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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第六章 新米メイド、再び夜会へ行く
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140 再び、夜会へ

 見晴らしのいい小さな丘の上に建てられた、まるでお城みたいな建物だった。

 王城と同じ、白い石造り。

 高さは3階建てくらいだと思う。小さな塔があって、壁面にツタが絡んでいて、立派なバルコニーがあって。

 白樺やポプラの木に囲まれたその姿は、何だかとってもロマンチックだった。

 敷地内には白い魔女をまつる礼拝堂もあり、ここで結婚式を挙げる貴族も居るんだとか。


「淑女の宴」の会場である。


 観劇に行ったあの日から、およそ1週間後。

 日が沈み、辺りが宵闇に包まれる頃。

 私はメイド服に身を包み、そのお城みたいな建物に足を踏み入れていた。


「そんなに緊張なさらないで」

 私を連れてきてくれたセレナは笑うけど、さんざん事件が起きるとか何とか聞かされてきただけに、緊張するなと言われたって無理な話である。


 そもそも、なんでここに居るのかって?

 それはクリア姫の代わりに宴で起きることを見届け、余すことなく伝えるためだ。

 ちなみに私は変装している。

 目立つ白い髪はありふれた茶髪のかつらで隠し、王城で支給される物より、やや野暮ったいメイド服を身につけている。


 クリア姫が宴に参加できないなら、誰かが代わりに彼女の「目」の役割をすればいい。それにはメイドの私が適任だろうと、セレナは言った。

 クリア姫に「協力」するというのは、何のことはない、私を彼女のメイドとして、こっそり連れてきてくれるという意味だったのだ。


「淑女の宴」は貴族たちの婚活パーティーみたいなものだっていうから、セレナが出席すると聞いた時には意外に思ったが。

「私も未婚ですから」

「……えと、貴族だったんですか?」

「生まれはね。もはや没落して見る影もない家ですけど、毎年招待状はもらっていたの」


 実際、いざ会場にやってきてみると、若者ばかりが宴に参加しているわけでもないようだった。

 中年や壮年、老人まで、けっこう幅広い世代の人が居る。


「宴というのは、貴族にとっては大事な社交の場ですから」

 セレナはエントランスホールのあちこちで足を止め、談笑している貴族たちを見回して、

「顔見知りが何人か居るようですね。少し寄り道をしていきますけど、よろしいかしら」

「あ、はい。もちろん」

 広いエントランスホールを巡り、出席者とあいさつを交わす彼女について回る。

 セレナは膝の具合が良くないらしく、片手で杖をついている。華やかなドレス姿ではなく、上品なブラウスにロングスカートに厚手のショールという、いつもとあまり変わらない格好だ。


「これはアジュール家の姫君、お懐かしい」

 愛想良くほほえみながら近づいてきたのは、立派な口ひげをたくわえた、ダンディなおじさまだった。セレナと同じく、杖をついている。

「ご機嫌よう、カクタス家の若君」

 セレナも愛想笑いを浮かべる。

 2人が世間話をしている間、私はメイドらしく、彼女の後ろで楚々として控えていた。

 ……結局、カイヤ殿下にも内緒でここまで来ちゃったな、とか思いながら。


 雇い主に隠れて、宴に潜入。

 今更だけど、けっこうやばいことしてるよね。

 セレナに提案された時には、クリア姫の手前、嫌とも言えず。別に危ないことをするわけじゃないし、やってみるかと納得したつもりだったが。

 宰相閣下にバレたら、クビ宣告かな。

 もしもそんな展開になったら、クリア姫が責任を感じてしまうだろうし。

 できるだけ目立たないようにして、うっかり正体が露見しないように気をつけないと。


 にしても、つくづく贅沢な建物だ。

 このエントランスホールなんて、床は全面、大理石。ぴかぴかに磨き上げられて、顔がうつるくらい。そこらに飾ってある調度品だって、絶対に安物じゃないはずだ。

 クォーツの分家筋って、先々代の改革で没落したんじゃなかったっけ?

 なのに、こんな場所で宴とかできるんだから、さすが腐っても王家の親戚だ。


「お金って、あるところにはあるんだな……」

 1人つぶやく私に、

「そうとも限りませんよ」

とセレナが言った。

 いつのまにかお話は終わったらしく、ダンディなおじさまは向こうで別の人にあいさつしている。

「この宴の時期になると、分家筋に金貸しの出入りが増える、という噂もありますしねえ。華やかな見た目に惑わされてはいけませんよ」


 この宴の時期になると、金貸しの出入りが増えるって。


「わざわざ借金してまで、宴をひらいてるってことですか?」

「クォーツの分家筋にとっては、毎年恒例の重要な行事ですから」

「…………」

 それは見栄と呼ぶべきか、矜恃きょうじと呼ぶべきか、単に無駄と言うべきなのか。

 ちなみに、金貸しと聞くと思い出す顔が私にはあるのだが、好きで思い出したわけではないので、脳裏から抹消する。


「この建物も、資金難のために手放して、今は管理だけを任されているという話ですし。買い手はどこかの金融業者で……、確かアゲート商会、とか言ったかしら……」


 聞き覚えのある商会名にも断固として無反応をつらぬいていると、正面入り口の方から、歓声のようなどよめきが聞こえてきた。


「あら。今日の主役が来たようですね」


 そちらを振り向けば、さっと黒い影が私の視界を横切っていった。

 エマ・クォーツだった。

 彼女が向かう先には、真珠色のドレスをまとったフローラ姫が居る。

 白い肌、バラ色の頬、軽くふれただけでも折れてしまいそうな、華奢きゃしゃでほっそりした体つき。

 まるで繊細なガラス細工のようなお姫様は、緊張しているのか、表情がひどく硬い。


「ようこそいらっしゃいました、フローラ姫」


 完璧な笑みを浮かべて、「今日の主役」を出迎えるエマ・クォーツ。

 あいかわらず、スタイル抜群だった。シックな黒のドレスがよく似合うこと。

 もちろん魔女の宴の時とは違うドレスだけど、色は同じ黒。黒が好きなのかな。


「お招きいただき、光栄で……、あの……」


 微妙にどもりがちにフローラ姫が受け答えた後、エマ・クォーツは背後に視線を投げた。


「先に紹介させていただきますわね。これはわたくしの弟の息子で――」

「チェロ・クォーツと申します」


 彼女のセリフにあわせて、1人の男性が進み出る。

 男性っていうか、少年?

 栗色の髪をきっちりと整え、大人と変わらない正装に身を包んでは居るけれど、多分15歳くらいだと思う。

 あれがフローラ姫の婿候補なのか。社交の場にもまだ慣れていない感じで、それでも精一杯背伸びして振る舞っている様子が、ほほえましいような気の毒なような。

 

 他の客たちと一緒にその様子を眺めていたら、「あら? そこに居るのは?」と誰かの声がした。

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