13 大通りにて
真昼の往来は、人でごった返していた。
旅装束を着込んだ商人風の男、スーツ姿の勤め人、普段着のお年寄りに、子連れで買い物中の女性。中には遠い異国から来たのか、褐色の肌に鮮やかな原色の衣装をまとった男の人も居る。
大型の馬車が余裕ですれ違えるくらい広く、多種多様な商店が軒を連ねた大通り。
人だけでなく、馬車や荷馬車もひっきりなしに行き過ぎていく。
ゴトゴトと車輪の鳴る音や、馬のいななき、呼び込みをする店の人や、道行く人々の声が混じり合い、耳を覆いたくなるほどの騒々しさだ。
こんなにぎわい、田舎ではまず経験しない。
初夏の陽差しはまぶしく、それが石造りの町並みに反射して、目がちかちかする。
うっかりたちくらみを起こしそうになった時、耳元でカルサの声がした。
「姐さん、またあの店で仕事探すの?」
ついさっきまで数メートル先を歩いていたはずなのに、いつのまにか私の真横まで移動している。
「懲りてないんだね。カメオさんも言ってたけど、コネもないのに、いい仕事なんてそうそう見つからないと思うよ?」
あいにく、こっちには事情がある。
ついでに意地もある。1度ろくでもない勤め先にひっかかったくらいで、のこのこ故郷に帰れない。……カメオの心配はありがたいが。
「そうだ。いっそ警官隊で働けば?」
「は?」
冗談を言っている……わけではないようだ。カルサは期待に満ちた目で私を見つめている。
「警官隊って、そんな簡単に入れるものなの?」
「入るだけならね。仕事キツイから、見習いのうちに辞める奴も多いけどさ」
「あなたも見習いでしょ?」
年頃から言って当然そうだろうと思えば、カルサは「違うよー」と不満そうにした。
「俺、警官隊の中では腕利きなんだから。けっこうベテランだし?」
いや、腕はともかく、ベテランて。
「あなた、いくつ?」
「じゅう――」カルサは一瞬口ごもり、「ろく」と続けた。
「16なのね」
「……うん、来月ね」
小声で付け加える。
ってことは、まだ15なんだろーが。
自分の年齢を多めに申告するのは子供の証拠。腕利きだのベテランだのいうのも、調子に乗って吹いているだけだな、きっと。
「嘘じゃないよー」
ムキになる少年を、私は「はいはい」と軽くいなした。
「本当だってば。偉い人の護衛とかしたこともあるし、城に行ったことだってあるし!」
その言葉で、数日前に出会った自称王族の顔が私の頭に浮かんだ。
「じゃあ、『カイヤ殿下』って知ってる?」
カルサは片方の眉を持ち上げて怪訝な顔を作った。「そりゃ、知ってるけどさ……。あの人がどうかした?」
問い返されて、少し迷ったが、正直に答えることにした。
実は先日、偶然会ったのだと。それだけでなく、仕事を頼まれかけたのだと……。
王族に会ったなんて信じられない、的な反応をされるかと思いきや、カルサは「へー、そうなんだ。どんな仕事?」と軽いリアクション。
「……驚かないの?」
カルサは何に驚けばいいのやらという顔をした。
もしかすると、この王都では、街中で王族に会うのも普通のことなのだろうか。
「いや、普通は違うと思うけどさ。……だって、カイヤ殿下でしょ?」
あの人なら、わりとどこでも見るし、とカルサは続けた。
第二王子殿下のフットワークの軽きこと、王都では有名らしい。……そういえば、「魔女の憩い亭」のセドニスも、確かそんなことを言っていたような気がする。
「でも、王族が1人で出歩くなんて……、危なくないの?」
「さあ。護衛とか居るんじゃない? 1人に見えて、影からこっそり」
なるほど。なぜこっそり守る必要があるのかはともかくとして、護衛が居るというのはありそうな話だ。
カルサの話では、フットワークの軽いカイヤ殿下は、警官隊にもたまにやってくるそうだ。
「うちのご隠居って、昔、王族の剣術指南役なんかもしてたからね。あの救国の英雄・カイヤ殿下に剣の手ほどきをしたのは自分なんだぞって、よく自慢してる」
うちのご隠居とは、例の警官隊を立ち上げたという「生きた伝説」のことだろうか。
「ね、カイヤ殿下の仕事って何? 密偵とか、護衛とか、ひょっとして暗殺者とか?」
「違う」
そんな仕事を頼まれるスキルがあったら、盗っ人呼ばわりで警官隊の世話になるようなハメには陥っていない。
「あ、わかった。妹のメイドでしょ?」
カルサはぽんと手を打った。
「知ってるの?」
「ああ、やっぱり。今の人、もうすぐ寿退職するらしいって噂で聞いたんだ」
前任者は寿退職。
私は、その情報を頭の隅にしっかり書き込んでおいた。
トラブルに巻き込まれたとか、職場環境に何か問題があったとか、そういう理由で辞めるわけじゃないのね。
「あれ? でも、別の店で仕事探してたってことは……。その仕事、断ったんだ。なんで? カイヤ殿下のことだから、お給料とか絶対よかったでしょ?」
ぐいぐい来るなあ、この子。少しは遠慮とかないんだろうか。
断ったのではなく、断られたのだが。
どう説明しようかと迷った時。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
品のない罵声が響いた。
私とカルサは、とっさに足を止め、声のした方を見やった。