139 じっとしてなどいられない
物騒な話を長々とした後で、
「どんな成り行きになるか、とても興味深いですね」
とセレナは締めくくった。
興味深い……かな。
確かに、これが他人事なら、野次馬として楽しめないこともないかもしれないけど。
「事実、『淑女の宴』の出席者は、例年よりも多くなりそうだという話ですよ。特にフローラ姫の出席が決まってからは、姫の婿選びが行われるという噂もあって、希望者が殺到しているんだとか」
どこの世界にも野次馬は居る。貴族でもそれは同じ、か。
本当に、他人事なら、ある種の見世物と言えなくもないのかもしれないが。
「兄様は宴に出ると言っていた……」
そう。クリア姫にとっては全然、他人事じゃない。
「行ってみればどうだ?」
そう言い出したのはダンビュラだった。
「気になってしょうがないんだろ? 殿下のことが心配で、じっと待ってなんかいられないんだろ。だったら、自分も一緒に行けばいいじゃねえか」
殿下が許してくれないなら、こっそり忍び込めばいい、と彼は言った。「場所さえわかれば、俺が連れてってやるよ」
クリア姫は明らかに心を動かされた様子だったが、彼の提案にうなずくことはしなかった。むしろ、きっぱりと首を横に振った。
「そんなことはできない。叔父様や兄様たちに迷惑をかけてしまうのだ」
それは確かにその通りで、バレたら色々とまずいことになるだろうね。
クリア姫は王族だ。子供のしたことだから……と見逃してもらえればいいけど、下手したら政治問題になってしまう。
もっとも、そんな大人の事情など、ダンビュラにはどうでもいいらしく。
「無理していい子になろうとするんじゃねーよ」
半ばケンカ腰で食い下がる。どうもクリア姫のこととなると、彼はいつもより子供っぽくなる傾向があるようだ。
「私はいい子などではない」
クリア姫もムキになって言い返す。
「むしろ、悪い子なのだ。自分は子供で、何の力もなくて、兄様たちのお役に立つことなどできないとわかっているのに」
自分だけ何も知らせてもらえない、なんて不満に思う権利はないのに、我慢できなくなってしまう。
兄たちは自分のためを思って、自分を守ろうとしてくれているのに、言う通りにできない。悪い子だ。
「それを言ったら、カイヤ殿下も随分悪い子でしたわねえ」
セレナがのんびりと相槌を打つ。
何のことかと訝しむ私たちに、彼女は懐かしそうに笑って、
「殿下も色々と無茶をなさったんですよ。クリア姫様と同じように、とても家族思いな方ですから。兄殿下や宰相閣下が心配して危険から遠ざけようとしても、言うことを聞かずに」
7年前の事件の時もそうだったらしい。
当時、カイヤ殿下は王妃様の離宮に居たのだが、謀反の疑いをかけられて幽閉された兄の身を案じて、王都まで出てきてしまった。
「騎士団長殿にしてみれば、飛んで火に入る夏の虫といったところでしたわねえ」
クリア姫は困惑顔になった。
「そんな……、そんなことがあっただろうか?」
「覚えていませんか」
セレナに問われて、こっくりうなずいて見せる。
「兄様が戦に行ってしまった時のことなら、よく覚えているが……」
「それより少し前ですね。王都から、殿下のもとに使者が――変事を知らせる使者が来なかったかしら」
「…………」
クリア姫は眉間にしわを寄せて考え込んだ。必死で記憶を辿っていたようだが、
「覚えていない……」
半ば呆然となってつぶやいている。
「姫様はお小さかったのだし、無理もありませんよ。きっと安全な場所に隠されていたのでしょうね」
セレナはいたわるように言った。
それでも、クリア姫の表情は変わらない。自分だけが安全な場所に居たと知って、余計にショックを受けているみたいだった。
しばらくの間、気まずい沈黙が場に満ちて――。
「……たまには悪い子でもいいんじゃないですか?」
気づけば、私はそう言っていた。
守られるだけではいたくないと、無茶をする。
それは愚かなことかもしれない。正しいか間違っているかで言ったら、おそらく正しくはない。
だけど、そうする気持ちがまるで理解できないかと言ったら、そんなこともない。
私も、どうにもならない自分の気持ちに従って突っ走り、ここまで来てしまった。だからわかる。
頭ではまずいとわかっても、心が言うことを聞いてくれない。そういう時ってあるものだ。
カイヤ殿下も多分そうだったんじゃないかな?
「ええ、そうですね。仰る通りだと思いますよ」
セレナも私の言葉に同意してくれた。
「さすがに、姫様みずから宴に忍び込むというのには賛成できませんけど――」
「って、おい」
ダンビュラが顔をしかめた。
「煽るだけ煽って、結局止めるのかよ」
セレナは上品に口元に手を当てて、含み笑いをもらした。
「いいえ、私はクリア姫様のお味方ですから、できる限りの協力はさせていただきますよ」
って、なんで私を見るんですか。
その意味ありげな視線は何? なんで笑ってるの?
にわかに雲行きが怪しくなった。
悪い予感におののく私に、セレナはどうやって「協力」するつもりか、その具体的な方法を話し始めたのだった。
次回から新章になります。




