹き回し?」
問われたセレナは、ちょっと挑戦的に瞳を輝かせた。
「その質問を返しましょうか。私と同じく、社交嫌いなあなた。今日は何をしにいらしたの? 他家の揉め事を見物に? それとも実は、お相手を探しに来たのかしら?」
ティファニー嬢はハッと鼻先で笑った。
「野暮なこと聞くわねえ。当然、叶わぬ恋に身を焦がすために来たのよ」
彼の視線の先には、エマ・クォーツの甥とフローラ姫、それに2人を取り巻く大勢の人々が居た。
「我がギベオンの力じゃ、意中の姫には手が届かない。2匹のトンビが魚を取り合うのを、物陰から伺う猫みたいなものね」
意中の姫って、フローラ姫? ……実はギベオンも、彼女との婚姻を狙ってたりしたの?
近衛隊長には息子が4人も居るそうだし、ありえなくもない気はする。
ただ、フローラ姫から見れば義理の祖父に当たる騎士団長ラズワルドは、ギベオンにとっては親分みたいな存在だっていうし。親分の孫娘との婚姻を成し遂げるのは、普通に考えて簡単じゃなさそうだ。
「まあ、お兄様、ステキ……。そんな物語みたいな恋をしていたなんて……」
マーガレット嬢はいとこのセリフを真に受けたらしく、頬をバラ色に染めてうっとりしている。
その後頭部を、「本気にしなさんな」とぺしりと叩き。ティファニー嬢は言った。
「アタシの目的はひとつよ。美しいものを鑑賞しに来たの」
まるでその言葉を合図にしたかのように、どよめきがホールに満ちた。
先程フローラ姫が現れた時よりも大きな歓声と、人々の視線が集まる先。近衛騎士を数人従えて、黒髪の貴公子が立っていた。
「ほら、おいでなすった」
カイヤ殿下だった。護衛の中には、クロサイト様やジェーンの姿もある。
殿下はいつもの怪しい外套ではなく、ごく一般的な宴の正装で、顔には仮面をつけていた。顔の全部じゃなく、上半分だけが隠れるタイプのやつだ。
……そういや、仮面舞踏会だった、と今更のように思い出す私。
宴が始まる前のあいさつタイムだからか、それとも曲者がまぎれ込むのを警戒してのことなのか。今はまだ、ほとんどの客が仮面をつけてない。
メイドの私は、そもそも仮面なんて用意してないし。足の悪いセレナも、視界が狭くなると危ないからという理由で、やっぱり素顔のままだ。
そんなわけで、大半の人が素顔をさらしている中、殿下は顔を隠しているわけなんだけども。
にも関わらず、その美しさが飛び抜けて見えるっていうのはどーいうことだ。
フローラ姫も、エマ・クォーツも、今日は居ないけどアクア・リマも、思わず見とれてしまうような美貌の持ち主である。
でも、違う。何かが違う。
それが何なのかはわからない。生まれ持った気品か、人には見えないオーラを発しているのか、……実は魔女の血を引くせいだったりして。
ギベオンの2人も興奮している。
「まあ、あの方がクリスタリア姫の兄上様なのですね! 本当に、生きた宝石のよう! ……どうしましょう、それ以外の言葉が出てこない! お兄様、お兄様! 何か、この感動を表すのにふさわしい賛辞はありませんこと!?」
「わかってないわねえ、この子は。本当に美しいものを前にした時、言葉なんていらないのよ!」
若干ついていけないやり取りを交わす2人を横目に見ながら、私は脱力していた。
……よかった。殿下、普通の服で来てくれたんだ、と思いながら。




