140 再び、夜会へ
見晴らしのいい小さな丘の上に建てられた、まるでお城みたいな建物だった。
王城と同じ、白い石造り。
高さは3階建てくらいだと思う。小さな塔があって、壁面にツタが絡んでいて、立派なバルコニーがあって。
白樺やポプラの木に囲まれたその姿は、何だかとってもロマンチックだった。
敷地内には白い魔女を祀る礼拝堂もあり、ここで結婚式を挙げる貴族も居るんだとか。
「淑女の宴」の会場である。
観劇に行ったあの日から、およそ1週間後。
日が沈み、辺りが宵闇に包まれる頃。
私はメイド服に身を包み、そのお城みたいな建物に足を踏み入れていた。
「そんなに緊張なさらないで」
私を連れてきてくれたセレナは笑うけど、さんざん事件が起きるとか何とか聞かされてきただけに、緊張するなと言われたって無理な話である。
そもそも、なんでここに居るのかって?
それはクリア姫の代わりに宴で起きることを見届け、余すことなく伝えるためだ。
ちなみに私は変装している。
目立つ白い髪はありふれた茶髪のかつらで隠し、王城で支給される物より、やや野暮ったいメイド服を身につけている。
クリア姫が宴に参加できないなら、誰かが代わりに彼女の「目」の役割をすればいい。それにはメイドの私が適任だろうと、セレナは言った。
クリア姫に「協力」するというのは、何のことはない、私を彼女のメイドとして、こっそり連れてきてくれるという意味だったのだ。
「淑女の宴」は貴族たちの婚活パーティーみたいなものだっていうから、セレナが出席すると聞いた時には意外に思ったが。
「私も未婚ですから」
「……えと、貴族だったんですか?」
「生まれはね。もはや没落して見る影もない家ですけど、毎年招待状はもらっていたの」
実際、いざ会場にやってきてみると、若者ばかりが宴に参加しているわけでもないようだった。
中年や壮年、老人まで、けっこう幅広い世代の人が居る。
「宴というのは、貴族にとっては大事な社交の場ですから」
セレナはエントランスホールのあちこちで足を止め、談笑している貴族たちを見回して、
「顔見知りが何人か居るようですね。少し寄り道をしていきますけど、よろしいかしら」
「あ、はい。もちろん」
広いエントランスホールを巡り、出席者とあいさつを交わす彼女について回る。
セレナは膝の具合が良くないらしく、片手で杖をついている。華やかなドレス姿ではなく、上品なブラウスにロングスカートに厚手のショールという、いつもとあまり変わらない格好だ。
「これはアジュール家の姫君、お懐かしい」
愛想良くほほえみながら近づいてきたのは、立派な口ひげをたくわえた、ダンディなおじさまだった。セレナと同じく、杖をついている。
「ご機嫌よう、カクタス家の若君」
セレナも愛想笑いを浮かべる。
2人が世間話をしている間、私はメイドらしく、彼女の後ろで楚々として控えていた。
……結局、カイヤ殿下にも内緒でここまで来ちゃったな、とか思いながら。
雇い主に隠れて、宴に潜入。
今更だけど、けっこうやばいことしてるよね。
セレナに提案された時には、クリア姫の手前、嫌とも言えず。別に危ないことをするわけじゃないし、やってみるかと納得したつもりだったが。
宰相閣下にバレたら、クビ宣告かな。
もしもそんな展開になったら、クリア姫が責任を感じてしまうだろうし。
できるだけ目立たないようにして、うっかり正体が露見しないように気をつけないと。
にしても、つくづく贅沢な建物だ。
このエントランスホールなんて、床は全面、大理石。ぴかぴかに磨き上げられて、顔がうつるくらい。そこらに飾ってある調度品だって、絶対に安物じゃないはずだ。
クォーツの分家筋って、先々代の改革で没落したんじゃなかったっけ?
なのに、こんな場所で宴とかできるんだから、さすが腐っても王家の親戚だ。
「お金って、あるところにはあるんだな……」
1人つぶやく私に、
「そうとも限りませんよ」
とセレナが言った。
いつのまにかお話は終わったらしく、ダンディなおじさまは向こうで別の人にあいさつしている。
「この宴の時期になると、分家筋に金貸しの出入りが増える、という噂もありますしねえ。華やかな見た目に惑わされてはいけませんよ」
この宴の時期になると、金貸しの出入りが増えるって。
「わざわざ借金してまで、宴をひらいてるってことですか?」
「クォーツの分家筋にとっては、毎年恒例の重要な行事ですから」
「…………」
それは見栄と呼ぶべきか、矜恃と呼ぶべきか、単に無駄と言うべきなのか。
ちなみに、金貸しと聞くと思い出す顔が私にはあるのだが、好きで思い出したわけではないので、脳裏から抹消する。
「この建物も、資金難のために手放して、今は管理だけを任されているという話ですし。買い手はどこかの金融業者で……、確かアゲート商会、とか言ったかしら……」
聞き覚えのある商会名にも断固として無反応をつらぬいていると、正面入り口の方から、歓声のようなどよめきが聞こえてきた。
「あら。今日の主役が来たようですね」
そちらを振り向けば、さっと黒い影が私の視界を横切っていった。
エマ・クォーツだった。
彼女が向かう先には、真珠色のドレスをまとったフローラ姫が居る。
白い肌、バラ色の頬、軽くふれただけでも折れてしまいそうな、華奢でほっそりした体つき。
まるで繊細なガラス細工のようなお姫様は、緊張しているのか、表情がひどく硬い。
「ようこそいらっしゃいました、フローラ姫」
完璧な笑みを浮かべて、「今日の主役」を出迎えるエマ・クォーツ。
あいかわらず、スタイル抜群だった。シックな黒のドレスがよく似合うこと。
もちろん魔女の宴の時とは違うドレスだけど、色は同じ黒。黒が好きなのかな。
「お招きいただき、光栄で……、あの……」
微妙にどもりがちにフローラ姫が受け答えた後、エマ・クォーツは背後に視線を投げた。
「先に紹介させていただきますわね。これはわたくしの弟の息子で――」
「チェロ・クォーツと申します」
彼女のセリフにあわせて、1人の男性が進み出る。
男性っていうか、少年?
栗色の髪をきっちりと整え、大人と変わらない正装に身を包んでは居るけれど、多分15歳くらいだと思う。
あれがフローラ姫の婿候補なのか。社交の場にもまだ慣れていない感じで、それでも精一杯背伸びして振る舞っている様子が、ほほえましいような気の毒なような。
他の客たちと一緒にその様子を眺めていたら、「あら? そこに居るのは?」と誰かの声がした。




